第18話 想定外
朝凪と過ごした週末を終えて、普段通り家から一歩も出ず、だらだらとして土日を過ごして、月曜日を迎えた。
月曜日。世の大半の人々にとって憂鬱な週の始まり。もちろんそれは俺にとってもそうなのだが、今日に限っては、俺は他の人々よりもさらに憂鬱な気持ちになっていた。
「……大丈夫かな」
小高い丘に建てられた我が高のシルエットを通学路の途中から眺めつつ、俺は一人ため息をついていた。
ため息の原因は、もちろん先週末にあった出来事。
天海さんやその周りの人たちに喧嘩を売るようなことを言ってしまった、ゲーセンでの一幕。時間が経てば経つほど、その光景を思い出すたびに恥ずかしくなってくる。
俺は、なんてことをしてしまったのだろう。
もちろん、自業自得である。今まで余計なことにならないように、面倒なことで精神を疲弊させないように努めてきたと言うのにも関わらず、あの一言。
【……申し訳ないけど、絶対に嫌かな】
【あ、もちろん天海さんに誘ってもらって嬉しいよ。でも、だからと言って、俺は、俺のことを快く思ってない人たちと一緒に行動してへらへらできるほど、人間できてないからさ】
「……ぐわぁ……」
恥ずかしい。
ぼっちのくせに、たかがぼっちのくせに、どうしてあんなことを。
「俺が教室に入った瞬間絶対空気悪くなるやつじゃん……絶対そうだ、俺は詳しいんだ」
天海さんのほうは朝凪がフォローを入れてくれているはずなので問題ないと思うが、あの時の俺はわりとクラスメイトの連中含め、わりと全方位に喧嘩を売っていて、問題はそこにある。
想像する。それまでにこやかに輪を作ってわいわいがやがややっていた連中が、俺は入った瞬間、まるでゴミでも見るような視線で俺のことを敵対視してくるのだ。
もしそうなったら、わりと本気でクラスから孤立してしまうかもしれない。
もしかしたら考えすぎかもしれないし、教室に行っても特に何事も起きないかもしれない。だが、なにせぼっちには相談できる相手がいないから、一度負の思考に陥るとそこから抜け出せなくなる。
「相談できる相手……」
一応、今の俺には朝凪がいる。親と自分以外で、唯一俺のスマホの電話帳に登録されている友達。
朝凪なら、相談すればきっと話は聞いてくれるだろう。多少茶化されるかもしれないが、彼女はとても律儀で真面目で、その点に関しては俺も信頼している。
だが、だからと言って朝凪に安易に泣きつくのは、やはりちょっと違うような気がした。
学校での朝凪は皆から頼られている。天海さん、クラスメイト、担任の先生。成績優秀で、品行方正な、クラスの優等生。
しかし、朝凪だって一人の人間で、そんなことばっかりやっていたら疲れてしまう。というか、疲れていたから、朝凪は俺のところにやってきたのだ。
せっかく俺のところでだらだらしているのに、その俺が、朝凪にもたれかかってはいけない。そんなことをしたら朝凪はどこにも逃げ場がなくなってしまう。
友達は、自分が楽になるために都合よく消費していい存在ではないと思っている。だから、俺はこれからも朝凪には遊びの約束以外で連絡するつもりはない。
……となんだか格好つけたことを思いつつ、結局はくだらない悩みで連絡する勇気がなかっただけなのだが。
校門前で朝の挨拶をしている体育教師に小声で挨拶し、教室へ向かう。今日は気分があまり乗らないこともあって、時間は朝補習の始まる直前。一部の生徒を除き、すでにほぼ全員がクラスにいる状態だった。
限りなく存在感を『無』にしたこともあり、特に俺の方に視線が集まる様子もない。
「おはよう、前原君。今日遅いじゃん」
「おはよう。……いや、ちょっと寝坊しちゃって」
大山君との朝のちょっとした会話もいつも通りで、特におかしいところは何もない。
やっぱり俺の心配は杞憂だったかな――そう思った矢先のことだった。
「あ、あの、前原君っ、ちょっといいかなっ?」
席に座り、すぐさま鞄から教科書を取り出したところで、なんと天海さんがこちらに近付き声をかけてきたのである。
……その展開はさすがに俺も想定外なのだが。
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