第45話:新必殺! フレイムアクスカリバー!!



「GAA!!」


 ドラゴンゾンビは大口を開いて、黒く変色した炎を吐き出す。

 白銀の鎧を装備したアインは構わず前進を続ける。

錬成したての白銀の鎧は、黒色の炎を浴びても溶解どころか傷一つ見受けられない。


「炎なんて効くかぁー!」

「ヴォォォ!」


 アインは右手でドラゴンゾンビの首を掴んだ。

 敵は首を振って逃れようとするも、アインの精巧な五指が食い込んで、離さない。

そしてドラゴンゾンビの胸へ目掛けて、左腕に装備した盾のバンカーを叩き込む。


「ファイヤエクスプロージョン!」


 ドラグネットの叫びが、盾の裏に装着された赤い魔石を輝かせた。

魔石から炎の力が呼び起こされ、バンカーを伝って、ドラゴンゾンビの体の中へ流れ込む。

 次の瞬間、ドラゴンゾンビは体の内側から爆ぜた。激しい爆風と衝撃がアインへ襲いかかるも、白銀の鎧は全てを受け流す。


 相手がもしも、普通の竜であれば、これで勝利となったはず。

しかし――


(やっぱ吹っ飛ばすだけじゃダメか!)


 バンカーによって吹っ飛ばされた胸の風穴へ、周囲の腐肉が別の生き物のように集まり始めた。

 さすがは不死アンデットと言われるゾンビ。やはりここは一気に決めるほかに無し。


「ニーヤ、準備は良いな?」

「問題ありません。行けます! あとで瑠璃特製の焼肉お願いします!」

「ああ! 脂のたっぷり乗ったところをニーヤのために焼いてやる!」

「ありがとうございます! 楽しみですっ!」


 ニーヤは勇ましく一馬の前に立つ。

 そして足下に魔法陣が浮かび上がり、青く荘厳な力が溢れ出た。

 

「魔力主機関開放!」


その力は空気の流れを変え、彼女の周囲には竜巻のような渦を生み出す。


「循環確認! 充填開始ッ!」


 ニーアから輝きはアインの胸に装着された魔石をこれまで以上に強く輝かせた。

アインが激しい青白い輝きに包まれる。


「拘束魔法照準固定――――照射ッ!」


 ニーヤから魔法陣が放たれた。

それは拡大しながら再生途中のドラゴンゾンビへ迫る。


『GA!?』


 魔法陣がぶつかると、ドラゴンゾンビの四肢が紫電を帯びながら硬直した。

身をよじり逃れようとするも、魔力の輝きはドラゴンゾンビを捕らえて離さない。


「今ですマスターッ!」

「ああっ!」


 斬魔刀アクスカリバーへ、アコーパールで更に増幅されたニーヤの魔力が集ってゆく。

 同時発動させたのは、切れ味上昇の斬鋼、オーガの強い膂力を付与するオーガパワー、そして必殺スキルエアスラッシュ。

 しかしこれだけではきっと届かない。

 だからこそ――!

 

「ヴォォォォッ!!」


 アインは竜の咆哮のような声を上げ、頭のアーメットの隙間から赤く、鋭い輝きを放った。

 

 竜の魂を力に変え、相手を圧倒する力――竜の怒り。

 未知の力の奔流はアインを包み込んだ。竜の咆哮を彷彿させる猛り声がアインから響きわたる。

 

「ちょっとまったぁー!」


 と、突撃寸前、声を上げて静止を促したのはぴょんぴょんと跳ねるドラグネット=シズマン。

 

「なんですか、いきなり! 今、良いところなんですから邪魔しないでください! 集中力が途切れるじゃないですか!!」


 ニーヤは拘束魔法を維持しつつも、眉間に皺を寄せて叫ぶ。

 しかしドラグネットはニーヤに怒鳴られたなどなんのその。彼女もまた前に出て、身体から赤い気配を放った。

 

「カズマぁ、危ないからアインにアクスカリバーを掲げさせて!」

「アクスカリバーを?」

「そうそう、早く早く!」

「お、おう……!」


 言われた通り、一馬はアクスカリバーを持つアインへ八相の構えをさせた。

 

「よぉーし、いっくよぉ! アクスカリバー、フレイムアーップ!」


 ドラグネットはそう叫ぶのと同時に、ダボダボの袖から手を出して、指をパチンと鳴らす。

 すると音に従って、彼女を取り巻いていた赤い輝きがアクスカリバーへ流れ込む。

 それは瞬時に激しい炎となり、刀身を赤く燃やし始めた。

 

「おお、すげぇ!」

「へへん! 必殺技といえば炎の剣だよ! さぁ、やっちゃて、カズマぁ!」

「最高だ、ドラ! 行け、アイン!」


 一馬の意志を受け、あらゆる力と竜の魂、そしてドラグネットの炎の力を宿したをアインが飛び出す。

 矢のように早く、炎のように熱く、そして竜のように雄々しく――急接近するアインを前にして、ドラゴンゾンビはただたじろぐことしかできない!


「喰らえ! これが俺たちの新しい力――フレイムアクスカリバーぁぁぁ!!」

『GAAA――ッ!!』


 炎の刃はドラゴンゾンビを真っ二つに切り裂いたばかりは、激しい炎で包み込んだ。

 腐肉も、何もかもが炎で焼き尽くされ、灰へ、塵へと変わり消失してゆく。

 

(さすがに燃やしちゃったから素材には使えないか。だったら!)


 アインは胸の辺りに渦を浮かべて、燃え盛るドラゴンゾンビを光の粒に変えて吸収させてゆく。

 

 

*スキル獲得:ドラゴンバースト



 よくわからないが強そうな名前のスキルだったので、とりあえず良しとしておく。

 

「やったぁー! あたしとカズマの愛の炎の勝利だぁー!」

「お、おい!?」


 感極まったのかなんなのか、ドラグネットは一馬を押し倒さんばかりの勢いで抱き着きてくる。

 

 ニーヤは鋭い視線を、瑠璃はため息を着くが、この場はドラグネットに譲る気らしい。

 

 こうして白銀の鎧と新しい必殺技を獲得したアインは、大勝利を収めるのだった。


 

●●●



「肉、美味しい……ドラの、ドアホ……」

「カズマぁ……ニーヤのバーカ、バーカぁ……」


 などと寝言でお互いに悪口を言いつつも、ニーヤとドラグネットは星空の下、焚火の前ですやすやと寄り添って寝ていた。

 一時はドラゴンゾンビのせいで、こんな穏やかな空気がもう望めないものだと思っていた。

 

「なんだかんだでニーヤ君とドラは仲良しなんだな」


 瑠璃は焚火の火をいじりながら、微笑ましそうにニーヤとドラグネットを見つめている。

 その優し気な横顔に、一馬は意図せず胸の高鳴りを覚えた。

 

「先輩、今日はありがとうございました。先輩の勇気と、鎧がなかったら今頃俺たち……」

「いつもは戦いに参加できないんだ。こういう時ぐらい私が頑張らないと、と思ってな」


 一馬の後ろに佇むアインは、かつてはただの木偶人形だった。

 しかし今は立派な鋼鉄の巨人にまで発展した。

 アインがここまでの力を持つことができるようになったのは、瑠璃の功績が大きい。


「先輩」

「ん?」

「改めて、ここまで本当にありがとうございました。ここまで来れられたのはすべて先輩のおかげです」

「なんだい、急に改まって? 私は私がしたいようにしてきただけだぞ?」

「そうだったとしても感謝してます。だから、今日のことも含めて、何かお礼をさせてください。なんでも良いです。先輩が望むことだったらなんでも叶えて見せます」


 一馬は真剣に瑠璃を見据えながらそう言い放つ。

 瑠璃は白い頬を真っ赤に染めて、視線を焚火へ落とした。

 

「ほ、本当に何でも良いのか?」

「なんでも良いです」

「本当だな? 本当に、本当に、願ったことを聞いてくれるんだな!?」

「え、あ、はい……!」


 鬼気迫る瑠璃の様子に思わず一馬はたじろいでしまった。

 ここまで念を押されてしまうと、妙に肩ひじを張ってしまうというもの。

 しかし、一馬は瑠璃の願いを聞き入れると決めた。ならば――

 

(なんでもこい! ドーンと来い!!)


「……りって……」

「えっ?」

「これからは私のことを“瑠璃”って呼んでくれっ!!」

「……そ、そんなんで良いんですか?」


 一馬が聞き返すと、珍しく顔を真っ赤に染めた瑠璃は何度も頷いて見せる。

 

「だって、私が良いよって言っても、全然そう呼んでくれないから……だから……」

「それはその……」

「もう私は一緒に教室にいた留年生の牛黒先輩じゃない。一馬と共にこの世界で生きて行くと決めた牛黒瑠璃なんだ! そう見てほしいんだ!」

「……」


 ずっと瑠璃のことを“先輩”と呼び続けていたのは、気恥ずかしさもあったが、正直なところ彼女の存在が偉大だと感じていたからだった。

 ここまで無事に過ごせてきたのも、全て瑠璃のお陰である。そんな彼女を、自分と同列に扱うのはどうかと。

 しかし瑠璃の願いは、そんなつまらない壁など取っ払って欲しいということなのだろう。

 

「……わかりました。それがお願いだっていうんでしたら……」

「それもやめてほしい」

「?」

「敬語」

「マ、マジっすか?」

「マジだ」


 かつて教室で何者の寄せ付けなかった、鋭い目つきの瑠璃になった

それだけ真剣ということか。

 胸の鼓動は最高潮を迎えて、頭は若干くらくら。だけどこれ以上、引き延ばすとたぶん怒られる。絶対に怒られる。

 ならば――


「あーじゃ、えっと……る、瑠璃……?」


 始めて口にする言葉は、唇を震わせ、胸に強い鼓動を呼び起こす。

 対する瑠璃は名前を口にされた途端、目頭へ僅かに涙を浮かべた。

 

「あ、え、ちょっと!?」

「もう一回……」

「えっ?」

「もう一回っ!」

「る、瑠璃」


 ようやく強張っていた瑠璃の頬が弛緩した。

 その嬉しそうな笑顔に、一馬は胸の高鳴りを堪えきれなかった。

 

「もう一回!」

「瑠璃」

「もう一回!!」

「瑠璃っ!」

「もう一回ッ!!」

「瑠璃ぃーっ!!」

「ありがとう一馬。嬉しい……!」


 そして満面の笑み。卑怯な最終兵器であった。

 距離がグッと近づいたような気がしてならなかった。

 

 瑠璃は黒い瞳に一馬を写し続けていた。

 自然と一馬の意識が、瑠璃の艶やかな唇に注がれる。普段じゃ、そんなことをすれば、瑠璃はすぐさまフードを被って顔を隠してしまう筈。

 しかし彼女はそうせず、ただ茫然と一馬を見上げ続けている。

 

 縮んだ心の距離のように、二人の身体の距離もまた、お互いを更によく知ろうとするために近づいてゆく。

 

「ニーヤの、ばかぁぁぁぁ!!」

「「――ッ!?」」


 と、そんな中、突然ドラグネットが起き上がり、びっくりした二人は揃って尻もちを突いた。

 仲良く視線をドラグネットへ向けてみれば、件の娘は立ち上がったまま、目を線にして、まるでゾンビのように体を左右に揺らしている。

 意識は未だ夢の中なのだろうか。

 

「おしっこ……」

「ド、ドラ! 一緒に行こう!!」


 瑠璃はゆらゆらと一人で焚火から離れていったドラグネットの肩を抱き、一緒に闇の中へ消えてゆく。

 

 そうして一人になった一馬は強い虚脱感に襲われたのだった。

 しかし強い満足感もあった。

 

 さっきのは雰囲気に流されたわけじゃない。

 一馬の中へ確かに瑠璃が存在するように、彼女の中にもまた一馬が確かに存在する。

 そのことは十分に分かった。分かっただけで、満足だった。

 

 恋愛経験とかそういうのは全くないので、この先、どうしたら良いかはよくわからない。

 だけど分からないなりに、手探りで進めてゆけばいい。

 きっと優しい瑠璃のことだから、付き合ってくれるはず。


「明日も頑張りますかー!」


 今日はもう寝るに限ると判断した一馬は地面の上へ寝そべった。

 

 明日からはまた楽しくなる。きっと!

 

 しかしこの時一馬は気づいていなかった。

 

「……」


 実はニーヤはずっと起きていて、少々ブスッとした顔をしていたことに。

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