第43話:一馬のおかげ
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「ニーヤ、そっち行ったよぉ!」
「分かってます!」
ややつっけんどんな言葉を吐きつつ、ニーヤはドラグネットが召喚した鳥型ゴーレムの間を縫って跳んだ。
腕の甲から発生させた青い光の剣を薙ぎ、自分よりも遥かに大きな岩の巨人――ゴーレムを怯ませる。
「マスター!」
「おう! アインパンチっ!」
「ヴォッ!」
すかさず一馬はアインへ戦闘用アームカバーを装着した右腕を放つ。
剛腕は怯んだゴーレムを激しく打ち、一瞬で崩壊へと導く。
ドラグネットが鳥型ゴーレムで牽制をし、ニーヤが注意を引き付け、一馬のがアインで止めを刺す。
見事で、鮮やかな、そしてとても撃破効率の良い連携であった。
しかし三人は気を緩めることなく、かつてこの街の大通りだっただろう道の先へ視線を飛ばす。
道の向こうから更に数体の妙に不格好なゴーレムが、まるでゴリラのように腕を前足にして近づいて来たからである。
「マジか、まだいんのかよ……」
「心配しなくても大丈夫だよ! あたしのゴーレムがいーっぱいカズマのために頑張るからぁ!」
まだまだ元気が有り余っているのか、ドラグネットは薄い胸を反り返るほど張って大仰に言い放つ。
「ドラのゴーレムだから心配なのですけどね」
「なにをぉ!」
そうして始まった、ニーヤとドラグネットの火花バチバチ。
(全く、こいつら元気だな……)
賑やかなのは良いこと。
と思いつつ、迫るゴーレムをそっちのけでは困る。
一馬は仲良くキャンキャン吠えあっているニーヤのドラグネットの肩を叩いた。
「喧嘩はあとあと! やるぞ、二人とも!」
「イエス、マイマスター! ドチビ、後で覚悟を」
「へへん、そんな言葉十倍にして返してやるもんね糞チビ!」
そうドラグネットは悪態を付きつつ、ダボダボの袖を振り、そこから宙へ鉱石をばらまいた。
「
袖から飛び出たドラグネットの五指から赤く輝く魔力が放たれて、ばら撒いた鉱石を“鳥型”のゴーレムへ変え、早速牽制を仕掛け始める。
そして一馬とニーヤは阿吽の呼吸で同時に飛び出して行く。
そうして、あらかた敵のゴーレムを撃退しを得た頃、錬成壁の裏にいた瑠璃が飛び出し、そそくさと鉱石を拾い始める。
「これはダメだ。これも……これは、ギリギリか……」
とても真剣に選別しているようで、容易に近づくことができない雰囲気である。
結局今日のところはゴーレムの襲来が多く、まともにドラグネットの父親探しは遅々として進まず、一晩キャンプを張ることになったのだった。
●●●
「うーん……なんでだろぉ? なんでだろぉ?」
闇夜の下、唯一の光源である焚火の赤い炎の前で、ドラグネットはうんうん唸りを上げる。
「ゴーレムが気になるのか?」
一馬が焚火で焼いた、肉を差し出すと、ドラグネットは嬉しそうにそれを受け取って屠り始める。
しかしすぐさま悩まし気に眉をひそめた。
「うん。なんでこんなにたくさん野良ゴーレムがいるんだろってね」
「珍しいのか?」
「今時珍しいんだよ。昔の大きな戦争のときは魔族がたくさんゴーレムを作ってばら撒いたらしいらしいんだけど、殆ど駆除されちゃったし、今はあたしたちゴーレム使いが生み出す位だから」
「じゃあ、もしかしてドラのお父さんが?」
「そんなの絶対ない!!」
ドラグネットのびっくりするほどの大きな声だった。
「パパもあたしもゴーレム大好き! 作ったら最後までちゃんと面倒を見るし、捨てたりなんてしないもん! それにここにいるゴーレム、全部不格好だもん! カッコ悪いもん! あんな酷いゴーレム作ったりしないもん!」
「そ、そうなんだ。悪かったよ」
とは言われつつも、一馬はやはり何か関連があるのではないかと、思えて仕方がなかった。
少なくとも今この場では異常事態が起こっているのは分かった。ならば、何が起こっても良いように、明日も機を引き締めねばならない。
ふと、焚火の周りに瑠璃が居ないことに気が付く。
どこにいるのかと視線を漂わせると、瑠璃は膝を折って鎮座しているアインのそばで、広げた羊皮紙と睨めっこを繰り広げている。
「先輩、なにしてるんすか?」
「うーむ……」
「せんぱーい!」
「うわぁっ!? な、なんだ、一馬くんか。びっくしたぞ……」
素っ頓狂な声を上げたあたり、かなり集中していたらしい。
彼女の足元には見覚えのある設計図が広げられている。
「それって確か、アインに装備する鎧のですよね?」
「ああ。ここでの戦闘をみて、やはりアインには鎧が必要だと思ってな」
「確かにボロボロですもんね」
近くからアインを見上げれば、所々に傷や破損が見受けられた。特に、未だに木材の腹部が特にひどい。
「だからずっと倒したゴーレムの素材を拾ってたんですね」
「ああ。上質な素材のみで最高の鎧が作りたいんだ。作りたいのだが……」
「何か問題でも?」
「ゴーレムの素材だけでは少々強度的に不安を覚えるんだ。しかし他に何を素材にしたら良いのやら……」
「だったら竜鱗がいいよー!」
と、間に入ってきたのは、自称天才ゴーレム使いのドラグネット=シズマン。
「竜鱗をね、ほんのちょっと……えっと、こんぐらい混ぜると、この公式が使えるから、こうして……」
「なに!? これが答えか!? 嘘だろ!?」
「嘘じゃないよー。ええっと……ニーヤぁ! ニーヤ計算できる?」
「できます。舐めないでください。ワタシは正確さが売りのホムンクルスです」
ニーヤはスタスタと羊皮紙へ這いつくばっている瑠璃とドラグネットの元へ行く。
「答えは12000AP《アーマーポイント》です」
「ほら、合ってた! 信じてくれた?」
「疑ってすまなかった。12000APか。いい数字だ」
「でしょでしょ? あとねー」
三人の娘達は、羊皮紙を囲んで、ああだこうだと、難しそうな内容ながらも、和気藹々と話を繰り広げている。
微笑ましいことこの上ない。しかし入り込む勇気が湧かないのは、話の内容がというよりもーー
(男1人ってこういうとき辛いなぁ……)
とは思いつつも、贅沢なのは分かっている。とりあえず三人は楽しそうにしているし、今は放って置くのが最善だろう。
「マスター」
「ニーヤ?」
いつの間にか脇に居たニーヤが、がっしり一馬の腕を掴んでいた。
「すみませんがマスターも話に加わってください!」
「ちょ、ちょ!?」
何故か女性三人の輪へ連れ込まれてしまった。
すると待ってましたと言わんばかりに瑠璃とドラグネットが視線を向けてくる。
「近くにいるのなら見ていないで加わってくれれれば良いものの……」
瑠璃は少し寂しそうに唇を尖らせた。
「あー、いや、なんか楽しそうだからお邪魔かなって……」
「邪魔じゃないよー! そんなこと思ってないよー!」
ドラグネットもそう叫ぶ。
「ドラに同意するのは癪ですが、その通りです。マスターはワタシ達の中心。マスターがワタシを起動し、瑠璃を救い、ドラを導きました。ワタシ達がこうしていられるのもマスターのおかげです。ですので、マスターを蔑ろにして話を進めるわけには参りません!」
瑠璃も、ドラグネットもウンウンと頷く。
ニーヤの言葉を受けて、一馬は胸に熱いものを感じた。
現世でも、ついこの間までも、一馬は誰にも必要とされていなかった。ずっと自分は空気のような存在として一生を終えるのだと思っていた。
しかし今は違う。彼を慕い、そして必要としてくれる仲間がいる。
それがどんなに嬉しく、そしてありがたいことか。
「ありがとう、みんな。あと、ごめん。ちゃんと話に加わるよ! で、アインの鎧がどうした?」
「やっぱり鎧は赤だよね! 赤がカッコいいよね!!」
ドラグネットはダボダボの袖をブンブン振り回してそう主張し、
「赤は王道過ぎるだろ。相手を威圧するにはやはり黒だ。そう思わないか、一馬君?」
瑠璃の真剣な眼差しが突き刺さる。
「と、ドラと瑠璃は主張していますが、ワタシは青こそがマスターのアインに装備する鎧に相応しい色だと思います」
「赤だよ!」
「いや、黒だ!」
六つの瞳がそれぞれ一馬を捕らえて離さない。
誰もが真剣。誰もが己の主張こそ、一馬の答えと想っているらしいが――
(これ、どれ選んでも地雷踏んじゃう系……?)
「あかー!」
「黒だろ!」
「青です!」
「え、えーっと……どうしょう?」
慕ってくれるのはありがたいけども、こういう時はほんのちょっぴり面倒だと一馬は思うのだった。
しかしこの時の一馬は、翌日にこの楽しい空気が瓦解するかもしれない場面に出会うなど、思いもしなかったのである。
●●●
「カズマ、逃げてぇ……」
既に魔力を使い果たしたドラグネットは声を絞り出す。
もはや起き上がることは難しいらしい。彼女の周囲にはバラバラに砕かれた鳥型ゴーレムの残骸が散らばっている。
しかし、見捨てることはできない。
一馬は恐怖を呼び起こす腐臭に耐え、地面を踏みしめ飛び出そうとする。
アインはまだ動ける。瓦礫に埋もれてはいるが、損害は未だ軽微。ならば――!
そんな彼の前へ、ニーヤが舞い降りた。
「マスター、ドラの言う通りです。ここは瑠璃と共に退避を! ここはワタシが殿(しんがり)を――ッ!?」
ボロボロのニーヤは言葉を切り、腕を掲げて青い障壁を発生させる。
怒涛のように迫る魔力で黒く変色した炎は障壁の箇所のみ分断された。
しかしすぐさま障壁を支えるニーヤの靴底が硬い地面へあっさりとめり込んだ。
「ああ!」
「ニーヤっ!!」
障壁はあっさりと砕かれ、爆風と黒煙がニーヤを包み込み吹っ飛ばす。
「ニーヤ、しっかりしろ! ニーヤぁ!!」
「は、早く、お逃げを……」
ニーヤは一馬に抱き留められながら、弱々しい言葉を紡ぎだす。
恐怖はあった。敵はドラグネットやニーヤ、そしてアインでさえも容易に退けた驚異の相手。
だが、ここで屈するわけには行かない。ここまで来て、命をあきらめるわけには行かない。
「ドラ! ニーヤ! 糞ぉ……やってやるっ!」
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