第24話:災厄の赤鬼――壊滅する第三兵団


「ゴォールデンスラァーッシュッ!!」


 最上位天職の一つ:聖騎士。その力を持つ吉良 煌斗は周囲を取り囲む紅蓮の炎に屈せず、最大級の威力を誇る剣技を放った。

 黄金の剣ではこれまで絶てぬものは無かった。絶対勝利を約束された奥義であった。


『どうした、人間。お前の力はその程度か?』


 しかし煌斗を見下ろす、巨大な“赤鬼”は彼の最大最強の技を掌一つであっさり握りつぶす。

 人生で初めて突きつけられた超えられない壁を前にし、煌斗の顔は絶望一色に染まる。

 

『死ねぇ!』

「錬成っ!」


 愕然とする煌斗の前へ瑠璃は岩の壁を瞬時に生成し、赤鬼の拳を受け止める。

しかし壁が巨腕を受け止めたのはほんの一瞬。

 気が付いたときにはもう、壁は突き崩され、その衝撃は瑠璃と煌斗を紙切れのように吹き飛ばした。


 赤鬼と第三兵団の間には歴然とした力の差があった。しかし、赤鬼は口元に愉悦の笑みを浮かべている。

どうやら赤鬼の方にはまだまだ余力があるらしい。


 そんな赤鬼の背中へ、様々な属性の魔法がぶつかり、弾けてゆく。


「さっさと魔法を放ちなさい! 誰のために魔力を使ってやってると思ってるのよ!!」


 煌斗に並ぶ第三兵団の実力者の吉川 綺麗も激しく動揺し、ヒステリックな声を上げながら罵声に近い指示を叫んでいる。

 

 それだけ、突然第三兵団の駐屯地へ襲来した“人語を話す巨大な赤鬼”は脅威であった。

 幾ら魔法を放っても大したダメージは見受けられず、鋼の武器は傷一つ付けられず、煌斗のゴールデンスラッシュでも全く歯が立たない。

 逆に赤鬼が得物として持つ巨大な鉄鞭に殴打されたり、口から吐き出す炎に巻かれたりと、たった一体の魔物から一方的に蹂躙され続けている。

 

「どいつもこいつも役立たずばっか! これじゃまだ弾除けになってた木造の方がマシじゃない!!」


 綺麗は激昂しつつ、魔力の充填が完了した白銀の杖を、赤鬼へ突きつけた。

そして彼女が習得した魔法の中でも最強最大の術、ギガサンダーを赤鬼の頭上からお見舞いする。


 一瞬、激しい雷光を脳天から受けた赤鬼は怯んだ。

しかしすぐさま眼光が鋭さを取り戻す。雷光は赤鬼が鉄鞭を一薙ぎしただけで、あっさりと霧散する。


『少しは効いたぞ人間』

「ひぃっ!」


 赤鬼に睨まれた綺麗は踵を返して、逃げ出してゆく。

そんな綺麗をみて、赤鬼は邪悪な笑みを零した。


「がっ――!! かは――……!」


 綺麗は赤鬼の鉄鞭に激しく突かれ吹っ飛び、崩れかけの兵舎の岩壁に叩きつけられた。

 白目を剥き、泡を吹いて、壁の中に埋もれ、ピクリとも反応を示さない。


『わざわざゲートを開けてくれた上に、こんなにも楽しませてくれるとはな! 礼を言うぞ、人間! がははは!!』


 突然、第三兵団の兵舎へ襲い掛かってきた赤鬼は、圧倒的な力の下、施設を破壊し、瑠璃たちを蹂躙し続ける。

 彼女たちはおろか、現地人の戦士たちも、赤鬼にはまるで歯が立たず、一方的にやられるのみである。

 これまで出会ったどの魔物よりも強大で、圧倒的な別次元の存在。

 

『怯えろ! 竦め! 我ら魔族の力を思い知り、絶望の中死にゆくが良い!』


 赤鬼の言葉を聞いて牛黒瑠璃は絶句した。


 魔族――洞窟などに生息する魔物とは違い、高い知性と戦闘力を持つ、煌帝国の脅威である。

 煌帝国の北東部にある、険しい山々が連なるバッフクラン山脈。その向こうに奴らの国:魔界があり、虎視眈々と煌帝国を狙っているらしい。

 

 瑠璃達、転生戦士たちは、魔族の対抗手段として呼び出されている。

しかしこの半年間で、一度も魔族に出会ったことは無かった。


(吉川が起動させた転送装置が魔族を……くそっ!)


 瑠璃は歯噛みしつつ、蹂躙を続ける赤鬼を見上げた。

 意志はある。何かをしなければならないとは分かっている。

 

 しかし彼女は非戦闘職の鍛冶士でしかない。

 

 武器を作ることはできても、それを用いて戦うことなど無謀極まりない。


「る、瑠璃姉、どうしよう! お、俺たちはどうした良いの!? なぁ、瑠璃姉ぇ! 助けてくれよ、瑠璃姉ぇ~!」


 幼いころのように煌斗は瑠璃へ縋り付いて来た。

 いくら成長しようとも、いくら強い天職を得ようとも、結局煌斗は、幼いころに瑠璃の背中に隠れてばかりいる彼であった。


 瑠璃は情けない幼馴染に呆れ、黒いローブのフードを被り、分からないようため息を零す。

 

「……お姉ちゃんに任せなさい」

「瑠璃姉!」


 瑠璃は赤鬼を睨みつつ、ゆっくりと歩んで行く。

 

(私では到底敵わない。だけど煌斗や綺麗が体勢を整える時間くらいの稼げるはず! ここだけは、彼のために守らねば!)


 幼馴染である煌斗だけには多少の温情があったものの、綺麗や他の連中がどうなろうと知ったところではなかった。

それでも瑠璃が赤鬼に戦いを挑むと決意したのは、ひとえに“一馬との約束”があったからだった。


 一馬は戻ってくると約束してくれた。彼女はここで彼を待つと決めた。

 ここがどんなに最悪な場所だろうとも、約束の地がここならば、失うわけには行かない。

 守る価値は、それだけで十分にある。

 

「錬成っ!」


 瑠璃はありったけの魔力を地面へ放った。

彼女に由来する紫の輝きが、赤鬼の足元を目掛けて疾駆する。


『ぐおっ!?』


 突然隆起した地面は、巨大な赤鬼の体勢を崩させ、地面へ転がす。

 

 瑠璃は間髪入れずに、地面の錬成を繰り返す。

 規則的に隆起する地面は、次第に倒れた赤鬼を、岩壁で覆ってゆく。

 

「私のとっておきだ。受け取れ!」

 

そして鉱脈発破用に作って置いた筒爆弾ダイナマイトを赤鬼目掛けて投げつけた。


 岩の中で筒爆弾がさく裂し、轟音が鳴り響く。

 密閉空間で爆破をされれば、さすがの赤鬼でもひとたまりもないだろう。

 

 すると濛々と立ち上る砂煙の中に、巨大な影がゆらりと起き上がるのがみえた。

 

『今のはなかなか良かったぞ、雌の人間』

「ちっ! 化け物が!」


 瑠璃はゆっくりと歩み寄ってくる赤鬼へ、筒爆弾を投げ続ける。

しかし赤鬼は強烈な爆破を浴びても、鉄鞭を肩に抱えて、口元へ笑みを浮かべながら平然とにじり寄ってくる。


「ぐっ――!?」

「瑠璃姉ぇっ!!」


 赤鬼の腕が瑠璃を掴み上げ、煌斗の悲痛な悲鳴が響き渡る。

 

「ああ、くっ、ううっ……あああ!!」


 鬼の手が万力のようにぎりりと締まり、瑠璃の腹をゆっくりと圧迫して行く。

 そんなもがき苦しむ瑠璃を見て、赤鬼はこれまで以上の笑みを漏らす。


 やはり自分は、無力は鍛冶士。戦いを挑むなど無謀なことだった。

 だからこそ、彼女は望んだ。

 助けが欲しい。助けてほしい。救ってほしいと。

 

 そんなとき、脳裏に浮かんだのは、


(木造くん――!)


「ヴォォォ!!」

『ぐおっ!?』


 突然、聞き覚えのある音が聞こえ、赤鬼の体勢が揺らいだ。

 ずっと締め上げられていた手が身体から離れて、落下を始める。

 

「ニーヤ、今化け物が手放した人! 先輩を受け止めてくれるか!?」

「申し訳ありません、この距離では間に合いません! すみませんがマスターでお願いしますっ!」

「ああ、もうポンコツっ!」


 その声を聴いただけで、瑠璃の胸は一瞬で華やぎ、そして高鳴る。

 

「先輩、こっちです!」


 彼は腕を開いて、彼女のことを待ってくれていた。

 身なりはボロボロ。顔だちだって特別イケメンではない。

 だけども彼は、瑠璃の待ち望んでいた人。

 密かに憧れていた瑠璃にとっての白馬の王子、基、マリオネットマスターの王子様。

 

「がふっ!?」


 しかし高高度からの落下する人間をを、人の手で受け止めるなど、どう考えても無理なこと。

だけども、瑠璃はお尻で一馬を背中から下敷きにすることで、なんとか地表との激突を免れていたのだった。


「す、すまない! 大丈夫か、木造君!?」

「え、ええ、まぁ……すんません、決められなくて」


 瑠璃のお尻の下で彼は、木造一馬は苦笑いを浮かべている。

しかすぐさま表情を男のソレに切り替えた。


「お待たせしました! 約束通り、先輩を迎えに来ました!」





・たぶん夕方頃にもう一回更新し、明日一章を閉めて、翌日はゆっくりお休みしようと思います。

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