第13話:大混乱 第三兵団
「さっさと矢を撃て! 撃って、撃って、撃ちまくれぇ!!」
聖騎士職の吉良 煌斗は、同級生の弓兵たちへ、焦った様子で指示を出す。
鋭い矢が洞窟の寒々しい空気を引き裂き、目標のスライムへ降り注ぐ。
スライムは基本的に、目視できるコアを射貫いたり、切り裂けば撃破は容易ではある。
――あくまで敵が単体であればだが。
しかし、今、煌斗達の前にいるスライムは単体では無く、数えきれないほどの数。
矢を繰り返し放って、幾ら倒そうとも、怒涛のように押し寄せるスライム軍団の進撃は留まることを知らない。
「お、おい煌斗! いつも、ゴールデンなんちゃらでさっさと片付けてくれよぉ!!」
戦士の同級生は、必死に巨大なバトルアックスでスライムを引き裂きながら悲痛な叫びをあげる。
「なら、時間を稼いでくれ! 魔力を溜めなきゃできないんだよ!」
「んだとぉ!? んな、暇……うぷっ!!」
戦士はスライムに頭を包まれ、泡を吐き出した。
幸い、近くにいた剣士がコアを突き刺して倒し、事なきを得る。
が、こんな光景は、現状では特段珍しいものでは無かった。
誰もが幾ら倒してもキリがなく、更に無限に湧いて出るスライム軍団に翻弄され、身動きが取れずにいた。
「くそっ、こんな時、木造君とアインさえいれば……!」
これまで皆の弾除けとして機能し、煌斗の一撃必殺のスキル:ゴールデンスラッシュのチャージ時間を稼いでいた木造 一馬と、巨大木偶人形アインはもうここにはいない。数日前に、不幸な事故で行方不明となってしまっていた。
これまで煌斗は、アインはただの木偶の棒で、一馬に関しても捨て置いても良い、どうでも良い存在だと思っていた。
弾除け係に関しても、人員を遊ばせておくのは勿体ないと思って、適当に思い付きで与えた役割だった。
しかし今さらながら、その弾除けが居ないと、ここまで兵団が混乱するとは煌斗自身も思ってはいなかったのである。
「ああ、くそっ……瑠璃姉ぇ……俺はどうしたら……」
困り果てた煌斗は、この期に及んで、あろうことかこの場にいない幼馴染の瑠璃の姿を思い浮かべ、助けを求め始めた。
「ちょっと退いて!」
「うわっ!!」
そんな煌斗を突き飛ばしたのは、彼の恋人で、兵団のもう一人の実力者:魔法使いの吉川 綺麗と、その取り巻き達。
彼女たちが手にした魔法金属製の杖には、壮絶な輝きが宿っている。
「や、止めろ、綺麗――っ!!」
煌斗の静止の声は、綺麗達が放った稲妻魔法の轟音によってかき消される。
壮絶な輝きは、スライム軍団はおろか、煌斗や兵団員たちを真っ白に染め上げてゆく。
光が捌け、コアを焼かれたスライムが水蒸気になって消えてゆく。
そして数多くの兵団員たちもまた、稲妻に焼かれ、うめき声をあげているのだった。
●●●
「綺麗、さっきのはやり過ぎだ! もっと考えて行動しろよ!」
「はぁ!? 何言ってんの? ちゃんと指揮しない煌斗が悪いんでしょ!?」
「だからって、無茶苦茶に魔法放つ奴があるか! バカが!」
「バカって……あんた何様よ!」
兵団宿舎へ戻って早々、煌斗と綺麗は互いににらみ合い、罵声を浴びせ始める。
そんな二人を止める者は一人もない。
なぜならば、煌斗と綺麗を除いて、殆どの兵団員が重傷を負っていたからである。
誰もが大喧嘩を繰り広げている中心人物の二人へ、冷ややかな視線を送っている。
――うるせぇな、喧嘩なら外でやれよ。
――綺麗ちゃん、やっぱりちょっと怖い……
――だせぇな、どっちもどっちだろ。
――マジ、最悪。最低。
「だ、だいたい……大体、こうなったのも、綺麗! お前が、木造君とアインを守らなかったからだろ!」
「は、はぁ!? な、なに、言って……! あ、アンタだって、飛び出した木造のこと、愚かだとかバカだとか言ってふざけてだじゃない! なんで私だけ、悪者みたいにいうんじゃないわよ!」
綺麗の言葉に誰もが口を噤む。
誰が、これまで木造 一馬とアインを唾棄すべき存在だと位置づけていた。
誰もが、瑠璃を庇った彼を、バカ者と罵り、ふざけあっていた。
今さらながら、彼の重要性に気が付いた――しかし、そんな彼は行方知れずで、どうなってしまったのかも定かではない。
一馬とアインに頼ることはもうできず、今後は今回のような混乱が、また生じるのは容易に想像ができた。
……
……
……
「ちょっと、何よ! こんな豚箱に押し込んで! 出しなさいよ!!」
「黙れ、吉川! これまでの功績があるからこそ、この程度で済んでいることを忘れるな! 本来ならば、磔にされてもおかしくはないことをしたのだと、胸へ刻め!」
「……最悪……」
その後、吉川 綺麗は今回の件で、帝都より一週間の独房入りが言い渡された。
産まれて初めて深くプライドを傷つけられた彼女は、食欲が湧かず、数キロも体重を減らしたらしい。
……
……
……
「リーダーとして、皆を守る聖騎士としてあるまじき結果。恥を知れ、吉良兵員!」
「も、申し訳ありません……」
煌斗も、産まれて初めて激しい叱責を受け、人生初の屈辱を味わう。
今さら、誰もが木造とアインが重要だったという思いを抱く。
しかしそれはあくまで“弾除け”という役割に関してだけである。
そんな中にあって、ただ一人、彼の無事を心から願う人が一人――その者の名は【牛黒 瑠璃】
(木造君、君はきっと生きている。そしていつか約束を果たしてくれる。待っているぞ、私はいつまでもここで、君を……)
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