第70話 獣王②
「な!?なぜそうなる!!」
イリーナの言葉が玉座の間に響き渡る。
イリーナは思うのだ。
たしかにウガルダンジョンを攻略する頃からパメラは、ことあるごとにケイタに向かって第2夫人になると言っていた。
しかし、これは冗談で決して実現しないものであると思っていたのだ。
しかし、王妃の発言は「獣王を産んでほしい」というものである。
それは、パメラとおっさんの婚姻を意味するのだ。
「イリーナ様、お気持ちは分かりますが、パルメリアートは正妃になるつもりはありません」
「正妃とかそういう問題ではない!!」
王妃がイリーナをなだめる。
玉座の間がイリーナと王妃のやり取りでざわつく玉座の間である。
王妃がおっさんにパメラとの婚姻を進め、ドゴラス内務大臣はそれを止めないのだ。
当然、パメラも反対をしていない。
今回の会議に向け、話は既に済ませているようだ。
内務大臣と王妃が話を進めるということは、これは獣王国が、おっさんとパメラの婚姻を望んだということになる。
しかし、それ以上の違和感があるのだ。
この玉座の間の3分の1近くが昨日の獣王武術大会を最後まで見たのだ。
「あれ?昨日イリーナって女性は、騎士の格好をして魔神と戦っていなかった?」ということである。
どうやら、おっさんは仲間や配下はもちろんのこと、妻まで魔神と戦うのかと思うのだ。
そんな、貴族達の考察をよそに王妃がイリーナに説得をする。
「おそらく、獣王国が何もしなくてもガニメアス国王も同じことを言うかと存じますよ」
「なぜそうなるのですか?」
いきなり、パメラをおっさんに嫁がせるなど言うから気が立ってしまったが、相手は獣王国の王妃である。
そして、ここは獣王国の王族、貴族が集まり、獣王国の未来を決める会議である。
自らを落ち着かせ、なぜそのような話になるのかという真意を解くイリーナである。
「ドゴラス内務大臣、他国の動きはどうなっていますか?」
「は!既に帝国、聖教国、王国、諸島国ら招いた全ての国が、既に王都から自国へ使者を送っています」
「早いですね。止められなかったのですか?」
「申し訳ありません。外交特権を持つため、王都に閉じ込めることは厳しいかと」
おっさんと上位魔神との闘いは、獣王国が招いた他国の外交官が闘技場で観戦していたのだ。
武術大会の運営側からの避難命令を無視して、上位魔神を倒すまで観戦したのだ。
そして、おっさんの神話のような戦いの情報をまとめ、すぐに自国に情報を届けるため使者を走らせているのだ。
「まあ、観戦者も多く、冒険者ギルドを通してもいずれ分かることでしょうが、帝国に情報が行くのも時間の問題ですか」
「は!」
帝国という言葉にざわつく玉座の間である。
王妃とドゴラス内務大臣の話は、帝国が動くという話であるのだ。
「ガルガニ将軍よ」
「は」
王妃が今度は、ガルガニ将軍に話しかける。
「もしも、ガルガニ軍10万と大魔導士ヤマダ様が戦えばどうなりますか?」
「は!1刻持たずガルガニ軍は全滅するかと。いえ、獣王国全軍をもってしても結果はそこまで変わらないかと存じます」
即答をするガルガニ将軍である。
獣王国で3大将軍と言われ、30年近くに渡って戦場で戦槌を振ってきた男が即答する。
ざわつく玉座の間であるが、貴族の動揺にばらつきがあるようだ。
どうやら動揺しているのは、先日おっさんの戦いを観戦していない貴族のようだ。
当然だろうという顔をする貴族も多い。
「イリーナ様、今現在そのような力のある大魔導士様の情報を持って、使者が帝国に向かっております」
「それが、なぜ婚姻と?」
「大魔導士様とパメラの婚姻は獣王国と王国が結びつく数少ない方法だからです」
この情報を元に、帝国は大いに動き出すとのことだ。
しかし、どう動くのか判断することは難しいという説明をする。
実際に観戦した外交官は武術大会で起きたことを帝都に戻って正確に報告するだろう。
それは、今言ったガルガニ将軍の話のような力が、おっさんにはあるという報告だ。
しかし、その結果、帝都がどのように判断するか分からないと言う王妃である。
帝王を含む、帝国の上層部が使者の話を信じて、おっさんの懐柔に動くかもしれない。
随分大げさな報告だと実際の力よりかなり下に見て、それでもおっさんをかなり危険視して、王国に攻めて出るかもしれない。
懐柔して王国からおっさんを失うことも、普段あまり攻められない王国に帝国軍が来ることも考えられる。
「帝国の軍は増やそうと思えば、倍にも3倍にも増やすことができるのです。メクラーシ公国が3年前に滅んでおり、旧メクラーシ公国の統治が進んでいるのか、獣王国への帝国軍の数が年々増えております」
「たしかに、今年こそは落とすぞという意思を帝国軍から感じております」
ガルガニ将軍が同意する。
玉座の間にいる武官も頷く。
帝国軍の攻勢を感じているのだ。
そして、獣王国が落ちて困るのは、獣王国の次に攻められる王国である。
さらに王妃は言うのだ。
兵の数に余裕のある帝国が王国も同時に攻めるかもしれない。
その結果、王国は今まで以上に獣王国と強い結びつきを求めるという話である。
結びつきを強くするのは、婚姻による血の契約が一番良い。
王国の英雄であるおっさんは獣王国でも英雄になった。
「王国の英雄である大魔導士様と、獣王国の王族であり英雄であるパルメリアートの婚姻は、両国の結束を強固にします。ガニメアス国王陛下も、そのように望むと確信をしております」
はっきりと断言をする王妃である。
会議の話を聞く獣人達も確かにと言う話がこぼれ聞こえてくる。
「そ、そんな。ケイタは困っているのであれば、力を貸すぞ。パメラの国だからな」
別に結婚しなくても、困っているなら協力するというイリーナである。
困ったなという表情をする王妃である。
言葉だけでは、何の保障にもならないのだ。
王政であり、貴族制であった時代の結婚感としては王妃の考えの方が正しい。
これは男爵家の長女に生まれたイリーナも分かっている。
理屈の問題ではないのだ。
「大魔導士様はパルメリアートとの婚姻は反対ですか?」
話を振られるおっさんである。
「え?そ、そうですね。私は自分の仲間が幸せになることが一番だと思います。王国の第3王子との関係がパメラにとって最も幸せではないのですか?」
「ジークフリート殿下との婚約関係は3年以上前に、内乱のおりに破談しております」
「!」
おっさんが、何を言うか分かっていたのか王妃は即答をする。
「そして、もし婚約関係を復活させるならば、王国にはジークフリート殿下の王位継承権の破棄をお願いすることになります」
王族がお互いに王位継承権を持って婚姻するということは、どちらの国も統治できるということになる。
これは王族だけでなく貴族もそうだが、家を継ぐための権利を放棄して嫁ぐのだ。
おっさんとイリーナの間に子供ができても、その子供はクルーガー家の当主にはなれないのだ。
パメラは正妃にならず、側室として、おっさんの元に嫁ぐと言っていることにも関係してくる。
王女のパメラが正妃にならないという言葉は、パメラとの間の子供はヤマダ領を治めませんよという意味なのだ。
だから、王族であるパメラと第3王子が結婚するなら、どちらかが王位継承権を捨てて婚姻しなくてはいけない。
パメラには王位継承権を失うわけにはいかなくなったのだ。
パメラは金色の獣である。
おっさんとともに魔神と戦い獣王国を救った英雄でもある。
かつてないほど獣王にふさわしくなったのだ。
王位継承権を失えば、その子も王位継承権を失うことになる。
王位の権利のない親の子供はただの子供になるのだ。
パメラはもちろんのこと、パメラの子供が王位継承権を失うことは獣王国としてもできないということである。
それは、パメラの血が獣王国の中で絶たれるという話であるのだ。
(王国の王太子はバリバリの武闘派で、国王としては第3王子の王位継承権を失うことはできないんだっけ)
フェステル伯爵から以前聞いていた話を思い出すおっさんだ。
王国の第1王子であり、王位継承権1位の王太子は現獣王並みに武闘派で好戦的なのだ。
獣王国ではそれでもいいかもしれない。
常に戦争をしているからである。
しかし、王国でそのようなことをされると王国が崩壊するかもしれないのだ。
王国の北には、聖教国がある。
聖教会は王国にも永く根付いており、排除することはできない。
しかし無理な要望を飲み、力をつけさせるわけにはいかない。
王国の南には、獣王国がある。
獣王国が帝国により滅びれば王国が攻められて困る。
しかし、過度な援助を行い、王国の経済が立ち行かなくなってはいけない。
過度な援助は獣王国の暴走にもつながる恐れがある。
王国の西には、帝国がある。
ウェミナ大連山と大森林のおかげで直接は接触していない。
しかし、帝国側が諜報員を送り暗躍を続けている。
切れ目からも帝国軍が攻めてくるかもしれない。
後手に回らないよう、情報戦で勝たなくてはいけない。
獣王国、帝国、聖教国とのバランスを考えて動かなくてはいけないのだ。
戦争一辺倒ではなく、他国との外交力、バランス力が国王に求められるのだ。
現国王のように、古狸のような知恵と策略が必要なのだ。
それは、王太子にはなく第3王子にあるのだ。
だから、現国王は、王太子が40過ぎても王位に居続けているのだ。
自らが70過ぎても国王を続け、王太子が年を重ね丸くなるか、第3王子の成長を待っているのだ。
5年以上前、両国の結束のために先獣王と国王が進めた、パメラと第3王子の結婚であるが、第3王子が王位継承権を失うと、競争相手を失い王太子が暴走するかもしれないと断られた先獣王である。
しかし、今はパメラの王位継承権も失うことが出来なくなったのだ。
そういったパメラと第3王子の話をおっさんに説明をする王妃である。
その話は分かりました、しかしと言っておっさんが今回の婚姻は厳しいのではという話をする。
「あの、私は国王に頂いた領の開拓を考えております。パメラが獣王になるなら、一緒にいることは難しいのではないのでしょうか?」
「そうですね」
(お!やっぱり難しいじゃん。結婚はなしの方向かな)
おっさんの言葉に同意する王妃に視線が集中するのだ。
それは、当然である。
パメラの子を獣王にすると言ったが、現獣王をどうするのかまだこの会議で話をしていないのだ。
「現獣王を変えるつもりはありません」
「「「な!?」」」
初めて聞いたのか、貴族達は動揺をするのだ。
内乱のけじめはどうなるのかという話である。
パメラが獣王になると思っていた貴族もかなり多いようだ。
王妃は、現獣王はそのまま獣王にすると言ったのだ。
その顔は真剣そのものだ。
冗談で獣王を変えないと言ったわけではない。
「ガルシオ獣王国は、現在の国家の在り様より未来の繁栄を選択します」
その言葉を聞いて、ざわつきが静まり返る。
どうやら貴族達も理解できたようだ。
獣王を見るおっさんである。
目をつぶり、王妃の話を聞いている。
先獣王にパメラの代わりに獣王になれと言われて暴走した現獣王である。
今は、パメラがおっさんとの間に獣王を生むから、獣王でいろと言われたことになるのだ。
もう玉座にこだわりのない現獣王だ。
しかし、今の状況を受け入れているようだ。
怒りの感情は感じられないのだ。
「あの、パルメリアートでは不満ということでしょうか?」
モテない歴35年のおっさんは困るのだ。
こんな選択を迫られたことは過去にない。
だから、第3王子がどうの、領がどうのと言って何とか結婚は無理だよねという話をしようとしたのである。
イリーナを見るおっさんである。
不安そうにおっさんを見つめるイリーナと目が合うおっさんである。
そして、視線を王妃に戻す。
おっさんは覚悟を決めて答えるのだ。
「申し訳ございません。ありがたい話ですが、今回はお断りしたいと思います」
「な!?そんな…」
ここまで丁寧に話した王妃である。
しかし、おっさんは今回の話を断ったのだ。
「私は、愛する妻が幸せであってほしいと願い、そのために行動しようと決めております。妻の悲しむ選択はできません」
静まり返る玉座の間である。
上位魔神を倒したおっさんの言葉だ。
おっさんが断ると言ったのであれば、これ以上の話はできない。
しかし、話は終わらなかったのだ。
「うう…」
するとパメラが泣き崩れたのだ。
姿勢を崩し、顔を両手で覆い泣き出したのだ。
(ふぁ!?え?)
初めて女性を泣かせてしまったのかと動揺するおっさんである。
「大丈夫ですか?パルメリアート。大魔導士様とは仲良くしていると聞いたので、この話を進めたのですが」
「は、はい母上、ケイタとはウガルダンジョン都市のころから仲良くさせていただいております。どうやら一方的な思い違いのようでございました…」
「「ぶっ!!」」
イリーナとセリムが噴き出すのだ。
しおらしい言葉以上にわざわざこの場で「ケイタ」という言葉を使ったことである。
貴族達は既に名で呼ぶ関係であると理解するのだ。
そういえば、王国の貴族と聞いているおっさんも「パメラ」という愛称と思われる名で呼んでいるなとその時気付くのである。
既に男女の関係にあると理解したのだ。
「どうかしましたか?ウガル伯爵?」
「ひい」
パメラがしおらしい言葉で後ろにいるセリムに尋ねるのだ。
しかし言葉とは裏腹に、その眼には殺意がこもっているのだ。
その殺意のこもったパメラの瞳と目が合い怯えるセリムだ。
噴き出したセリムに、余計なことは言うなよという話である。
なお、セリムのことを普段は「セリム」と呼ぶパメラだ。
(え?何々?どういうこと?何か騒然としちゃったんだけど。俺、男としていいこと言った気がするのに)
どうやらおっさんだけがこの状況を理解していないのだ。
おっさんはこのような男女関係の機微を捉えるのは得意ではない。
35年間モテなかったのは伊達ではないのだ。
「あ、あの大魔導士様」
「は、はいなんでしょう?ドゴラス内務大臣」
「そ、その、このような話はしたくないのですが、お手を付けたのにそれはあまりにも…」
「ふぁ!」
貴族席からもそうだそうだという声が聞こえる。
おっさんもやっと理解したようだ。
急に劣勢に陥ったおっさんである。
もしも、タブレットを見ることができたなら気付いたかもしれない。
この会議でパメラのパッシブスキルが1つ、レベルが上がっているのだ。
人生が決まる大一番で、交渉Lv1がLv2に上がったパメラである。
このような状況でイリーナは言葉が詰まる。
おっさんとはウガルダンジョン都市にいる10か月間、一緒に寝たのだ。
パメラが入り込む隙など与えた覚えはない。
しかし、その話がどれだけ信じられるか分からない状況だ。
何よりそんな話恥ずかしくてここではできない。
「そうですね。ではこうしませんでしょうか?」
「は、はい…」
「いきなり獣王を生んでくださいといって大魔導士様もためらいがあるかと思います。今回は、婚約関係にあるということでいかがでしょうか?」
「え、えっと」
王妃が譲歩した案をおっさんに示す。
たしかにそれがいいという声が至る所から聞こえてくる。
イリーナに助けを求めるおっさんである。
しかし、イリーナもそれなら仕方ないという表情だ。
軽く頷いて同意しても良いという動作をするのだ。
「え、えっと。では、婚約ということで…」
その言葉と共に一斉に玉座の間に拍手が鳴り響くのだ。
「ドゴラス内務大臣」
「は!」
「王国への知らせも獣王国全土への通達も漏れなくするのですよ」
「は!委細お任せください」
王妃の言葉に答えるドゴラス内務大臣である。
言質を取られたおっさんだ。
おっさんとパメラが婚約関係になった瞬間であったのだ。
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