第59話 上位魔神パルトロン

魔神ヴェルギノスを金色の獣となったパメラと、魔力接続により光り輝くカフヴァンと共に撃破したおっさんである。


死闘の一部始終を見ていた観客から盛大な歓声を受けるおっさんらである。


観客以上に冒険者から大きな歓声を受ける。

おっさんとその仲間達の力は既に武術大会の参加者の力をはるかに凌駕していたのだ。

その違いが分かる数千人の武術大会参加の冒険者から特に盛大な賛辞の言葉を投げかけられるのだ。


そこに現れたのは上位魔神パルトロンであるとカフヴァンが告げるのだ。


闘技台の上空10m程度のところに浮いている。

半裸でゆったりとした白いズボンに足の甲の見えるスリッパのようなものを履いている。

細マッチョの肉体に血の気引いた青白い素肌。

青い瞳にとがった耳に、こめかみの辺りから長い2本の角がくねるように生えているのだ。

美形の20代後半くらいの細身の顔。


鷹の目で、上空で不敵に笑う浮くそれを見つめながら、カフヴァンの言葉を受け思い出すおっさんである。


それは、まだほとんど開拓が進んでいない天空都市イリーナでのことだった。

何気にセリムが聞いたカフヴァンの鎧の騎士となる前の帝国の話だ。

魔神は昔から人類の文明の側にいて、その目的は誰にも分からない。

面白げに、または暇つぶしに国や街を滅ぼすこともあれば、国家の重鎮の側で暗躍していることもあるとのことだ。

そして、帝国建国2000年の歴史の中でも、時代の節目、時代の変わり目に現れてきた魔神である。

最近では100年前に帝国の中で現れだした魔神達だ。


魔神を倒す過程で魔神狩りという肩書を得るに至った生前のカフヴァンである。

セリムから魔力接続により力を解放したとき以上の力で魔神達を狩ってきたのだ。

そして、そんなカフヴァンの戦いを終わらせたものが宙に浮いている。

魔神以上の力を持った存在だ。

上位魔神である。

カフヴァンは生前おもちゃのようになすすべもなくやられたという話であった。

生きたまま鎧のモンスターに変えられ、ウガルダンジョンに封印されたという話を聞かされたのだ。


「それにしても、ヴェルギノスがちゃんと使徒を倒せるか心配だったけど、来てよかったよ。おかげで使徒とその仲間達の力が分かってとても助かったかな」


ご苦労だったねと微笑みながら既に息の絶えた魔神ヴェルギノスを見て語る上位魔神パルトロンである。

そして、おっさんに意識が行くようだ。


「使徒よ。我々はお前達から狩られることで学んだんだよ?君たちは成長するんだよね?だから成長する前に確実に殺すに限るってね。君はここで死ぬといいよ」


おっさんを見下すように見据えた上位魔神はおっさんに死刑宣告をするのだ。

おっさんを確実に殺すため、戦法や実力の調査のために魔人ルーカス達を使った魔神ヴェルギノス。

そんな魔神ヴェルギノスを使っておっさんらの全力を見定めた上位魔神パルトロンである。

この執拗なまでの作戦はおっさんを闘技場におびき寄せるところから始まっていたのだ。


おっさんの中に慢心があったのかもしれない。

初めて転移した場所で出くわしたゴブリンの巣

冒険者になって襲われた3000体を超えるオーガの群れ

初めて潜った350年未踏のダンジョン

ダンジョンの奥にいたダンジョンコアの番人


困難に対して、ずっと結果を出してきたおっさんである。

しかし、上空に浮くそれは慢心以上に理不尽な存在であった。


おっさんに死刑宣告をした上位魔神パルトロンはまっすぐおっさんに襲い掛かる。

ソドンが盾になる暇もなく、拳がおっさんに振るわれる。


「ケ、ケイタ!!」


イリーナの叫びが遠くで聞こえる。

おっさんは殴られ、吹き飛ばされた衝撃で一瞬意識が飛んでしまったようだ。


(クッソいたい。って?ん?何か落ちてきたぞ)


ボチャ


闘技台の端まで吹き飛ばされたおっさんである。

おっさんの前方10mのところに何かが落ちてくる。

真っ黒な布に覆われた何かである。


右腕の方から激痛が走る。

右腕があったところから大量の血が出ててくる。

目の前の何かはどうやらおっさんの右腕のようだ。

殴られた衝撃で、右腕はブラックドラゴンの外皮でできた外套ごと引きちぎれ宙を舞ったようだ。


「ヒールオール」


(や、やばい1撃で3000以上HPが減ってしまった)


かつてないほどの痛みをこらえ、右腕を修復するおっさんである。

回復魔法Lv4は魔力発動加速Lv3の効果もあって0.8秒で発動する。

しかし、欠損した腕を再生させるには時間がかかるのだ。

みちみちと腕が再生していく。


おっさんが殴り飛ばされことで一瞬固まってしまったおっさんの仲間達が上位魔神に向かって動き出すのだ。


真っ先に攻撃したのは金色の獣と化したパメラであった。

魔神を倒しレベルアップをしたため気力も全快である。

30000を超える素早さで一気に迫り、拳が上位魔神パルトロンの顔面に達する。

上位魔神を殴り飛ばすパメラである。


上位魔神は数m飛ばされたところで呟くのだ。


「ほう、大した力だ。私にこれほどの力で殴るとはね。その力は既に魔神に到達しているね、なるほどなるほど。ん?獣神の加護か。君も加護を持つものか」


力11000で殴り飛ばしたが、ほとんど効いていないようだ。

殴られた右頬をさすりながら力の根源を探ろうとしているようだ。


さらに追撃しようとするパメラである。

向かってくるパメラに合わせるように振るわれる凶悪な拳である。

上位魔神は武器を持っていないようだが、そんなことは関係ないようだ。


バウンドしながら吹き飛ばされていくパメラである。

闘技場と観客席に設けられた塀に激突する。

吹き飛ばされた先でビーストモードが解けたようだ。

意識もたった一撃で失ってしまい、そのまま動かなくなる。


「パ、パルメリアートさまああああ!!!」


ソドンが叫びながら上位魔神に突っ込んでいく。

しかし、ソドンより先に先に金色に輝く鎧の騎士カフヴァンの大剣が振るわれる。


渾身の一撃が上位魔神パルトロンに襲うのだ。


「ふむふむ、君は人間に見えないね?なんで人間の味方をしてるんだい?」


カフヴァンの剣に添えるように片手で受け止める上位魔神パルトロンである。

魔力接続Lv1で力を解放したカフヴァンの力はパメラより弱いのだ。

力は10000もない。

そして、それ以上に素早さがないのだ。

容易に攻撃を防ぐ。


『ぐ!』


以前も同じ状況があったのか、カフヴァンは驚くことなく、上位魔神に片手で握りしめられた大剣を振りほどこうとするが力で負けているようだ。

大剣は上位魔神に握られたままびくともしないのだ。


「なるほど、魔神級が2匹もいたか。ヴェルギノスが敗れるわけだね。あれ?君はどこかで見たことあるね?どこだっけ?」


カフヴァンに見覚えがあるようだ。

しかし、そんなことはどうでもいいようだ。

オリハルコンでできた鎧を殴り吹き飛ばす。

遥か彼方に吹き飛ばされる。


その瞬間にソドンを先頭にイリーナとロキが迫るのだ。

2つの大盾を盾にイリーナとロキが迫るのだ。


「雑魚は死ぬといいよ」


上位魔神の手から漆黒の闇が放たれる。

どうやら魔法を使ったようだ。

3人とも同じ方向に吹き飛ばされる。

ソドンのオリハルコンの盾は壁にならないようだ。


鮮血をまき散らして倒れるイリーナである。

おっさんに貰ったネックレスの紐が切れて宝石が闘技台に散らばる。


たった1撃の魔法で3人が瀕死に追いやられたのだ。


少し離れたところでコルネとセリムもいたが、イリーナ達とは反対側に吹き飛ばされる。

おっさんのさらに後方である。

2人は上位魔神と距離があったためか、イリーナ達ほどダメージを受けていない。

意識もあり必死に立ち上がろうとする。


「さてと、借りてきた3匹の魔人をヴェルギノスが使っちゃったからね。替えを持って帰らないとうるさいかな。何匹か持って帰るか」


上位魔神が迫る中、それを遮るものがいる。

鎧の騎士カフヴァンである。

既に体は輝いていない。

そんなことは関係ないのだ。


『主殿!逃げるのだ!時間を稼ぐでござる!!』


セリムから魔力接続で魔力をよこせという暇もないようだ。

そんなことはいいからセリムに逃げよというのだ。

それをあざ笑うかのように、必死の剣激も片手で虫を払うようにいなす上位魔神。


「さっきまでと違ってずいぶん弱くなったね。やはりヴェルギノスをけしかけて正解だったね。ん?あれ?君はバルゼリンじゃないの?なんで君がいるのかな?実験に失敗したからダンジョンに捨てたと思ったんだけど?」


どうやらカフヴァンのことを思い出したようだ。

必死にセリムの撤退の時間を稼ぐカフヴァンである。


「まあ、いいや。君もそろそろ…」


「シャイニングレイ」


おっさんが神聖魔法Lv4を唱えるのだ。

4本の真っ白に輝く光線が上位魔神パルトロンを射抜くのだ。

体から煙が立ち込める。

ダメージを受けたようだ。


「んぐ、これは神聖魔法か。やっかいな能力を持っているね。いけない、いけない遊んでいないで先に殺すか」


カフヴァンをもう一度吹き飛ばし、そのままの勢いでおっさんに迫るのだ。

凶悪な拳がおっさんを襲う。

2撃目の神聖魔法を慌てて発動しようとする。


しかし、圧倒的な速度でやってくるのだ。

神聖魔法Lv4の発動時間8秒はあまりにも遅い。

殴り飛ばされ、吐血し意識がもうろうとするおっさんである。


「ふむふむ、これまでに聞いていたどの使徒よりも君は雑魚だね。うん?やはり検索神の加護があるのか。こんなに雑魚だから勘違いだと思ったけどそうでもないのか。今回はずいぶん早く新たな使徒がやってきたから警戒したんだけど」


必死に立ち上ろうとするおっさんをさらに蹴り上げる。

骨が砕け、内臓が破壊され激痛を覚えるおっさんだ。

闘技台の上をバウンドして吹き飛ばされる。

ここは闘技台の中央のようだ。


もう立つこともできないおっさんが見たのは、瀕死で重傷のイリーナ達であった。

そして、恐怖で震えながらも立ち上がろうとするセリムとコルネである。

逃げてほしいと願うが吐血が邪魔をしてもう声もでない。


(無理だ逃げろ、ヒーリングレイン)


最後に掛けた魔法はイリーナへの回復魔法だ。


おっさんの横にはソドンのハルバートが落ちている。

おもむろに拾う上位魔神パルトロンである。


「君もかわいそうだね。人手不足だからって、こんな失敗作をよこすなんて神々もひどいね。他の使徒と違って、力がないから仲間に頼り、あっちこっち行って知識を食べていたってことかな?」


回復魔法を受けたイリーナ達が見たのはハルバートの狙いを定める上位魔神パルトロン。

闘技台に横たわり意識が朦朧としたおっさんであった。

外套は破けほとんど身に着けていない。

中に着たミスリルの鎧もボロボロで鎧の役割を果たしていない。


「や、やめろおおおおおおおおおおおお!!!」


おっさんの回復魔法で意識を取り戻したイリーナが最悪な結末を目にする。

必死に叫ぶが上位魔神の行動は変わらないようだ。


ガキャッ


上位魔神パルトロンはハルバートをおっさんの背中に突き刺した。

背骨を砕き、心臓を切り裂き、闘技台に達するのだ。

ハルバートを引き抜くと鮮血が刺した場所を中心に円を描いて広がっていく。

全身の血が抜けていくようだ。


「そ、そんな…。ケイタ…」


「ふふ、心配しなくてもすぐに使徒の元に送ってあげるよ」


血まみれのハルバートを持って、おっさんを背にイリーナへ歩みを進める上位魔神パルトロンである。

心臓が破壊され意識が消えかけ、絶命寸前のおっさんである。


上位魔神パルトロンはおっさんが力をはるかに超えた存在であった。


絶望が覆う闘技場の観覧席である。

あまりに悲惨な状況で誰も口に出そうとしないのであった。

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