第55話 魔人

回転するように吹き飛ばされるヴェルムである。

転がりながら受け身を取るようだ。


「なんだ?こんちくしょう」


悪態をつきながら、真っ暗な控室から闘技台に抜ける通路を見る。

腹を抑えているところから、パメラとの闘いから回復しきれていないようだ。

武器も装備していない。

どうやら医務室に運ばれた救護班の回復魔法を貰ったところから、急に吹き飛ばされてきたようだ。

魔道具の灯りが通路上部にいくつも取り付けられているはずであるが、明るさはほとんどない。

何かで埋まった通路である。

魔道具も何かが押しつぶしたようだ。


「ウロオオオオオオ!!!」


暗闇から何かが大きく吠え、無理やり通路から闘技台に向かってやってくるのだ。

武器を持った大型の獣人でも通れるように作られた通路だが、巨体なのかミミズのように這い出てくる。


「キャアアアアアア!!!」

「な!?何だあれは?で、でかいぞ!!」

「化け物だ!化け物が闘技台に出てきたぞ!!」


騒然とする観客席である。

そんな、騒ぎには一切反応を示さず、体のすべてを通路から出し切り立ち上がるのだ。


それは不気味な紫色の肉体であった。

真っ黒な血管が全身を這うように巡っている。

衣服も防具も着ていない肉塊である。

10mはある観客席の最上部に達する身の丈である。


白目のない真っ黒な瞳で、あたりをゆっくり見回し、中央にいるパメラ達に反応をする。

ゆっくり歩みを進める。


紫色の巨体が出てきた通路から2体の何かが出てくる。

同じ紫色の巨体である。

個体差であろうか、少し大きさが違うがそれ以外は同じようである。


3体の紫色の巨体が完全に通路から這い出ると、腕がボコボコと変形を始める。

1体は両手剣と一体となった腕になる。

1体は槍と一体となった腕になる。

1体は剣と盾と一体となった腕になる。

そのまま、3体の何かは闘技台に向かってゆっくり歩みを進める。

あまり俊敏ではないようだ。


そのままゆっくり後退するヴェルムである。

武術大会の会場を守る運営担当者と獣王親衛隊が、紫色の何かが出てきた通用口からでてくる。

闘技台に上がる通用口は普段1つしか使わないが、他にもあるので、他の通用口からワラワラと出てくる。


巨体な何かを取り押さえようとするが、獣王親衛隊が巨体の一振りで数人吹き飛ばされるのだ。

獣王魔法隊は遠距離から火魔法をぶつけるが、ものともしない。

無数の魔法が紫色の何かにぶつかる爆発音とともに、観客席の絶叫が響き渡る。


最初は通用口付近から広がった観客の絶叫である。

総司会ゴスティーニがアナウンスしたおかげで、観客が皆状況を理解したのだ。


「子どもとその母親から通用口から逃げるんだ!」

「男どもは盾となれ!!」

「観客席には上げるな!!!」


徴兵制のある国民皆軍人の国である。

観客席も武器を持ったものも多い。

女子供から狭い通用口から逃がすようだが、観客は全部で10万人もいるのだ。

中々減らない中、成人の男たちが観客席の前の方に歩みを進める。


ここはゴブリンの群れにおびえる貧しい村ではない。

オーガの大群に滅ぼされるかもしれなかったフェステルの街どころではない。

今この闘技場には獣王国と帝国との国境以上の軍事力が結集している。

かつてないほどの戦力が集結しているのだ。


5000人以上が参加した獣王武術大会である。

本戦にいけるのは32人である。

5000人以上の参加者のほとんどは予選で敗退するのだ。

敗退した者はどうするのかといえば、大会が開催されている中で王都を観光するものはほとんどいない。

既に王都を出ていったものはもっといない。


自分を負かした闘士はどこまで勝ち進むのか、優勝者は誰なのか、決勝戦まで観戦する者がほとんどである。

決勝戦まで試合を観戦する闘士がほとんどである。

次回も参加してほしい運営側は、参加者優先席を設けていたりもする。


今ここに武術大会参加者の大半を占めた5000人以上のBランク冒険者達が観客としているのだ。

Aランクとシングルスターの冒険者合わせてなら50人ほどいる。

当然武器も防具も装備した状態だ。


冒険者の街であるウガルダンジョン都市でさえAランクは5人、Bランクでも300人であったのだ。

冒険者全体の1%に満たないAランク冒険者がこれだけいるのである。


1つの軍隊は5000人ほどであるが、冒険者でそれほどの規模であるのだ。

大半が一兵卒の軍と違い、Bランク以上で5000人である。

一兵卒とBランク以上では倍以上の力やレベルの差がある。

冒険者と軍属ではモンスターを狩ってきた数が違うのだ。


Aランク以上の冒険者と連隊長以上の騎士が合わせて50人以上参加した、過去最高の参加者がいる獣王武術大会である。


かつてないほどの獣王国の戦力が闘技場に結集しているのだ。

誰から指示されたわけでもないのに冒険者達が皆で1つの行動をしていく。

武術大会に参加した冒険者達は広がるように観客席の前方を固め、観客を逃がすために盾となっている。


貴族席も慌てず、婦女子を優先させて退席し、男の獣人は残るようである。

ここには獣王もいるのだ。

貴族が獣王を残して、逃げることなどありえないのだ。


獣王国のエリート集団である獣王親衛隊と獣王魔法隊の攻撃が攻撃を続けているがほとんど効かない。

獣王が闘技台にいることもあり、貴族席を守ることなくほとんどが闘技台におりて交戦しているが、ものともせずにゆっくりと闘技台の中央に向かう3体の何かである。


「敵は強いぞ!!」

「ああ、モンスターはAランク以上だ。Aとシングルは下に降りろ!Bは観客を守れ」

「敵を囲むぞ!!」


他国のAランクやシングルスターも協力するようだ。

どんどん下に降りてくる。

50人ほどの冒険者が加勢して闘技場に降りる。

囲むように迅速に動き、3体の巨体な何かに応戦するのだ。


ここに冒険者はいるが、連隊長以上の騎士で武術大会の参加者はいない。

連隊長以上の騎士はハーレン軍、ガルガニ軍、ストレーゼム軍のどれかに配属している。

ガルガニ将軍の命で全てが今王城の占拠に行って、闘技場には不在であるのだ。


Aランク冒険者とシングルスターの冒険者が、獣王親衛隊と協力して、囲い込んで戦う。

冒険者によって、使う武器も違う。

目を合わせながら、短剣やクローなど軽い武器を持つものがかく乱し、敵の注意を集めようとするのだ。


背面後方にいる重量級の獣人達が振りかざす。

武器が輝きだすのだ。

手探りなどしないスキルを使用した渾身の一撃を振るうのである。


「お前らどけ!!ウオオオオハンマアアアア!!!」


雄たけびと共にシングルスターのゲオルガが戦槌を振るう。

背面から巨体の片足を狙ったゲオルガである。

渾身の一撃を受けた巨体の足は少しへこむ程度である。

しかし、攻撃力が全然足りていないのか、そこまでのようだ。

背面から狙った渾身の攻撃も効いていない。


「馬鹿な!ゲオルガの戦槌が効かないぞ!!」

「動きを止めるんだ!」

「ぐおっ!なんて力だ!!」


数にものを言わせて囲んでいるが、歩みは止まらないようだ。

紫色の巨体達が武器と一体となった腕を振るう度に吹き飛ばされていく。


獣王親衛隊同様に傷つきうずくまる冒険者も増えていくのだ。

怪我人を引き下げ、じりじりと後退するその時である。


そのときである。

6本の弓矢が紫色の巨体の両目を射抜いたのだ。

流れるように両目を失っていく紫色の巨体である。

冒険者に光り輝く雨のような回復魔法が降り注ぐ。


おっさんが回復魔法Lv3を掛け、コルネが射抜いたのだ。


しかし、コルネの矢も効果ないようだ。

矢を引き抜く紫色の巨体達。

目がぼこぼこと再生していく。


冒険者が粘ってくれたおかげで、パメラ達の元に駆け付けたおっさんらである。


そこには既に獣王親衛隊の副隊長と獣王魔法隊がやってきており、獣王の護衛と回復をしている。

どうやらけじめがどうとか言っている状況ではないようだ。

おっさんもパメラに回復魔法を掛けるのだ。

パメラは、装備の装着を既に始めている。


「ふう、冒険者では厳しいようですね」


冒険者で倒せるならそれでもいいかなと思ったおっさんである。

重量級のシングルスターがスキル使用しての攻撃に歯が立たないため、死人が出るのも時間の問題の状況であるのだ。

おっさんが定期的に冒険者達に回復範囲魔法を掛けながら、今後どうするか話し合うのだ。


「そうだな。どうするのだ?何かすごいのが出てきたが?」


「そうですね。獣王国では武術大会であんなものを出すなんて催しを最後にやるのでしょうか?」


イリーナの言葉に、獣王親衛隊の副隊長に念のために聞いてみるおっさんである。


「な!?なわけないだろう!!」


(ほう、そういうわけではないと)


催しの可能性もあると思ったおっさんである。


「えっと、では、どうしましょう。冒険者もどうやら苦戦しています、あの3体のモンスターのようなものは私達で対処しましょうか?」


「な!?」


(やはり、失礼であったか。ここは他国だし外交って難しいな。現実世界では震災の救助の応援断る国って結構あるしな)


獣王親衛隊の副隊長は不服なようだ。


「ではこうしましょう。私達であの3体の侵攻をする時間を稼ぎます。獣王様や観客の皆さまを安全な場所まで避難をお願いします」


(言い方を変えただけでやることは同じだけど)


「ぬぅ、わ、分かった。我らの準備が整うまで時間を稼いでいただこう」


ここは獣王国の王都である。

王都のど真ん中で起きたことなのだ。

王都を守る誇りもあるので、できれば獣王親衛隊の方で何とかしたかった副隊長である。

しかし、ここには獣王がいるのだ。

安全な場所まで避難させるのは最優先事項である。

貴族や観客達も避難させたい。


現在王城はガルガニ将軍に占拠されている状況であるのだ。

王都内の軍が機能しない恐れがある。

自分らがしでかした王城の件もあって、討伐を買って出たおっさんであるのだ。


「パメラは装備問題ないですか?」


「問題ない」


「な!?殿下もすぐにこちらへ」


パメラはこのごたごたの間に装備を装着し終わっている。

獣王親衛隊の副隊長はパメラも避難させるようだ。


「………」


パメラは無視をする。

獣王親衛隊の副隊長も押し問答をしている余裕がないようで、獣王を観客席まで避難させるようだ。

獣王も立場があるので残って戦うとは言わないようだ。

獣王がいると戦いづらい獣王親衛隊である。


獣王達がいなくなったので、ここにはおっさん、イリーナ、ロキ、コルネ、セリム、パメラ、ソドンがいる。

従者や騎士は闘技台に降りてこないように言ってある。

ホテルには戻らないとのことだ。

戦闘できない従者だけでも戻ってほしいと思ったおっさんである。


審判らはAランク冒険者なので3体の何かと応戦中である。

Bランク冒険者から武器を借りて応戦している。


そして、


『これからどうするのですか?』


なぜか闘技台から撤退しない総司会ゴスティーニがいる。

闘技台の上から、避難指示や3体の何かについての状況を伝え続けたゴスティーニである。


「それは、これから決めます。できれば、避難お願いします」


『わかりました。魔導士ケイタは、これからあの化け物たちを討伐するようです!!』


少し後方から実況を続け、撤収はしないようである。

本当に避難してほしいと思うおっさんである。

悠長にはできないので、ゴスティーニは忘れて、対応を進める。


「ソドンはちなみにあれが何かわかりますか?獣王国によくいるモンスターですか?もしくは有名なモンスターであったりしますか?」


「見たことないモンスターである。初めて見るのである」


「あれは3体とも間違いなくSランク級のモンスターです」


(何十人のAランクの冒険者がいるのに足止めもできないなんて、余裕でSランクだな)


Aランクモンスターならゲオルガのスキルを食らっているのに無傷では済まないのだ。

ゲオルガなら2~3発のスキルでAランクモンスターを倒せるのだ。


「Sランクモンスターが3体か。どうするんだ?ケイタ」


「そうですね。この状況ならレイド戦をします」


「「「レイド戦?」」」


パメラの言葉におっさんは答えたのだ

おっさんにとってこの光景はどこかで見た光景であったのだ。





・・・・・・・・・


獣王のいた個室にセルネイ宰相だけがいる。


「だ、大丈夫なのですか?このようなことをして」


『問題ない。それとも吾輩のすることに何か不服か?』


「そのようなことは言っていません。しかし、このような」


セルネイ宰相が小声でブツブツ言っている。

周りには誰もいないようだ。


『感謝してほしいものだな。あのまま獣王が負ければ、お前がどのような立場になるか分かっているだろうな?』


「たしかにそうですが、だが、このような…」


『まあ、これまでどおり吾輩に任せておけ。全てはうまくいってきたであろう?』


そこに個室に獣王が獣王親衛隊に連れられてやってくる。

どうやら、このまま獣王は闘技場で経緯を見守るようだ。

独り言を止めるセルネイ宰相である。


試合は終わったが、闘技場での戦いはこれからなのであった。

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