第52話 決勝戦

現在は9時の少し前である。

まもなく獣王武術大会の決勝戦が行われるのだ。


決勝戦は獣王が観戦する中、その御前で行われるのだ。


現実世界と違い、王は新年のあいさつを人前で行ったりしない。

他国の要人と会うことも王は基本的にしない。

簡単に人前に出ないのだ。

なぜなら、人の力は数十倍になる世界だ。

魔法のある世界だ。

科学も発達しておらず護衛にも限界があるのだ。

力と権力が支配する封建的な世界でもある。

王の権力を誇示する意味でも簡単には人前に出ない。


獣王国に大小さまざまな武術大会がある。

獣王が観覧するのは獣王武術大会の決勝戦のみである。

それだけこの試合に価値があるのだ。


満員御礼の観客。

闘技台に上がる2名の闘士に歓声が上がる。

試合を行う前から大盛り上がりだ。

観客席が1つの生き物のように大きく揺れている。


獣王が観客席に設けられた個室に入る。

隣にはセルネイ宰相もいる。

親衛隊長は試合に出場するため、副隊長が2名ほどの親衛隊とともに獣王の護衛をするのだ。

獣王は座る前に、観客を見回すのだ。


「空気が去年と違うな。随分盛り上がっているではないか。セルネイ宰相よ、でかしたぞ!」


「は、皆で盛り上げてまいりました」


獣王が手を振り、観客席に設けられた王座に座る。


「あれがパメラか。何か思っているのと違うのな。冒険者という話であるな?」


「そうです。昨日までと格好が違いますね。決勝戦に向けてずいぶん気合を入れてきたようです」


そして、パメラを見た感想をいうのだ。


パメラは真っ赤な外套を羽織っている。

野性味あふれる冒険者の姿は影も形もない。

外套の下には、貴族でもそうそう装備できないアダマンタイト製の防具を装備している。

ウガルダンジョンでパメラが装備していたものだ。


皆とダンジョンを攻略した装備で今日は戦いたいといったパメラである。

ダンジョンを攻略したときの装備には強い思い入れがあるのだ。


真っ赤な外套を纏い、その下に高価な防具を装備している。

平民にも冒険者にも見えない。

顔には石膏の仮面を被っている。


「赤の外套か…」


「いかがされましたか?」


「いや、なんでもない。金色の獣になったのだな?」


昨日報告を受けたものを改めて聞く獣王である。


「は、そのとおりでございます」


セルネイ宰相は金色の獣になったパメラを観客席から見ているのだ。


「ふむ、セルネイ宰相の言葉を断ったのだな」


「はい。いまだに仮面をつけ無言を貫いており、獣王国には協力する気はないようです」


「ガニメアスめ!これを知っておったのだな。だから貴族席からも距離を置いて席に座っているということか?あくまでもパメラは王国の者であるということか」


「金色の獣は確かに伝承のとおり素晴らしい力でした。いかがされますか?」


「獣人は獣王である余が全て決める。余の言葉を断るならパメラとやらもそれまでよ」


「は、ではそのように」


全ては獣王の思いのままであるようだ。





・・・・・・・・・


「そろそろ始まりますね」


「うむ」


ソドンがおっさんの言葉に返事をするのだ。

皆いつもの席に座ってパメラの勇姿を応援するのである。

ロキも含めて装備も万全である。


タブレットの『時計』機能で時間を確認する。


8:50


まもなく定刻の9時である。


9時になれば、ガルガニ将軍らが1000人の軍勢により王城占拠に向け動き出すのだ。

闘技場では大きな銅鑼を鳴らし、9時の時刻を告げる。

また、王都でも大きな鐘を鳴らし、9時の時刻を同じく告げるのだ。

響き渡る鐘の音が作戦開始の合図である。




闘技台の上で対面するパメラとヴェルムである。


『それでは、獣王陛下の御前による獣王武術大会の決勝戦を行いたいと思います!』


派手な原色の服を着た総司会ゴスティーニが決勝戦の開催を宣言するのだ。

獣王武術大会の7日目の最終日。

今日も満員御礼の中、行われる決勝戦である。


『まずは、ヴェルム闘士です!!獣王国最強と言われ10年が経ちます。ここ10年、大会から身を離していましたが、獣王親衛隊長となって戻ってまいりました。王国最強の槍使いであるロキ闘士、そして帝国からやってきたダブルスターの鬼剣ルーカスを倒し決勝戦に進出しました』


総司会ゴスティーニが片手でマイクを持ち、体全体を使いヴェルムを紹介する。

観客から大きな歓声を受けるヴェルムである。


『皆さま、なんとパメラ闘士は金色の獣でした!誰も倒すことができなかった拳聖を倒し、前回優勝したガルガニ将軍を屠ったエルザを倒しました。その実力はだれも疑うことのできない本物です!!決勝戦でもあの力を使うのか!?皆さんしっかり目に焼き付けてください!!』


パメラにも大きな歓声を送る観客達だ。

それだけの試合をパメラはしてきたのだ。

金色の獣の話は既に武術大会の10万人の観客から王都全体に広がっている。


『ヴェルム闘士、盛り上がってまいりましたね!この10年間、これを待っていたのではないのですか?』


「ああ、早く試合の合図をかけてくれ。我慢できねえぞ」


総司会ゴスティーニの質問に好戦的な回答をするヴェルムである。

狼の獣人は眼が充血し、犬歯をむき出してパメラを見つめるのだ。


『パメラ闘士!これで最後の試合です。何か一言いただけませんか?』


「………」


無言で回答をするパメラである。

決勝戦でもしかしてと思ったが、無理だったと思うであった。


『って?え?』


総司会ゴスティーニが驚く。

パメラがヴェルムの方に歩み寄るのだ。

観客席もざわざわとする。

闘士達による試合前の過度な接近はご法度なので、審判も慌てて近づく。


そんなことを無視して、パメラがあと一歩というところまでヴェルムのところに近づいていく。

頭2つ近い体格差だ。


「あん?なんだよ?早く始めようぜ?」


「おい、ランバルニ平原での戦いにお前はいたか?親衛隊長なのだから当然いたよな?3年ほど前の話だ」


パメラがヴェルムにだけ聞こえるような声で語り掛ける。

低く、怒りのこもった声だ。


「ランバルニ平原だと?3年前?内戦か?」


「ああ、真っ赤な外套を着た女の虎の獣人がいたはずだ。貴様らが虐殺した100人の親衛隊の中にそいつはいたか?とっとと答えろ」


「ああ、あれか?つまんねえ作戦だったぜ。聞いていたのと違って全然少なかったしな」


「そうか、いたのか。ならば容赦をする必要はないな」


そこまでいうと外套を外し、元の位置に戻るようだ。

外套は総司会ゴスティーニに無造作に渡すのだ。


『どういうことでしょう?親衛隊長のヴェルム闘士と何か因縁があるのでしょうか。ただならぬ雰囲気がでております』


その時である。

王都で鐘の音がなったのだ。

闘技台で大きな銅鑼を叩くのだ。

定刻の9時である。

獣王国の未来を変える大きな鐘の音が鳴り響くのだ。


定位置に戻ると審判が始まりの合図を送るのだ。


『はじめ!』


合図ともにお互い、拳を振りかざし殴り掛かりに向かうのだ。

オリハルコンのナックルがものすごい金属音を鳴り響かせるのだ。


蹴りには蹴りで合わせていくパメラである。

闘技台の中央で決勝戦にふさわしい2名の闘士の戦いが繰り広げられるのだ。


いっそう歓声が大きくなる中、タブレットを見ながら試合を観戦するおっさんである。


「何とかいけそうですね。パメラが短時間で飲み込んで助かりました」


「そうなのか?パメラが押されているぞ」


イリーナからはなぜいけそうなのか聞かれるおっさんだ。

パメラは押されているのである。

体格は2回りほどヴェルムの方がでかい。

ステータスもヴェルムの方がパメラより上回っているのである。


力、素早さ、耐久力と試合に必要なステータスの全てがヴェルムのほうがやや高いのだ。


(1年かそこらしか戦いに身を置いていなかったパメラとヴェルムの違いか。ヴェルムはおそらく全体的にパッシブスキルを3以上にしているんだろうな)


パッシブスキルはレベルによって元となるスキルの倍率が違うのだ

レベル1は素のステータスの1.2倍

レベル2は素のステータスの1.5倍

レベル3は素のステータスの2倍

レベル4は素のステータスの3倍

レベル5は素のステータスの4倍


おっさんは、ヴェルムはパッシブスキル全般を3から4まで上げたのだと分析したのだ。

Aランクモンスターを乱獲したパメラはレベルだけならヴェルムより上だ。

しかし、パメラが戦いに身をおいたのはダンジョン攻略と天空都市イリーナの訓練を合わせて1年くらいなのだ。

長く戦いに身を置いてきたヴェルムとの間でパッシブスキルレベルの差が生れてしまった。

ステータスで負けてしまったのだ。


やや劣勢のまま試合は続いていく。

戦闘経験でいうと10倍以上の差があるのである。

パメラはクリティカルなダメージを避けつつ、攻防を続けていくのだ。


やや劣勢が続いたまま30分ほど経過する。


運営担当者たちが、大きな蓋を使い大皿の炎を1つ消すのだ


「30分が過ぎました。そろそろ勝負をつけるはずです」


「本当か?スキルを使っても劣勢は変わらないはずだぞ」


パメラも大皿の1つが消えたことを目の端で確認する。

パメラから蒸気か湯気のようなものが出てくる。

気力を消費し始めたのだ。


「お?おいおい、もっと楽しもうぜ?しゃあねえな」


ヴェルムの体からも蒸気か湯気のようなものが出てくる。

気力には気力で対抗するのだ。


パメラとヴェルムの素早さが一気に上がったのだ。

どうやらお互い、拳技Lv2は素早さを選択しているのだ。


もともと1000前後あった素早さがお互い3倍になったのだ。

常人の数十倍になった速度で闘技台を駆け抜ける2名の闘士である。


狼の獣人ヴェルムはパメラと同じく、力と素早さ両方特化したタイプのようだ。


渾身の拳が空を切るヴェルムである。

パメラの拳を、両拳を使い防御するヴェルムである。


少しずつであるが、パメラが優勢になっていく。

違和感を覚えるヴェルムである。

しかし、今は試合の真っ最中だ。

違和感の答えは出ないまま試合を続けるのだ。


素早さが3倍になったので、素早さの差も3倍になったのだ。

ステータスは優位なはずなのにヴェルムの攻撃がかわされ始めるのだ。


「ぐふっ」


パメラの拳が初めてヴェルムの腹にクリーンヒットする。

吹き飛ばされ嗚咽するヴェルムである。

序盤優位だったのになぜだという顔をするヴェルムだ。


『おおっと!!パメラ闘士の拳がヴェルム闘士を捉えました!!』


試合が動いたので、観客も盛り上がるのだ。



「ヴェルムは冒険者であり、騎士としての無数の戦闘の型のような訓練はしていないようですね。肉体的な優位性でこれまで勝ててきたようです。だから動きに試行錯誤が足りず単調なんです」


「魔導士様…」


コルネも言葉にもならないようだ。

皆もそうである。

獣王国最強の男に対してこんな戦い方があるとは思ってもいなかったようだ。


力が人と数倍から数十倍の差ができる世界で、ステータス差にものを言わせて戦ってきたヴェルムである。

相手が自分の半分以下のステータスしかなかったから、今まで勝ててきたのだろう。

おっさんは、ヴェルムがロキやルーカスとの試合からヴェルムの動きを分析してきたのだ。

どのタイミングで攻撃するのか。

右手を使うのか。

左手を使うのか。

右足を使うのか。

左足を使うのか。

頭を狙うのか。

腹を狙うのか。

足を狙うのか。

どのタイミングで下がるのか。

防御はどの手足を使うのか。


おっさんは見ている光景を文章にすることができる。

タブレットの『メモ』機能である。

タブレットを見ながら、鷹の目も駆使して全ての動きをメモ機能に落とし込んできたのだ。

1戦あたり何十万字もの文字数になる。

そこから検索機能を使い、ヴェルムの動きのパターンを抽出し分析したのだ。


「ヴェルムの動きは9割以上の確率でなら100通りもありません。パメラにはそれを全て暗記させました。負けるはずがないでしょう」


おっさんはゲーム脳を持っている。

どんな方法を使ってもルールさえ守れば勝てばよいと思っている。

ヴェルムに対して攻略法を作ったおっさんである。


夜遅くまでかけて作ったタブレットの『ヴェルム攻略メモ』。

朝からパメラが1時間もかけずに暗記して見せたのだ。

自ら頭が良いと言えるだけのことはあるのだ。


パメラは試合開始30分かけて暗記した動きが正しいか確認したようだ。

そして、納得いっての気力解放だ。


「どうした?待っているのだ。そろそろかかってこないのか?」


「あん?」


挑発するパメラ。

腹を抑えるヴェルムである。


「余はずる賢いこの頭を憎んできたが、ケイタはそれすら受け入れてくれるのだな」


「何言ってんだ?ちくしょうめ」


腹をさすりながらも立ち上がるヴェルムである。


パメラの拳が輝きだす。


『おおっとパメラ闘士の拳が輝きだしました。勝負を決めようとしているのか!!』


総司会ゴスティーニも声を荒げ、実況する。


腹をさすることを止めたヴェルムである。

ヴェルムの拳も輝きだす。


ヴェルムが吹き飛ばされたため、2名の闘士の間は十分な距離だ。

一気に駆け出す2名の闘士である。


「オーラナックル!!!」


「ヘルハウンズ!!!」


一瞬早くヴェルムの拳がパメラに達する。

素早さはヴェルムの方があるからだ。

しかし、攻撃をする前からかわし始めていたパメラである。

空を切るヴェルムの拳である。


「ぐはっ」


パメラのオリハルコンで覆われた拳がヴェルムの腹に決まる。

防具を砕き、吹き飛ばされるヴェルムである。

10m以上吹き飛ばされたようだ。


吹き飛ばされ倒れたヴェルムである。

追撃することなく様子を見るパメラである。


意識はあるようだ。

口から大量の血を吐きだしながら、必死に立ち上がるヴェルムである。

立ち上がったヴェルムである。

そして、再度倒れたのだ。


審判たちがヴェルムに集まってくる。

何か語り掛けている。


主審が総司会ゴスティーニの元にやってくる。

何かを告げるようだ。


『審判の判断によりヴェルム闘士はこれ以上の試合は危険と判断しました。よって、獣王武術大会の勝者はパメラ闘士です。獣王国、いや世界最強の闘士はパメラ闘士に決まりました!!皆さん拍手を!!!』


審判がパメラの片手を掲げ勝利を宣言するのだ。

観客の皆が立ち上がり拍手を送る。

ヴェルムは命にかかわるのか救護班が急いで運んでいく。


歓声の中、総司会ゴスティーニがパメラに近づいていく。


『優勝おめでとうございます。観客もこの状況です。ぜひ、一言お願いします』


最後なので一言お願いしますという総司会ゴスティーニである。


「そうだったな」


パメラがこの時初めて言葉を発する。

この声も闘技場全体に広がるのだ。

パメラがマイクをよこせと総司会ゴスティーニに手を差し出す。


『パ、パメラ闘士がとうとう言葉を発してくれます』


そう言ってマイクをパメラに渡す総司会ゴスティーニである。

マイクを貰うパメラである。

ずっと黙ってきたパメラが言葉を発するのだ。

今まで一言も観客席まで届かなかった言葉を聞こうと静まり返る。


一声の歓声から静まり返る観客席である。

息を飲むようにパメラを見るのだ。


獣王もセルネイ宰相も何を言うんだという顔をしている。

闘技場の全ての注目を集めたパメラである。


パメラはマイクを持つと、ずっとつけてきた仮面を外したのだ。

真っ白な石膏でできた仮面は死闘の中で随分汚れ傷んでしまったようだ。


『へ?そのお顔は』


総司会ゴスティーニは誰なのか分かったようだ。

王城で普段仕事をしている子爵である。

当然王子や王女の顔は何度も見たことあるのだ。


強く仮面を握りしめるパメラである。

そして、仮面を全力で獣王に投げたのである。

仮面は弧を描くことはなくまっすぐ獣王の元に届くのだ。


「「な!?」」


セルネイ宰相も親衛隊の副隊長も驚愕するのだ。

獣王は仮面を容易に受け止める。

そして、めきめきと握りつぶす。


「ほう」


獣王の余裕のある言葉とは裏腹に騒然とする観客席である。


そんな中パメラは言葉を発するのだ。



『余の名はパルメリアート=ヴァン=ガルシオ!!ライオルガ獣王陛下の第一王女である!!!』



さらに騒然とする観客席である。

パメラがけじめをつける時が来たのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る