第51話 決勝戦前夜

セルネイ宰相の言葉を断ったおっさんである。

セルネイ宰相と会っている暇などないのだ。


獣王親衛隊が引き下がったあと、ヴェルムとルーカスの試合があったのだ。

勝利したのは大方の予想通りヴェルムであった。

さすが獣王国最強の男である。


しかし、かなりの死闘であったのだ。

剣鬼ルーカスとの鬼気迫る攻防であったのだ。

ヴェルムはスキル2つ使用し、なんとか勝利したのだ。

ステータスの相性が良かったともいえる。


両者傷だらけのボロボロである。

両者ともに血だらけになって医務室に運ばれたのだ

ソドンの話では獣王国が威信をかけて、明日は完治した万全の状態でヴェルムがやってくるだろうという話だ。

獣王の最側近の親衛隊長であるのだ。


相変わらず、本戦が終わったあとの演出は見ることはできないのだ。

獣王国演劇隊による劇を闘技場でやったとのことである。

明日は獣王の御前による決勝戦であるのだ。

エルザとの試合で傷んだ防具は修理に出していない。

決勝戦は、変装は不要だから、皆で攻略したウガルダンジョンの装備をしたいと言われたのだ。

パメラが買いたいものがあるというので防具屋で、外套だけ買いに行くのである。


これからホテルに戻って、明日に向かって作戦会議である。

ホテルの会議室を借りての作戦会議だ。

王国からやってきた近衛騎士が進んで会議室の扉の外で見張りを今日もかってくれる。


「やはり、決勝戦では固有スキルはなしでヴェルムを倒さないといけないであるか?」


「はい、あれを使うと気力が空になりますので」


(そのためにヴェルムについては念入りに情報収集したしな)


【ブログネタメモ帳】

・本戦4回戦 ~戦血のエルザと獣王国最強の男~


ヴェルムの使用したスキルを元にどう戦うのか議論を進めるのだ。

戦闘スタイル、ステータスの特徴や、ヴェルムのスキルの対処法だ。

今日の試合や、ロキとの対戦を見る限り、固有スキル『ビーストモード』を使えば、ヴェルムには確実に勝てそうである。

しかし、その後獣王とのけじめが控えているので気力は残したほうがいいのではという意見だ。


基本的におっさんが、対処法を説明するのだが、イリーナ、コルネ、セルムらもずっと話を聞くのである。


「………なあ」


仮面を外したパメラがポツリと呟くのだ。


「なんでしょう?パメラ」


「やはり、皆には今日にでも王都から」


「やめましょう。最後まで皆でと話をしたではないですか」


「しかし、また余は大切なものを失うかもしれぬ。それは…」


「仲間なんだから最後まで一緒にやり遂げましょう」


(ふむ、そういえばダンジョンの番人戦前夜もこんな感じになったな)


皆頷くのだ。

今回の件は確かにパメラの強い思いで始まったことであるが、皆それは受け入れているのだ。

涙がこぼれるパメラである。


「…少し話を聞いてくれるか?」


「もちろんです」


悲惨な内乱の始まりからウガルダンジョン都市にいくまでの経緯について涙ながらに語りだすパメラである。

どうしても、明日の決勝戦になるまでに話しておきたかったようだ。


学と口ばかりの自分はずっと力強い兄を尊敬していたこと。

獣王になど興味がなかったこと。

先獣王に指名され自分が王国との会議に参加したため、兄が王都を占拠し内乱を起こしたこと。

兄を担ぎ上げたのは純血派であること。

内乱の終盤に3大将軍が自分の味方になってくれたこと。

内乱は2年も続いたことを悲しみ母は自害したこと。

しかし、3大将軍が味方になったことを機に、兄が策謀に走ったこと。

自分を守る親衛隊達も自分を逃がすために、数千の敵軍を相手に玉砕したこと。

従妹は自分の替え玉となって死んだこと。

なんとか親衛隊が身代わりになったおかげで逃げ切り、王国を目指したこと。

残党狩りに追われその度に残った親衛隊が身代わりになったこと。

1人また1人と親衛隊はいなくなり最後にはパメラとソドンだけになったこと。


内乱など起さず、自分が獣王国から逃げてどこかに行けばと思うが、立場がそれを許さなかったこと。


「さ、3万人も内乱で死んだのだ。何の大義もなく、兄妹の喧嘩のためにだ。余はその者たちの魂に報いねばならぬ」


パメラは、王位争奪の抗争を大義はないと言っている。

ソドンが黙って聞いている。

普段であるなら、王族であるならと窘めることもあるだろう。

ずっとパメラの側にいたソドンだ。

パメラの思いはよく分かっているのだ。

今はおっさんや皆の影響で随分うなされることは少なくなった

王国に逃げていた時、奴隷商の檻に入れられていた時、パメラがずっと悪夢にうなされてきたことも知っているのだ。


「まさに光であったのだ」


「ん?ソドン何か言いいましたか?」


「何でもないのである」


おっさんが、奴隷商にやってきたことを思い出して呟くソドンである。

今思えば、パメラを照らしてくれる希望の光であったのだ。


「でもさすが、ケイタだな。無理のない作戦だな。これならいけそうだぞ」


「はい、素晴らしい作戦です!さすが魔導士様です!」


イリーナとコルネがおっさんに絶賛する。


「いやいや、こんなの普通です。というかそんなに褒められた作戦ではないですよ」


(特に何かするわけでもないし。パメラが王位を取りたいならまた話が変わってくるけどけじめをつけたいだけだしな)


おっさんとしては、特に奇をてらった作戦ではないようだ。



それから議論を進めていくのだ。

時間が過ぎていく。


「おーい、買ってきたぞ~。1つの店にないからよ~王都の市場を駆けずり回ったぞ!」


ブレインが不平不満の声を上げながらホテルの会議室にやってくる。

いくつかの麻袋に分けたメルトスの実を従者とともに会議室に運び入れる。

どうやら王都を駆けずり回って1000個のメルトスの実を準備してくれたようだ。


「ブレインさんありがとうございます」


「まあいいぜ、それで、ん?お!パメラかわいいじゃん!なんで仮面付けてんだよ。勿体ないぜ」


仮面をつけていないパメラに反応するブレインである。

パメラが軽く反応する。

特に何も言わないようだ。


「これからの話をする前に今回のことはどうしても秘密厳守でお願いします。協力しなくても誰かに話さないでください」


これからの話は冒険者への依頼ではないのだ。

ブレインが好奇心で中に入ってきただけである。

依頼料も発生しない。

参加しなくても、誰にも言わないでねというおっさんである。


「おう、いいぜ」


「明日、獣王をぼっこぼこにぶん殴る予定です。その後の、もしくは失敗したときの逃走経路について協力してほしいです。王都の下道や、王都の街道以外の細道にも詳しいようですので」


「ふぁ!?う、嘘だろ?」


おっさんのいい方はあれだが、皆真面目な顔である。

本気でそうするということが分かるのだ。


「今ここで抜けても問題ありません。獣王国での冒険者の活動が難しくなるかもしれませんので。逃走経路についても、予備的な位置づけですので」


「いや最後まで参加するぞ。獣王はどうかと思っていたところだ」


少し間を開けての返事になったが、ニヤリと笑いブレインが快諾するのだ。


「ホテルの受付からガルガニ伯爵がお見えになったとのことです」


ブレインが承諾したところで、ガルガニ将軍がやってくる。

定刻通りの18時だ。

ホテルの者に部屋に通すように伝えるおっさんである。


会議室に入ってくる犀の獣人ガルガニ将軍である。

さすがに1人でこいとは言えなかったので、2人ほど配下を連れてきている。

酒盛りをする予定であったので、大きな酒樽を配下が持ってきている。


(この人数にしては樽が大きいな。獣人にとってはレギュラーサイズか?)


「そ、ソドン親衛隊長ではないか。無事であったのだな!!」


部屋に入るなり、図体のでかいソドンに気付いたガルガニ将軍である。

ソドンは闘技場と違い世紀末のような変装はしていない。

すぐに気づいたようだ。


「うむ、なんとかな。ケイタ殿が逃げた先で救ってくれたのだ」


パメラがいるので、奴隷商に捕まっていたとは言わないソドンである。

何事だという顔をするブレインである。


「なんだよ?知り合いかよ?ん?ソドン?」


ブレインが何かに引っかかったようだ。

どこかでソドンという王都で有名な名前があったような気がしたのだ。


抱擁をする犀と牛の獣人である。

抱擁越しに、ガルガニ将軍がパメラと目があう。

会議室にずっといたのだが、パメラにようやく気付いたようだ。


「ガルガニよ、急に呼び出してすまなかったな。元気にしていたか?」


固まるガルガニ将軍である。


「い、生きておられたのですね?」


ソドンが無事だったので、もしかしてと思ったガルガニ将軍である。


「ん?何だよパメラも将軍と知り合いか?って、え?」


1人だけ話について行けないブレイン。

パメラの前に跪き、臣下の礼を取るガルガニ将軍である。

配下の2名もガルガニ将軍の後ろで跪くのだ。


「よくぞご無事で。パルメリアート殿下。申し訳ありません、あんな少ない人数で王都にいかせたばかりに、このようなことに。本当に申し訳ありません」


跪いたまま嗚咽し、号泣するガルガニ将軍である。

配下も号泣している。


「良いのだ。ケイタ殿に救われたのだ。お主と同じようにな。すまぬが、協力をしてほしくて呼んだが、話だけでも聞いてくれぬか?」


「もちろんです!パルメリアート殿下!!」


ちょっと声が大きいよと思うおっさんである。

パメラに窘められて謝るガルガニ将軍である。


「殿下?内乱で追いやられた妹ってことか、そうか」


何となく全容が分かったブレインである。

自分が獣王国にとってとても大きな岐路に立っていることを知るのだ。


「では皆さん夜分に申し訳ありません。これから明日について話をしたいと思います」


夕方が終わり夜になろうとしている時間帯である。

昨日今日で話を固めたことについて、ガルガニ将軍とブレインにするおっさんである。


難しい顔をするガルガニ将軍である。


「なるほど、我が軍隊、ハーレン軍、ストレーゼム軍の3軍を使い王城を占拠するのだな」


「占拠といいますか、まあパメラがけじめをつけている間、騒ぎにならないようにしてほしいだけです。あくまでも一時的な物です」


パメラが獣王をボコっている間に王城からわらわらと獣王親衛隊がやってきたら困るのだ。

獣王とけじめができ、邪魔されない環境を作るための作戦である。


当然、王城にだけ兵や騎士がいるわけではない。

ソドンの話では騎士だけで、王都には1万近くがいるとのことである。


王都だけでなく、王都周辺も守らないといけないのでそれだけの数になるとのことだ。


そんな彼らに指示をするのも王城の騎士達である。

王城を一時的にも制圧し、そういった1万の軍が動かないようにしてほしいというおっさんである。


今現在、ガルガニ将軍は400名ほどの配下と共に王都にやってきている。

シュクレイナー=ハーレンが率いるハーレン軍が300人。

ブライ=ヴァン=ラングロッサが率いるストレーゼム軍が300人。

合わせて1000人いるのだ。


将軍、師団長、連隊長が1人で王都にやってくるわけではない。

軍の幹部であるのだ。

護衛であったり、お世話役であったりする。

しかし、それだけではないのだ。

毎年のようにやってくる帝国との戦争で戦果を上げた者が選ばれて王都にやってくるのだ。


その年の優績者であるのだ。

敵将の首を取ったもの。

戦略を練り、敵部隊を殲滅できたもの。

敵の暗号や作戦をいち早く収集したもの。

年間を通して物資の補給を完遂したもの。


そういったものにねぎらいの意味も含めて王都に呼ぶのだ。

1000人規模の王都への慰安旅行のようなものなのだ。


毎年戦争をしている国で功績を上げたものを王都は何をするかというと、当然歓迎をするのだ。

武術大会の間、王城の広間を使い獣王国のために功績を上げた者をうまい酒に豪華な料理を出しねぎらう。

まさに国のために多大な功績を上げた英雄として扱うのだ。


「これはもう少し早く聞きたかったぞ。昨日とか難しかったのか?今日も王城で歓待を受けていてとても明日使い物になるかどうか分からぬぞ」


ガルガニ将軍が難しい顔の理由を話し出すのだ。

今頃ベロベロに酔っぱらった1000人であるのだ。


「あん?それでメルトスの実1000個用意したのか?」


「そうです」


「メルトスの実1000個?」


ガルガニ将軍に酔い止め効果のあるメルトスの実を渡す。

胡桃ほどの大きさで食べれば2時間で酔いが完全になくなる冒険者や軍隊の必需品である。


「獣王親衛隊も接待をするため、一緒にお酒を飲んでいるみたいですね。帰っても直ぐに皆を集める必要はありません。それだと不自然になりますので、深夜になって宴会が終わったあとでもいいでしょう」


ガルガニ将軍が麻袋を抱えながら話を聞くのだ。

王城にいる獣王親衛隊は連日の接待で、少なくとも明日の午前中は二日酔で使い物にならないのだ。

まともに行動ができるのは武術大会の方の担当をしている獣王親衛隊である。

獣王親衛隊のほんの一部だ。


なぜ、武術大会に参加する軍の幹部に詳しいかソドンに聞いたおっさんである。

ソドンからは親衛隊長時代に獣王武術大会のつらかった話として聞いていたのだ。

ガルガニ将軍ら軍の幹部から武勇伝をお互いベロベロの状態で夕方から深夜遅くまで聞いてきたというのだ。

それが10日近くにわたるのだ。

朝になると一晩中接待をした獣王親衛隊の2日酔いの死体が広間に広がるのだ。


「なるほど、いやそうか本物なのだな」


ガルガニ将軍が何かに納得をしたようだ。

国が英雄を祭ることはよくあることだ。

ちょっとの成果でも王の威信のために祭り上げるのだ。


しかし、目の前の漆黒の目と髪の男は本物だと思うのだ。

演出で見せたあの魔力である。

おっさんが前面に出ることもできたのだ。

この作戦に王国はほとんど関係ないのだ。

獣人の尊厳を守るために裏方に徹してくれたのだ。


「?」


おっさんが何かという顔をする。


「いや、こっちの話だ。うまい酒を持ってきたが、これが終わったら一緒に飲んでくれるか?」


「まあ、そうですね。せっかく持ってきていただいたので、前祝に一杯皆で飲みましょうか」


皆頷くのだ。

明日の成功を祝して皆で一杯のお酒を飲んだおっさんだ。

異世界に来て初めてのお酒であったのだ。


武術大会の6日目がようやく終わったのである。

明日は獣王御前による武術大会の決勝戦だ。




・・・・・・・・・


ここは、深夜の武術会場だ。

観客席もいなくなった闘技場の一室に寝かされた闘士が1人いる。


「手ひどくやられたな」


寝かされた闘士の前に立つ不穏な存在が1人、簡易なベッドの前に立っている。

紫色の巨躯な肉体。

太い手が左右に2本ずつ胴体から生えている。

全身に浅黒い血管が浮き出ており、魔道具で照らされた薄明かりで不気味さを演出している。

寝かされた闘士は返事をしない。

反応も示さず、空を見つめている。


「その辺の獣人ごときにやられおって。結局3人ともやられてしまったな。少々与えた魔力は足りなかったか?」


「ぐるるるる」


「ふむ、お前もこれを食らうがよい。我が魔力の一部だ、これでお前は吾輩の眷属よ」


口元に躍動する肉の塊を与える紫色の巨躯な肉体である。

うごめきながら口元から体に入っていく。


「よしよし。明日は働いてもらうぞ、魔人ルーカスよ」


そこまで言うと、そこには簡易なベッドに寝かされた闘士が1人いるだけである。

明日何が起きるのか、まだ誰も知らないのだ。

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