第7話 途絶(2)
長かったとは思わない。一瞬だったとも思わない。
何かを考えていた気もするし、ここに書いた以上のことは何も考えていなかった気もする。
自分の部屋、だったものの情景が、いつの間にか視野に取り戻されていた。
46億年前と、あるいは13秒前と、記憶がきれいに接続される。僕の精神は、僕の肉体を再認識することに成功した。
僕はベッドに座っている。以前とまったく同じ姿勢で。ルララ子の姿だけがきれいに消去されていた。
ふいに、ベランダから物音がした。
驚いて目をやると、見知らぬ男が窓を開けて部屋に侵入してくるところだった。といっても、緊迫感はない。僕の感情の動きは緩慢だ。寝ぼけている状態に近い。
男は30歳前後だろうか。背が高く、痩せていて、少し疲れて見える。でも、元・歌のお兄さん、みたいな爽やかな印象も併せ持っている。
「
男はずかずかと近づいてきて、僕の正面に立つ。
「俺はカジヤマと言います。カジヤマ・アキヒコ」カジヤマと名乗った男は僕の左肩を、ぽん、と叩いた。「立てる?」
「はい」
カジヤマに手を引かれるようにして僕はベッドから立ち上がる。
カジヤマの手は温かい。現実。という感じがした。
「どこも違和感ない?」
「とくに……」
「まあ、とりあえずついて来てよ。きみを混乱させないために、なんとかこの部屋だけを一時的に復元させているような具合だからさ。いろいろ聞きたいこともあると思うけど、あまり時間がない。俺はきみの敵じゃないってことだけは言っておくよ」
「はい」
僕は素直に従う。
何もかもがぼんやりしている。
けれど、一度世界が【途絶】したのだということは、なんとなくわかってしまった。
それがどういう意味なのかは、まるでわからないけれど。
カジヤマさんは僕の手を優しく取ったまま、もう片方の手は僕の背中にそっと当てた。そのままベランダにいざなわれる。どことなく介護っぽい所作だ。
ベランダも記憶の通りだった。
でも4階から一望できるはずのみすぼらしい街並みは、すべて消去されている。暗い、というより、黒い、と感じる。おそらく、もうその部分は削除されてしまって、〈無い〉んだと思う。
ベランダのすぐ前にはクルマが横付けされている。黄色いフォルクスワーゲン・ビートルだ。
4階なのに。何でもありか?
僕は少し笑った。46億年ぶりに。あるいは13秒ぶりに。
小さな機械音とともに、運転席のウィンドウが開いた。
ドライバーは20代半ばの女性に見える。肩に届きそうなストレートボブで、シンプルな白いブラウスを着ていた。
「乗って」と女性が言う。
「じゃあ、三重野くんは助手席に」
カジヤマさんに言われるまま助手席に乗り込む。車内にはかすかな煙草と香水の匂いが漂っていた。僕は自分がだんだん人間に戻っていくような感覚を味わっている。
カジヤマさんが後部座席に乗り込んでドアを閉めた。知らない人とクルマに乗るときに特有の、車内がひとつの世界として独立したような感覚があった。
「出すよ」女性が短く告げる。
一瞬、軽く車体が沈み込むような挙動があって、
加速。
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