幼なじみの親友のブラコン妹を幸せにしたい

抹茶風味

第1話 木陰にさす光

陽向のやわらかい匂いが鼻腔をくすぐる。暖かい風が肌を撫でる感触にふわ~っとあくびを漏らす。

世界に優しく抱き留められているかのような感覚に、俺はしばし最近の悩みも忘れて穏やかな気分に浸っていた。

教室の喧騒も嫌いではないが、仲間内で常に暇つぶしのタネを探し続けるのもなかなか大変だ。

なので月に1,2回程度は昼休みにこうして教室を離れ、校舎裏の木の下などに避難するのが高校に入ってからの俺、日渡ひわた陽介ようすけの日常だった。


サワサワと風が木の葉を撫でる音にサクサクという軽い足音が混じる。

この場所を見つけてから何回か使っているけども昼寝の最中にだれかが訪れるのは初めてだった。



それまで木々を透して差し込んできた陽の光が遮られ、それと同時に鼻腔を通して入り込む嗅ぎなれた柑橘系の匂いが胸の鼓動を加速させ、続いて耳から入り込んできた天使のような声が脳を震わせる。

「せんぱーい。こんなところにいたんですか?探すの大変だったんですけど~。」


不満そうに唇を尖らせている様子が目に浮かぶようだがあまり相手をする気分ではなかった。独りになりたくてここにきたのもあるし、昼休みはおそらく後半分ほど残っている。

午後の授業に向けて英気を養うこの時間を彼女であっても邪魔してほしくはなかった。


そもそもどうやってこの場所を見つけたのだろうか?

彼女はもちろん、その兄である友人の勇梨ゆうりにも教えていないのだが。



「先輩ってば!ゼッタイ起きてるでしょ!ホントもうっ。

―あんまりいじわるするとイタズラいちゃいますよぅ。」


近づいてくる気配にチラっと片目を空けて確認すると小さいころと変わらない楽しそうにニヤニヤする美千歌みちかの顔が映った。


ため息をゆっくりと吐き出し、観念した俺はできるだけぶっきらぼうに対応することにした。


「それで?なんの用だよ、チカ。」

「あ、やっぱり起きてたんじゃないですかー。最初から意地悪しないで返事してくださいよぅ~。」

キャンキャンと子犬のごとくまくしたてる様子に内心耳をふさぐ。にぎやかなやつ。


「っていうかいつまで目をつぶってるんですか!返事したなら起きてくださいよぉ。早く早くぅ。」

プンスカと擬音がつきそうな声音にやれやれと体を起こす。


木々を透して降り注ぐ太陽光が彼女の髪を透かす。白い肌に薄い髪色の外観と相まって、妖精みたいだと不覚にも思ってしまったのが腹立たしい。


「やっと起きましたね。それにしてもこんなところで何してたんですか?だいぶ探すのに苦労したんですけど。」

「昼寝だよ、昼寝。ここは去年見つけて独りになりたいときに偶に来るんだ。いいところだろ?」


キョロキョロ見回したあとに、美千歌がニパっと笑う。

「そうだね!あたしもここ使っていいですか?」


問われた時の自分の顔が嫌そうになったのか、悲しそうになったのか自分では判断できなかった。

「…話聞いてた?ここは俺が独りになりたいときに来るとこなんだけど。おひとり様用!」


えぇーっと不満そうにぶぅたれる顔に先ほどの笑顔に隠された陰りが感じられなくなってちょっとホッとする。

もっとこいつが素直に笑えるようになればいいのに。


「ずるいですう~。せんぱい横暴ですよぉ。かわいい後輩がたのんでるのにぃ。」

「ウザッ。いつからウザキャラになったんだ、おまえは。―ってか呼び方。」


本気でわからなそうに小首をかしげているので小突きたくなるのを全力で我慢する。

いくらウザくてもこいつは年下!女の子!


「先輩なんて他人行儀に呼ばれるとムズムズする。いつも通りでいいよ。チカ。」

目の前のかわい子ぶってる後輩は小高こだか美千歌みちか、一つ下の高1。

ご近所さんで小学校からの幼なじみであり、親友の妹でもある。


美千歌は目をまんまるに見開いた後、ニマーっと大きく唇をつりあげた。

「あれ~、あれあれ~。校内では恥ずかしいからあだなで呼ぶなって言ったのはだれだったかなぁ~?あ・た・しと、距離を感じて寂しくなっちゃったのかなぁ~。しょうがないなあ~。よ・う・ちゃん♪」


驚きのウザさに口をパクパクさせているとさらにニヤニヤしたチカが腕を絡めてきた。

屋外で冷えた体に小さな体の高い体温が染みる。

腕の中から香る柑橘系の刺激に、数瞬失っていた意識を取り戻す。

取り繕おうとするも、動揺を隠すことはできなかった。


「お、お、お前調子に乗りすぎ!寂しくないからべつに。ただ、2人しかいないんだから遠慮することはないって、ただそれだけだから!」

ハイハイわかってますよと言いたげな温かい瞳が俺を突き刺す。やめろ、その上目遣いは俺に効く。


「まあ、あたしはけっこう寂しかったよ。陽介くん高校入ってからあんまり遊んでくれなくなったし、せっかく同じ高校入ったのにあんま話しかけんなとか言うしぃ。」

声に寂しさが混ざったのを感じて左腕を背中に回して軽くポンポン叩くと右腕にキュっと感触が返ってきた。

素直じゃないけど、昔からけっこう寂しがり屋なのだ。俺と美千歌の兄、勇梨ゆうりが遊んでいるといつも決まって少し離れたところから眺めていたのを思い出す。

たいてい優太が気づいて誘うと、パァっとうれしそうにしていそいそと近寄って来るのだった。


「悪かったよ。でも、お前許したら休み時間全部遊びに来るだろうが。まずはクラスで友達作ってそっちで遊んで欲しかったんだ。」


返事がないことを訝しんでいると腕を通して振動が伝わってきた。

コイツ、笑ってやがる。



「いやー、お父さんかよ。ようちゃんのくせに~。ぷぷっ。」



ぷーくすくすと笑い続ける美千歌を無言で引きはがす。

コイツ、笑いすぎて涙がにじんでやがる。


「あーおかし。そんなに心配しなくてもあたしだって友達くらいできたよぉ。

そのうえでようちゃんたちと遊ぶ時間作ってるから変に気を遣わないで欲しいなぁ。」


少し陰がさしたその顔を見ていると俺の視線は自然と下がってしまう。

これだから距離をとろうと思ったこともあったけど、目が離せないのだ。


「わかったよ。これからはたまになら相手してや・・・、なに、その手?」

ん、と両手を伸ばして顎を突き出す様子に困惑が隠せない。

「お詫びにもうちょっとぎゅってして。昔みたいに。・・・だめ?」


その上目づかいで小首をかしげる仕草に勝てなくなったのはいつからだろうか。

―コイツの涙には昔から勝てないし、今更か。

少し乱暴に抱き寄せ、ちょっと強めに抱きしめる。

彼女の抱える渇望が少しでも埋まればいいと願いながら。



「今日だけだからな。」

その形の良い耳たぶに向かってささやくと胸の中でくぐもった声で笑う。


「また、寂しくなったら頼むかも。―こんなこと、ようちゃんにしか頼めないし。」

体を通して伝わったその小さな呟きを俺は聞こえなかったことにした。

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