短編 怖グロまとめ

めがねのひと

相互関係。

「いやぁ…実は俺って不死身なんですよね」


 西日差す放課後の教室に響いた突拍子もない言葉。

 どうしようもないくらいの冗談に大きなため息をつきたい気持ちをどうにか抑える。が、どうしても息が漏れてしまい声にも満たない音が出た。


「…そっすか」


 センスの欠けらも無い私はなんとか先輩について行こうと言葉を捻り出す。

 しかし返答はない。

 ついて行こうとしてもマッハレベルでいつもおかしい先輩に丸腰な私なんかがついていけるはずもない。そう思い直して本の隙間から先輩の顔を覗く。彼の視界は本の文面が独占中であることに気がつく。


「なんだ、本の一文ですか」


 常日頃から音読癖のあることを忘れていた。

 そうだそうだ。そもそもこの人が後輩である私に敬語なんて使うはずがない。寝言に返事をしてしまったような気まずさに苛まれる。どうにかして集中を取り戻そうと自らも本に目を落とすが、少しばかりよそ見をしたのがいけなかったのか。どこをどう読んでいたのかすっかり忘れてしまった。せっかく面白い所…だったはずなのに。

 文句のひとつでも言ってやろう、そう息を吸い込んだ時だった


「実は痛みも感じないんだよね」


 今度は普段の口調で、先輩は再び冗談を吐いた。

 吸い込んだ息が行き場を失ってむせ返る。

 それにしてもまだ続けるということは、ツッコミでは物足りなかったって所だろうか。

 じゃあ次はどうしてやろう。

 …そうだ。


「じゃあ、頂いても?」


 なんと不毛な会話だろうと自分でも思う。

 放課後の教室、世間話をするかのように不死身を謳う男とまるで大袋の菓子をひとつもらうかのようにそれを欲する女。どう考えたってどちらも年齢特有の病気にかかっているようにしか思えない。


「いいよ」


 しかし私の言葉に表情ひとつ変えずに先輩は右手人差し指を差し出す。

 爪が僅かにオレンジを弾く。


「じゃあ、頂きます」


 いくらでも、後戻りはできる。

 差し出された指を払って笑ってやれば。

「何やってんすか」って言ってやれば。

 そうは分かっているのに行動が伴わない。

 体が傾いて口が開いていく。

 まだ、後戻りはできる。


「…ん」


 口に異物が取り込まれる。

 西日に当たって滲んだ汗が少ししょっぱい。

 まだ…後戻りは。


「……」


 歯を突き立てる。

 柔らかな肌の下に感じる骨。

 しょっぱさに鉄の味が混ざる。

 まだ…まだ。


 ガリガリと音が響く。

 塩気よりも鉄分が増えていく。

 ガリガリ。

 ガリガリ。

 ガリ…


「……あ」


 咄嗟に口を離した。

 離したはずなのに。


 口の中に残る小さな異物。

 私は。どうやら。


 ポタリと借りていた本に紅い雫が落ちる。白に先輩の色が吸収されて、少しだけ黒くなって存在を大きく示す。鉄の匂いが酷すぎる。もう図書室に返せない。

 思考がまとまらずにぼーっとしていると先輩が声を掛けてきた。


「美味しかった?」


 美味しかった…んだろうか。正直よく分からない。

 指を貰っといて申し訳ない気持ちはあるんだけれど。

 返答に困っていると先輩は続ける。


「また食べたい?」


 また…というか今現在進行形で入っているからな。

 中にあるものを舌で転がす。嫌いではない…むしろ。


「そうですね」


 そう返すと先輩の目が少しだけ開かれる。


「そういえば、指先無くなって大丈夫なんですか?」

「あぁ、すぐ治るから大丈夫」


 そう言って自分の無くなった指先を見る先輩の瞳はどこか満足気な色をしている気がした。



(暗転)

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