第3話 コボルトアーミーVS英雄

 コボルトアーミー。名前の通り八十匹程のコボルトで形成された軍団である。Eランクであるコボルトは系統進化する魔物である。その最高ランクにいるコボルトキングはSランクに位置する魔物である。

 ただコボルトキングは指揮系統に特化した個体で、さらに細かく分岐した系統進化の最高ランクでもAランクのコボルトが多くいる。

 コボルトアーミーが都市を襲うとき、それはコボルトキングの誕生を意味する。ギルドに滞在している冒険者が対処を誤れば簡単に滅ぶこともある。

 とはいえ彼らが今回襲おうとしている都市は王都。その防備はどの都市と比べても一段高く、そう簡単に突破できるわけではないだろう。

 だが突破できる手段がないとも限らない。

 最悪の想定は常にしておくべきだ。

 その最悪にぶち当たっても大丈夫な最善がここにいた。


 何年、経ったのだろう。あの日天啓のように舞い降りた私の知恵によってニンゲンどもを皆殺しにしたときには心が躍ったものだ。今までの私達に敗北はない。

 そしてついに私は最後の進化を迎えた。

 群れを従える王としての役割を、ついに天から与えられたのだ。

 だが私は時を待った。私と同格の者が現れるのを。

 ただ待つだけではない。私達は進化する種族として世界に広く存在していると判明した。ならば、私と同じステージまでの進化を終えた者たちが居たはずだ。

 その者たちがどうしたか。もちろん私と同じようにニンゲンの街を攻めたはずだ。だというのに私達コボルトの街は存在していない。

 なぜか。

 敗北したからだ。

 何に?

 ニンゲンに。

 足りない。私自身の力も、仲間たちの力も、何もかも。足りていない。

 数は勝手に増えていくから問題ない。だが育てるのは大変だ。

 私の命も永久ではない。作戦を決行するのは私が生きている間にしなければならない。

 城壁を突破する方法を考えるのは至難の業だったが、土魔法に適性を持った詠唱者が生まれたのは僥倖だった。夜、ニンゲンの目が届かない場所で何度も特訓し城壁を突破できる程度の魔法力を習得させた。これで、城壁は突破できた。

 これと同時に私と同じ位階に立った者がようやく現れた。

 ようやくもう一部隊を預けられる。これで二か所からの同時攻撃が可能になった。

 暗殺者、重装備の堅守者、詠唱者、戦士、弓兵が揃った。勝てるはずだ。

 そして決行の日。戦争開始だ。


「ああ、分かった。ありがとう」


 暗殺者からの情報だと別隊が冒険者らしきニンゲンたちに攻撃を仕掛けて取り逃がしたらしい。しかもそれとは別のニンゲンと交戦中だとか。

 全く。夜になるまで動きを見せるなと言っておいたのに、攻撃をしてしかも取り逃がすとは。

 あの若者には落ち着きが足りない。

 ニンゲンが街に報告に行ってしまうだろう。出直すか。


「あいつに下がるように言っておいてくれるか」

「ハイ」


 そう言って暗殺者が背後へと去る。気配は一瞬で消えた。

 随分と腕を上げたな、、、、、、?


「!?」

「へえ、意外だ。よく避けたな」


 何だ?この男、ヒトなのか?

 男の背後には首を潰された暗殺者が転がっている。見ればわかる。即死だ。

 今、反応できなければ自分も同じ目に、、、。


「ヒィ!?」

「腰が抜けたか。相手との彼我の差を理解できるのは良い才能だぜ?」


 そう言ってこいつは私の肩をまるで友人にでもするかのように軽く叩き、部隊に向かって歩き出した。

 まずい。他の奴らはまだ気づいていない。伝えなくては。

 恐怖で動かない体を、情けなく地面に這いつくばる格好になってでも後ろに振り向き、口を動かした。


「に、逃げろ!!」


 まず最初に被害に遭ったのは、私を抜いて部隊の一番後ろにいる詠唱者たちだった。

 声が届いて振り返ろうとする前に左端に居た二人が犠牲になった。

 男は二人の頭を掴んで思いっきりぶつけて頭を破壊し殺した。

 それから男は一気に右端まで拳を詠唱者たちの頭の位置に固定し、目で追えないスピードで全員殺した。

 詠唱者は全員脳漿をぶちまけて死んでいた。

 次に男は距離を取ろうとした弓兵の首を掴み殺し、弓と矢筒を奪うと、距離の遠い場所にいた総勢二十五名の弓兵を残すことなく射殺した。

 そして隠れていた暗殺者たちも全て撃ち落された。

 私を逃がそうとこちら側に来た暗殺者も、まるで後ろに目がついているとでもいうように、射殺された。

 ようやく休憩のために装具を緩めていた堅守者と戦士が男の元にやってきた。

 だが堅守者たちは惨劇を見て、すぐに飛び掛かるようなことはしない。男を中心にして囲み、全方位に敵が居る状況を創り出した。

 どう考えても男は不利だ。でも我々が勝てる予想ができない。

 その証拠に男は私に話しかける余裕があった。


「確かにお前、キングのお前はさ。優秀だったよ。コボルトアーミーが二つに同時に攻めてくるとか、俺聞いたことないし。ただ一つ間違っていたのは人間を舐めすぎたことだな」


 私の失態をあげつらっているのだろうか。

 言葉は理解できる。だが飲み込めない。目の前の光景をみて恐怖が全身を殴打していく。


「まあ俺らは先人たちの蓄積があるからずるだろうな。だからこんなこと言っても仕方ないけど、それ以外は完璧だったよ」


 そう言い終わるころには私以外全滅していた。


 血塗れになった男がこちらに歩み寄ってくる。

 ありえない……はずなのだ。

 夢を見ているのか。夢だと言って欲しい。


「あ、後は俺らみたいな例外がこの近くに来ちゃったことだな」


 化け物だ。私は化け物に遭遇してしまったのだ。


「ウゥ、ア、ァア」

「ここまで恐れられるのも初めてだな」


 別隊はどうなったのだろう。


「べ、べつ、」

「ああもう一個の方か。俺の妹が相手しているよ。ちゃんと全員あの世に送ってやるから安心して逝っていいぞ」

「ガッア……」



「面倒だな」


 エドワードがコボルトを殲滅している一方でシャーロットはこなさなければならないタスクに嘆息していた。

 コボルトキャスターに土魔法を使うものがいるとは想定外だった。

 彼女にしては珍しく壁に穴を開けられた時は少し驚いていた。

 別にシャーロット一人がただ戦うだけなら何も問題はないのだが、冒険者が避難するまでの時間は稼がないといけない。


「さっさと終わらせたいが、仕方ない。一体ずつ処理するのも面倒だからな」


 シャーロットは土壁を彼女の場所へ誘導するように細くして設置していく。

 平原に、遮蔽物の無い場所にコボルトたちを引きずり出すためだ。

 相手に誘われているとバレないようにコボルト隊をなるべく包囲して、それ以外のところは穴を開けられないように魔力的防御を高めるのも忘れない。

 そして壁がコボルト三体分がやっと入れるくらいのサイズまで狭めたら、コボルトの土魔法をレジストしながら別の魔法をくみ上げる。

 土色の魔法陣が描き出されていた左手をだらんと下げて、右手をすっと上げる。


「詠唱は、、、要らないか」


 彼女の掌に現れた魔法陣が薄黄色に光り輝く。

 魔法陣の色で属性は判別できる。

 土色なら土属性、薄黄色なら光属性といった具合に。

 両手に別の色の魔法陣が現れている。<二重起動デュアルスペル>だ。

 魔法使いが行う高等テクニックとして知られているが実際に使う人間は居ない。

 魔法使いが<二重起動>を使わなければならない場面など魔法使い一人で状況をさばかなければならない時のみだ。パーティで連携していれば魔法使いが一人二役しなければならないときなど来ない。それに緊迫している時に無駄に高度なことに挑戦している暇などない。失敗したらそれが原因でパーティが壊滅することだってありえるのだから。

 だがシャーロットは例外だった。一人で戦うことに慣れている彼女は片手間にそれをやってのける。


「<ルナ>」


 魔法陣が一層強く輝き、それと同時に土魔法の壁が一気に崩れ去り元の地形に戻る。

 そこには綺麗に直線に並んでいるコボルトたちが居た。

 それらが目の前で輝く魔法陣から直径二メートルを認識する前に塵になって無に還った。

 光属性は最も魔物に有効な属性である。そして唯一の治癒効果を持った属性だ。

 その代わり光属性は最も扱いの難しい属性だ。魔力で構成される魔法なのに魔にもっとも有効なのは、魔力の構成を解く性質があるからだと言われている。

 故に世の光属性魔法使いは他の属性魔法使いと違い、大規模な魔法を使えるものは少ない。

 隣国の特異な家系とシャーロットのみである。

 光の柱が通った後には彼らが来ていた装具だけが残っていた。


「全滅、か。コボルトキングが無能で助かったな」


 ザッ、と音を立ててシャーロットの隣にエドワードが降り立った。


「終わった?」

「片付いた」


 五分にも満たない時間で、脅威となるはずだったコボルトアーミーは全滅した。

 紛れもなく世界最速の討伐記録である。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る