第1話 ケダモノの襲来

 夜が明けて荷物を纏めて目的地へと歩きだした二人。

 もちろん荷物を多く運ぶのはエドワードの役目だ。シャーロットが背負えないほどの荷物ではないが、見た目幼女と青年が同じ量の荷物を持っていたら、周囲から見た時のエドワードに対する心証が悪くなってしまうからだ。

 それ故、シャーロットの荷物はとても少ないのだが、それでも彼女の背中はとても丸まって見える。肩にかかる重みに耐えかねているかのように前傾姿勢を取りふらついている。

 重ねて言うが荷物のせいではない。


「おい、シャーロット」

「・・・・んあ?」

「ちゃんと起きて前歩けって。もうすぐ森に入るぞ?」

「おきてるぅ」

「起きてねえだろ」


 眠いからだ。彼女の寝起きはかなり悪い。

 エドワードが二度寝を阻止しなければそのまま寝続けてしまうのだ。彼女と出会ってから百五十年余り、シャーロットが自分で起きてきたのを見たことは無い。

 ため息を一つ。まだまだ子供だな、そんな思いを込めて吐いた。

 彼女を起こすために脇腹でもくすぐってやろうかと思ったところに、ちょうどいいものが来た。彼女の眠気を吹き飛ばすのにちょうどいいものが。

 二人が踏み入った森の中、木々に生い茂った葉がカサカサと音を立てて揺れる。揺れる葉の間から顔を出したのは異常なほど発達した目と耳を持つ生き物、魔物だった。

 それの原始的な殺気がエドワードとシャーロットに向いていた。

 魔物、ナムルエイプ。V~Fまで存在する魔物ランクで割り当てるとCランクに相当する。人によってはBランクにも相当するだろうが、冒険者組合が決めたランクが絶対である。

 C~Bランク相当の魔物であるナムルエイプはかなり弱い存在である。

 一つ格下のDランクと殺しあったら容易に負けるだろう。あくまで単体である場合だが。

 ナムルエイプ、この魔物名は単体を指さず群体を指す。

 最初にエドワードを見つけたナムルエイプが叫び声をあげる。仲間を呼び寄せている。

直に複数の魔物が顔を出してきた。獲物を見つけ奇声を上げる。それにはどこか歓喜が含まれている気がする。

 それもそうだ。みてくれだけなら無力な少女と彼女を護衛する冒険者にしか見えないからだ。護衛一人でもここを通って大丈夫なほど強いという想定は彼らにはできない。愚かだからだ。

 確認できるだけで魔物は十二体。それらがずっと奇声を上げている。まだ仲間を呼ぶつもりなのだ。ナムルエイプの叫びは共鳴する。ずっと遠くまで届いてしまう。

 早く処理しなければいつの間にか百体ほどの群体にまで膨れ上がっていることすらある。だから、最初の一匹を素早く処理することが重要なのだが、これがまた面倒なのだ。樹上にいるせいで攻撃が届かない、葉を駆使して姿を隠すなどで手遅れになってしまうことがナムルエイプに殺される主な原因だ。

 魔法使いが冷静に狙い、撃ち抜けばいいのだが、奴らの奇声が不安を煽り彼らの手元を狂わせる。

 まとめれば倒すのが面倒な魔物と言うことだ。それに対する二人の対応は。


「うるさい、、、ゴミ共が」


 いや、シャーロットの反応は、怒りだった。

 彼女がぼそりと呟く。


「<アインツ>」


 急激に高ぶる周囲の魔力にナムルエイプは叫ぶのをやめるが、なんの変化もないのを確認すると、叫び声を大きくした。

 無能だと勘違いしたのだ。魔法を起動できない無能なのだと、嘲笑っている。

 狂ったように哄笑する。


「射出、吹き飛ばせ」


 だから、彼らは近くの茂みから射出されたものに反応できなかった。

 それはただの小さな土の塊だった。ちょうど子供が造った泥団子くらいの大きさの土塊。

 それが間抜けに、彼らにとっては大まじめだが、大きく開けられた口に入り込む。

 ナムルエイプは一斉に口を閉じた。流石に口内に入りこんだ異物には気づく。異物を取り出そうと口の前に手を持ってくる。吐き出してその正体が見てみたいのだ。

 しかし、彼らがそれをすることは叶わなかった。

 飛び出す前に土塊が弾け内側から彼らの頭蓋を破砕したからだった。脳漿が飛び散る。

 土属性魔法<アインツ>。土から完全に制御できる魔法生物を創り出し、様々な用途に使用できる。ただし魔法生物は素材にした土に、強度が依存する。


「、、、朝から最低の気分だ」

「ほんとうにな、、、気を取り直して行こう。夕方前には着きたいから」

「、、分かっている」


 呼び出されているナムルエイプは気にしなくてもいい。ナムルエイプは遠くから響く仲間の声が途絶えた時点で集合するのをやめる。なぜなら、声が止むときは獲物を仕留め終わったか、全滅したかのどちらかだからだ。

 後者だった場合が恐ろしいのだ。それ故に彼らは直ぐに集合をやめる。獲物に夢中になっていなければ憶病な魔物である。

 そこから魔物に出くわすことなく無事に森を抜ける二人。

 森を抜けた先には平原が広がっている。

 ここから目的地までを阻むものはない。お陰で魔物の襲撃から街を守るために設けられた高い防壁と煌びやかな城の先端が見えた。

 それを見たエドワードに寂しさと懐かしさが去来して、消える。


「帰ってきた、、、、まあ二回目なんだけどな」

「なんだ、泣かないのか」

「泣きはしないよ。ただまあ、前回とは違う想いを感じるのは事実ではあるかな」

「残念だ……」

「何が!?」


 シャーロットの不穏な発言の真意を問いただすべく彼女の方に体を向ける。だがそれよりも気になることが出来た。


「誰か居るぞ」

「ん、、、。五人と魔物四匹、いや六人か」

「距離一キロ、金属音を確認。ま、ただの冒険者か。いやビビるわ、急に現れたもんだから」


 エドワードがわざわざ気にした理由は唐突に戦闘音が聞こえてきたからだ。耳を澄ませれば六人と魔物四匹分の足音が聞こえてくる。

 普通に考えれば冒険者パーティによる討伐依頼の遂行だろう。

 まず一人が先頭を駆けている。おそらくそれがタンク。魔物の群れの側面に二人ずつ、群れの後方に一人。綺麗に囲い込んでいるようだ。よほど連携が取れていないとこのように上手く群れを御することは出来ないだろう。

 どうやら彼らは魔物の群れを平原に引きずり出したいようだ。

 エドワード達がナムルエイプと戦ったところとは違い、出現する魔物のランクは低く、ここら辺で活動する冒険者はほぼ駆け出しである。そんな駆け出しでも視界の通りにくい森の中よりは平原で戦った方が有利であることぐらいは心得ている。

 足音が森の出口に近づいてくる。

 まず最初に見えたのは予想通り一人の冒険者だった。フルアーマー、盾持ち片手剣使い。しかし、その装備が駆け出しと言えないぐらい上等な装備であることに違和感を覚えた。

 それは次に森の中から飛び出してきた魔物のお陰で理解できた。

 魔物は大きく膨らんだ不気味な腹を持っているとは思えないほど俊敏に動く一匹の蜘蛛だった。

 魔物の名はパープスライダー、Bランクの魔物である。

 エドワード達が魔物四匹と勘違いしたのは蜘蛛の一匹分の足音だったのだ。

 森の中から飛び出してきたものを見て口をあんぐりと開けるエドワード。当然のことだった。ここら辺は駆け出しの冒険者が冒険をすることで有名な地である。

 Bランクの魔物などいる訳が無いのだ。

 ここは駆け出し冒険者のための狩場、Bランクの魔物が居れば、駆け出しなど即死である。

 魔物が住処を変えて現れるのはそれなりにあることだ。それで犠牲になる低ランク冒険者がいることもそれなりにある話。失敗談の中ではよくある話だ。

 そうなると今相手している冒険者達はそれの討伐を依頼されたパーティといったところか。

 彼らに完全に注意が向いた時に、突然二人の体は中から触られるような感覚に襲われ、視界が赤く明滅しる。

 それはとある合図だ。


「うへえ、変なタイミングで来たなぁ」

「……さっさと終わらせないとまずいぞ。Bランク冒険者を巻き込むわけにはいかないからな」

「じゃあ行こうか」

「「<エンター>」」


 膨大な量の魔力が励起し二人の体に輝きを纏わせて、そして彼らと同時に別の世界に消えた。




 視界が切り替わる。目の前に広がるのは先ほどと同じ景色。だがすべてが赤みがかって見える。そして一番の違いは何も感じないこと。世界が完全に停滞しているのだ。

 ここは世界の模倣品、位相のズレた場所に存在する異世界、あるいは並行世界か。いずれにせよ、紛い物であることには変わりなかった。

 何せこの世界には誰も居ない。欠陥品なのだ。

 世界には彼ら二人きりだ。


「完全に二人っきりの世界だな」

「あの異物を第三者としないならな」


 人は二人しかいない。それ以外は居る。

 二人の前で低空飛行している巨体。見た目はスズメを単に巨大化させたかのような姿をしているが、これでも立派な世界の敵。

 ケダモノである。


「GOAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 奴らが現れるときに必ず生成される謎の異世界。ここに入ることが出来るのはエドワードとシャーロットの二人だけだ。

 この別世界で戦うお陰で向こう側には影響が出ないかと思えば、この世界は二十分で消滅し、時間内にケダモノを倒すことが出来なければ向こうの世界に出てしまうのだ。


「救世事業の始まりだな」


 そう言ってエドワードはケダモノを睨みつけた。

 

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