最終話 それでも勇者は世界を救う!

『俺を殺せ!』そう言った勇者に、魔王は力を振り絞り反論した。


「貴方、本当にバカなの! 私はもうすぐ死ぬ。あなたは魔族を滅ぼしたのよ。何で貴方が死ぬ必要があるのよ」


「俺も魔族だからだよ」


「!!」


「俺の父親はハーフの魔族。俺は人間の母親との間に生まれたクォーターって訳さ。だから最後に俺が死ぬ事で初めて魔族は全滅する。俺の選択がこの世界……人間の世界を救う。それがあの預言者ポー予言なんだ」


「そんな……」


「そしてこの剣……ソウルブレイカー。大神官ナカムラから渡された魔剣だ。人間のマイナスの感情をエネルギーにして悪意を持つ相手の魂を砕く剣だと説明された。だが、この剣を使い続けて分かった事二つがある。ひとつはこの剣で魂を砕く事なんて出来ない。マイナスの感情エネルギーを吸収して魂を昇華もしくは強制転移させるのではないかと思う」


「どうして……そう、思うの?」


「肉体が溶けて無くなる事、それと死に際の表情が全員微笑んでいたからだよ。魂を砕かれ体が溶けて無くなるなんて苦痛以外の何物でも無いはずだろ。それなのにお前を含めた全員が笑ってるんだよ。俺はお前のその微笑みで確信したんだ」


「私が……微笑んで……る?」


「そうだ、そして預言者ポーの予言では『人を救い、魔族を救え。お前の選択が世界を救い、お前自身も救うのだ』……だ。魔族を滅ぼすのだから人を救えは意味が分かる。だが、滅ぼされる魔族を救うというのは、そのままでは意味が通らない。この剣に斬られた者達の負の感情を浄化し、他の世界へと転生させる能力があるのなら、魔族を救うという予言にも説得力が出てくると思う」


「全部……貴方の……想像……ね」


「ああ、預言者ポーの予言が全て正しいとしての話しだ。だが俺には確信がある!」


俺は持ってきたギドラの絵を『お前の絵だ』と言って広げて見せた。魔王はもうあまり力が出ないようで、少し首を傾けるとその絵を見て少しだけ笑った。


「私がこんな化け物……なんて、ひどい……冗談……だわ」


「ああ、俺も最初はそう思った。でも、ギドラの足元を良く見てくれ」


「あ……し……もと?」


魔王はボヤケて焦点の合わなくなった目を凝らして見ると、小さく、本当に小さくだが人間が描かれている。角兜をかぶった長い金色の髪の人間。そしてその後ろには黒い鎧の騎士たちが控えている。


「これ……まさ……か……!」


「ああ、お前だよ魔王。俺、預言者ポー、そして大神官ナカムラ……俺たちこそがギドラだった。三つの首の竜……いや蛇を倒せば世界は、魔族は救われるんだよ魔王。いいや君こそが本当の勇者だ」


「……」


聞こえているのか、いないのか? 口元は少し笑っている様にも見えるが、完全に目を閉じ、俺の腕を掴んでいた手もぐったりとして地に落ちた。


「魔王! おい、しっかりしろ!! ちくしょう直接肉体を傷付けてもいないのにもう時間切れかよ」


大きく体を揺すってみても、ぐったりとしたままの魔王は何の反応もない。


クソッ、クソッ、クソッ! しくじった。


きっと魔力の多い魔王なら、力を奪ってからでも説得する時間位の時間はあると思ってた。ソウルブレイカーの能力故か、それとも影の騎士団が予想以上に消耗が激しかったのか……何にしても俺の考えが甘かった。


こうなったら、ソウルブレイカーの能力で気付いたもう一つのアレを試してみるしかない。


ソウルブレイカーは人間のマイナスの感情を吸って力を得る剣だと聞いた。だが、シスターリリスには封印を解くどころか持つ事すらも出来なかった。


そこに違和感を感じていた。ナカムラには魔剣を持つ事が出来なかったので、箱に入れ封印の包装紙で包んでいた。では箱に入れたのは誰だ? 


人間に絶望し、恨んでいたシスターリリスが最初から協力したとは思えない。となればポーがやった事に違いない。魔剣を持てた俺とポーの共通点を考えれば答えは簡単シンプルだ。


俺は魔王の手にソウルブレイカーを握らせた。拒否反応は無い。やはりだ、剣は魔力に反応している。


魔王の背中を右手でしっかりと支え、ソウルブレイカーを握らせた魔王の右手を左手で包み込む。彼女の手足はまだ消え始めていない。まだ間に合う筈だ。


俺はゆっくりと魔王の唇に自分のくちびるを重ね合わせた。息を吐くようなイメージで自分の中の魔力を送り出す。ジワジワとだが、剣を握らせた手に振動が伝わる。


オヤジ……ポーもシスターリリスに同じ様にしたのかも知れない。男性に対して嫌悪感を持っていた彼女の信用を得るには相当の時間と労力が必要だったに違いない。だが、アイツにはそれを成し遂げたい想いがあった。魔族を救いたいという想いが。


「ん……ん、ううん! ん!!」


魔力の充填が上手く行ったようだ。ゆっくりと目を開き始めていた魔王の目が見開かれる!


糸を引く様に、俺が唇を離すと慌てた様にけたたましくまくし立ててきた。


「あ、あ、あ……あなた、ななななに!」


「上手くいって良かった。こっちはカラッ欠だが、そっちは魔力が回復した様だな。もう時間がない。その剣、ソウルブレイカーで俺を殺せ。それで世界も魔族も救われる」


魔王は、赤く燃えるように輝く瞳で真っ直ぐにこちらを見据えて呟いた。


「魔族が救われるというあの夢の予言……私も心のどこかで信じていた、願っていた。でも私の心を救ってくれたあなたを殺す事で完結するなんて、あんまりよ」


魔王はその瞳にわずかばかりの涙を貯めていた。俺の為に泣いているのか?


「ふふふ……お前最初とずいぶん印象変わったな」


他人ひとの感情を散々揺さぶっておいて、誰のせいよ!!」


俺は『フフッ』と鼻で笑いつつ『ごめん』と言って謝った。魔族と人間、見た目や能力の違いはあるけれど本当は分かり合う道もあったのかも知れない。そう思う俺の口からは自然と言葉が紡がれた。


「大神官ナカムラは平和な世の中を望んだ。だが人間は争いを止めなかった。だから争いに方向性を付けた。それが人類共通の敵、魔族の存在だ。共通の敵を作る事で人間の結束力を高めた」


「そんな……」


「予言の力と魔剣召喚の為に産まされたのが預言者ポーだ。自らも魔族の血を持つ彼は、魔族も救いたかった。だから自らの予言の力を使い、ナカムラに協力する振りをして色々な仕込みをした」


「……」


「そして最後の仕込みが俺さ。魔剣の担い手としてシスターリリスに産ませた子供を大神官ナカムラに差し出した。俺は小さな頃から魔王を、そして魔族を滅ぼす事だけを考えて生かされて来た」


「ひどい……」


魔王の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。俺の為に泣いてくれたのは母さん以外ではコイツが初めてだ。


「物心ついた頃からずっと魔王おまえの事だけを考えて来た。ずっと、ずっとだ。だから……魔王がお前でよかった」


「わ、私……」


言いたい事は全て伝えた。きっともう時間はない。何か言おうとしている魔王を制して俺は叫んだ。


「魔族は滅ぶ! この世界は人間の物だ。コレで満足かナカムラ!! 魔族も強い悪意を持つ人間も全てこの剣で斬った。コレで満足かクソ親父!! 人類なんぞどうなろうと知った事か、好きに争って滅びればいい!! 俺の事を散々道具の様に好き勝手に持て遊びやがって、こんな世界全て、全て滅びればいいんだーっ!!!」


「憎悪と……悪意を感知!」


魔王がその言葉を発すると、スッとソウルブレイカーが自ら動き俺の腹を貫いた。


「これでこの世界に……ひとり……残されず……に済み……そうだ。あり……がとう」


「貴方、バカよ。本当に転生出来るかなんて誰にも分からないのに!」


「大……丈夫だ。俺には……確……信がある」


手足が泡の様に消え始めた俺を先ほどまでとは逆に魔王が支える形になった。魔王は泣きながら笑顔で言う。


「それなら私を見つけてよ。もう一人は嫌なの。向こうの世界で私を迎えに来てよ。そしたら……こんな嫌な役目を押し付けた愚痴を、三日三晩聞かせてやるんだから!」


「フフッ、面倒くせぇ……女」


そう言うと笑いながら勇者は泡となって消えてしまった。


魔王もいよいよ体に力が入らなくなり、手足も泡になり始めた。彼女の手から落ちたソウルブレイカーはカランと高い音を立てて転がった。


「必ず……迎えに……き」


彼女も少しずつ泡となって、笑顔のままこの世界から全ての魔族は消え失せた。一人の人間の歪な想いから生まれた勇者が、未来永劫ではない平和な世界をもたらした。


蔑まれ、利用され、反発しながらも、悩み、苦しみ、傷付きながら、決断をし、実行した。


最後に【本物の笑顔】をくれた魔王と、自らの救いを信じて……。




ーおわりー



エピローグは新年更新となります。

年内間に合わんかった。すみません。(。ノω\。)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る