四十五冊目
朝、目が覚めるとぬるま湯に浸っているような感覚があった。
感覚だけが動き難い。
実際、体は通常通り動く。
怪しく思いながらも、慌てずに動きやすい服に着替え、羽団扇を持った状態で部屋を出る。
すると、少し動き難い感覚が増した気がする。
階段を降りて、一階に向かうと、更に感覚は増す。
この感覚の原因であろう強い妖力を、業務中に九尾苑さんが寛いでいる座敷に感じ取り、急いで向かう。
「ほお、この空気で歩いてこれおったか。
「てっきり這いつくばってると思うたが、こりゃ鍛えがいがある」
そう言ったのは、九尾苑さんの正面に座る八十代は降らないであろう老人だった。
「九尾苑、こやつなら鍛えてやろう。
「中々の原石を準備したらしい」
「えっと、こちらの方は?」
僕が聞くと、九尾苑さんは手で老人を示して言う。
「こちら、今日から宗介に妖術を教えてくださる、
「昨日、二時ごろって言ったけど早めに来てくださったんだ」
九尾苑さんの丁寧な言葉遣いは初めて聞いた気がする。
九尾苑さんは手で僕を示して、続ける。
「こちら、一ノ瀬宗介です。
「今後、先生の御指導で得る技術が必要になると思います故、御指導御伝達の程よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げる九尾苑さんを見て、僕も頭を下げる。
「先生、どうかこれからよろしくお願いいたします」
僕も言った。
九尾苑さんの初めて見る態度から、僕も思わず先生呼びをした。
「よい、頭を上げなされ」
先生は優しい口調で言った。
「宗介といったか、おんしには素質がある。
「詠唱術式まで教えてやろう」
言うと、九尾苑さんが驚いたような表情を見せた。
「そこまででしたか。
「この短時間でそれ程だと見極めるとは、仙人の名は未だ健在でおられるようだ」
九尾苑さんの丁寧な口調を少し不気味に思いながらも、詠唱術式と言う初耳の単語に疑問を持つ。
「まさか、詠唱術式の存在も教えておらぬとは。
「九尾苑、貴様の教え下手こそ健在かて」
「こればっかりは幾ら努力しようと治らず困っておりますよ」
少し親しげな雰囲気を醸し出す二人だ。
そんなことを思っていると、先生は言う。
「まあ良い、向かいながら説明するとしよう。
「広い空間の一つや二つ用意しているだろう」
「ええ、こちらに」
そう言って立ち上がったのは九尾苑さんだ。
先生の腰を支えるようにして立ち上がるのを手伝い、九尾苑さんの後をついてゆく。
向かったのは九尾苑さんの自室だった。
「こちらです。
「なんとか見せられる程度には整えましたので、どうぞお入りください」
部屋の中にあったのは一つ、大きな門だった。
「これは………あの小狐がここまで成長するとは思ってもいなかった」
先生は感慨深そうに言う。
「ついてきなされ。
「たしか、宗介といったかね?
「その若い時間を、老ぼれに預けてみると良い」
そう言って、先生は門に入る。
九尾苑さんに一度頭を下げ、僕も後に続く。
入ろうとした瞬間、とてつもない妖力を一身に浴びた。
この先に待つものは、一体なんなのだろうか。
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