十六冊目

 この店で働き始め、一ヶ月が経った。


 店にはあの天狗の様な妖が来店するのではと思っていたが、来店するのは普通の人間ばかり。

 人間に擬態している場合などは僕には見分けがつかないので、実際は来てるかもしれないが。


 まあ、僕は見分けるどころか人間に擬態すはり妖がいるかどうかすら知らないのだが。


 訓練の方は概ね順調だ。

 体力などもつき始め、初日に戦った、九尾苑さん万分の一ダミーならば二体同時に相手できる程度にはなった。


 そして、上昇した身体能力も力加減を覚えてきた。


 あの身体能力の劇的な上昇の理由はすぐに説明してもらえた。

 まず、あの地下は階段を下に降りるにつれ、時間の進みが緩やかになるらしい。

 その理由は何故か教えて貰えなかったが、時間が緩やかになる副産物として、あの空間には妖力と言う物が満ちているらしい。


 そして、今まで滅多に妖気に触れることのなかった僕は急スピードで妖気を吸収。

 結果、人間離れした身体能力を手に入れたらしい。


 上昇した身体能力を即座に操る僕のセンスは優れているらしく、九尾苑さん曰く、百年も鍛えれば僕の百文の一ダミーは倒せるかも、との事だ。


 正直僕に才能があるなんて想像も出来ない。

 しかし、それが例えお世辞でも、人に褒められると言うのはやはりモチベーションが上がる。


 今すぐにでも訓練したいところだが、僕のモチベーションを上げるだけ上げた九尾苑さんは今現在、大事な予定が出来たなどと言って店を二日ほど空けている。


 明後日には帰るらしいが、元々働かずに座敷からこちらを眺めているだけの九尾苑さんがいないところで対した変化はなかった。


 強いて言うならば、九尾苑さんの代わりに無貌木さんが毎日店に出てくれるので、言ってしまえばいつもよか楽だ。


 しかし、無貌木さんは何処か不安そうな表情を浮かべている。


「どうしたんですか無貌木さん、そんな不安そうな顔をして」


 聞くと、無貌木さんは眉間に皺を寄せて言う。


「実は、店に急接近する術師の反応が五つほど」


 術師、その事ならば先週九尾苑さんに教えてもらった。

 僕と同じ人間、しかしその多くは幼き頃から妖力に触れ、対妖の訓練を積んでいる。

 過去には陰陽師などと呼ばれたらしい。


 陰陽師については、安倍晴明や式神、あとは陰陽術程度しか知らない。


 しかし、無貌木さんの反応からして陰陽師から術師と名の変わった今、も妖の脅威たり得る存在なのだろう。


「五つですか、到着は何時ごろで」


「あと十分と少し、もしかしたらそれより早いかもしれません」


「敵意はありますか」


「もうビリビリ伝わってくるよ」


 襲撃者確定と言う事か。


 僕は部屋に羽団扇を取りに戻る。


 部屋に入り羽団扇を握った瞬間、店の中に爆発音が響き渡る。


 僕は慌てて一階の無貌木さんの元に戻る。


 するとそこには、革ジャンを着た、態度とガタイが無駄に大きな男と、黒髪ロングでクール系、スーツを着こなしている女がいた。


 両足が千切れて動けない様子の無貌木さんを発見、即座に羽団扇の柄に手をかけ警戒体制に移る。


 すると女が言う。


「安心を、彼にはすぐに修復可能な程度の損傷のみしか与えておりません」


「足が千切れてます、それをすぐに修復可能だなんてトカゲの尻尾か何かだと思ってないでしょうね」


 言い返すと、無貌木さんが今にも絶えそうな声で僕を落ち着かせるように言う。


「事実です、安心を。

「この程度ならばすぐに治ります」


 僕は安心し、ため息を漏らした。

 しかし気を抜くには早すぎる。


「すぐに治るのは信じましょう、しかしそれを別としても、店内でいきなり爆発起こすとは誰の許可を得ての所業ですか」


 僕は二人組を睨みつける。


 先月まで唯の高校生だった小僧が幾ら睨みつけたところで相手が怯む訳ないが、気持ちで負けたら戦いでも勝てない。


 これはこの一ヶ月での九尾苑さんとの訓練で学んだことの一つだ。


「そうカッカしなさんな坊主、まだ誰が死んだ訳でもあるまいて」


 男が掠れた声で言う。


「ここじゃあ目立つ、外の一般人から丸見えだからな。

「どうせあの狐の事だ、地下室の一つや二つあるだろう。

「案内しろ坊主、断れば問答無用でぶっ殺のは決定事項だから、そこら辺忘れんなよ」


 どうやら九尾苑さんのことは知っている様だ。

 地下室ならあのいつもの訓練場でいいと思うが、案内したところで僕がどうなるかは不明、もしかしたら案内したところで殺されるのがオチかもしれない。


「わかりました、でも無貌木さんの止血が先です。

「このままじゃ出血多量で死んでしまう」


 言うと、男は空気の振動を肌で感じられるほど大きな声で笑う。


「野郎に血なんて通ってねえよ、黙って案内しろ」


 確かに、改めて無貌木さんの千切れた足を見ると、一滴の血も流れていない。

 無貌木さんも妖だと言っていたが、どの様な妖なのだろうか。


 何にしろ、僕にはもう言い訳はないし、この二人を案内せずに僕が殺されれば、次狙われるのは無貌木さんだろう。


 僕は二人を案内する。

 この二人と数時間共に階段を降るなどゾッとしないが仕方がない。


 移動中にグサリ、なんて事態起きないといいが。

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