十四冊目
第一段階クリア、その一言で第二段階もあるのだろうと覚悟はしていた。
「次の訓練は僕に勝ってもらうよ」
九尾苑さんがそう言った瞬間、僕はあの五時間を思い出した。
最後こそ善戦出来ていたが、あれも最後の一押しを思い出すとかなり手加減されていた。
「おっとそこの君、安心したまえよ。
「僕と言ってもさっきの様なダミー、しかも戦闘力も万分の一程度に抑えよう」
万分の一、それを聞いて希望が湧いてきた。
「さあ、覚悟は出来たかい。
「死ぬかもしれない覚悟なんかじゃあない、僕を倒して生き残る。
「此方側の世界に足を踏み入れる覚悟だ」
言った瞬間だった。
頭の後ろに突如熱を感じる。
ほんの少し焦ったが、瞬時に頭をリセット、冷静に戻す。
後方に向かい羽団扇を振るうと、紫色の火の玉、狐火が上下に割れる。
少し離れた距離にダミーの九尾苑さんを発見、足に力を込める。
普段なら絶対出来ないであろう助走なしの二十メートル一っ飛び。
しかし、今ならば出来る、そんな根拠のない確信が僕にはあった。
そして、その確信を更に確かな物にするべく僕は飛んだ。
天高く、とまでは行かなくても平均的な一軒家の屋根程の高さまでは飛んだのではなかろうか。
そしてその高所からの振り下ろし、しかし九尾苑さんは充分な余裕を持って回避、こちらに向けて抜き身の刃を振るう。
着地後だった為体制が整っていない、僕は回避を諦める。
即座に羽団扇から強力な風を吹かせ、九尾苑さんの仕込み杖の方向を逸らす。
どうしてだろう。
この命の危険も充分にある訓練で、どうしてこれ程の快感が、高揚感が身体中に満ち溢れているのだろう。
ついさっきまでは自分は戦闘狂ではないと思っていたが、もしかしたらその素質はあったのかもしれない。
そんな思考も束の間、九尾苑さんの仕込み杖の一撃が再び迫っている。
連続の斬撃、それらを風で逸らし、バックステップで避け、羽団扇で防ぎ、様々な手段で身を守る。
視界の外、からの蹴り一撃、それを踏んで利用、再び高く舞い上がる。
何故だか分からないが現在、僕の身体能力は劇的に向上している。
あの四年に一度の世界的なスポーツ大会で金メダルを総舐めに出来そうな勢いだ。
再び高所からの一撃。
しかし今回は羽団扇の風で加速しながらだ。
九尾苑さんは、今度は避ける事はせずに仕込み杖で受け止めた。
ダミーだからか、余裕だからかは分からないが、表情は全く変わらない。
再び視界の外からの攻撃、しかし今度は蹴りではない、狐火だ。
それを回避するために、鍔迫り合いの状態の羽団扇を一度離す。
距離を取り、体制を立て直す。
すると即座に九尾苑さんが駆ける。
再び九尾苑さんからの攻撃、ふわふわと浮かび、こちらの隙を狙う狐火にも注意しながら風の加速を利用して回避する。
息が上がり始め、肩を上下に揺らしながらも勝機を探る。
まず、鍔迫り合いでは狐火もあり勝つ事はほぼ不可能。
背後に回ろうにも僕の身体能力では、この謎に強化された状態でも九尾苑さんの視界から逃れる事は不可能だろう。
遠くからちまちまと砕いたコンクリートを風に乗せ飛ばすと言う手段もあるが、九尾苑さんの先程の速度を見ると当たりそうにない。
しかしこれは使えそうだ。
僕は勢いよく地を蹴る。
九尾苑さんは僕の攻撃を防ごうとこちらに意識を向ける。
大成功だ。
九尾苑さんの頭に横方から飛来するコンクリートが直撃する。
完全に意識の外側からだ。
そして意識の外側からの攻撃に怯んだこの一瞬、ここを逃したらもう先はないであろう僅か一秒。
九尾苑さんのダミーが煙で出来ており、風が有効なのは実証済み、しかし今回は所々風を放ってはいるが煙となり消える気配はない。
恐らく、先程の数を優先した物よりも、こちらの個を優先した個体の方が硬度があるのだろう。
何度も放ち、少し扱いに慣れてきた風を羽団扇に纏わせてチェーンソーの様に回転させる。
下段からの腕の切断、その攻撃で振り上げた刃の向きを素早く変えてからの振り下ろし。
断面は煙になっており、この二撃がこの勝負を決した。
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