十冊目

「さあ、運動しようか宗介くんや」


 広いコンクリート作りの空間に着いた途端、九尾苑さんはそう言った。


「運動ってもう一度今の階段を歩きますって意味じゃ無いんですよね」


 息切れが収まってきた僕がそう言うと、九尾苑さんは、当然と一言だけ言った後に僕を指差す。


「君はこちらの世界で生きるには弱すぎる。

「明日にはノコノコとやってきた妖共に喰われてしまいそうな程度にはね。

「だから僕が鍛えてやろうと言う魂胆さ。

「君にも一応拒否権はあるよ。

「しかし、もし君が拒否すると言うならば僕は君を今すぐこの店から追い出さなければならない。

「僕にも仕事があるからね、二十四時間ずっと君に気を使う訳にはいかない。

「どちらがいい、強くなって僕の負担を減らすか、弱いまま危険な日常に帰るか」


 九尾苑さんは僕が口を挟む暇なく息継ぎの一つも挟まずに言う。

 出会って未だ二日目だが、九尾苑さんはたまに、この様な間髪入れない喋り方をする事がある。

 これは無意識なのだろうか。

 それともわざとこのような喋り方なのだろうか。


 まあ、それはともかくとしてだ。

 僕の答えは決まっている。

 答えは一つ、僕は羽団扇を開き、一言だけ声を張って言う。


「ご指導よろしくお願いします」


 それを聞いた九尾苑さんは仕込み杖から刃を抜く。


 それじゃあ始めようか。

 九尾苑さんのその一言が、僕に初めての対妖戦開始を理解させる。



 剥き出しの刃を輝かせ、一歩一歩此方に歩く九尾苑さんに向かい僕は羽団扇を一振りする。


 しかし風は通常の団扇程度、炎など全く出ていない。

 僕は慌ててもう一振りしようとするがもう遅い。


 九尾苑さんは既に僕の視界から消えていた。

 次の瞬間、僕の視界の右端に、ほんの僅かな光が写り込む。


 僕は慌てて身を屈める。


 僕の背後には九尾苑さんが立っており、僕の首があった場所には代わりに刃が存在する。


「反応や良し」


 言うと九尾苑さんは、屈んだ僕の足を蹴り払って転ばせる。


「しかし注意散漫、まだまだだね」


 そう言う九尾苑さんを転んだ状態から僕は見上ている。

 すると突然、九尾苑さんは床を思い切り踏みつけた。

 背中に強い衝撃が走る。

 九尾苑さんは勢いよく踏みつけただけで床に罅を入れ、その衝撃で浮いた岩ごと僕を立たせたのだ。


「さあ、第二ラウンド開始だ。

「視界を広くね」

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