100万回死ねぬモノ

ノノ

プロローグ

 空が青く澄み渡り、風が心地いい日であった。

 今年の夏も終えたばかりか、気温差と服装の具合に頭を使う季節になり、まったくもって風が吹き、風邪の引き起こしやすい時期であった。

「やあ、学校帰りかい?」

 その男は木の根元に座りこみ、顔を伏せたまま、たまたま通りがかった私に話しかけた。

「こんにちは、その通り高校から帰宅するところですが、あなたは?」

 普段ならば挨拶をすませたら去るところではあったが、私はその不思議で不気味な男に妙に惹かれた。

 というのも、彼の格好はスーツ姿、それも新品と同様に小奇麗だったからだ。それだけではない、ここら一帯はあまり建物が無く、あったとしても民間人の家か公園くらいのものだ。そんな場所に不似合いな格好をした彼に、疑問と興味心をそそられたからだ。

 男は徐に顔をあげると、投げやり気味に笑って言った。

「さぁね、僕だって僕のことが分からないさ。ただそこにあるだけ、置物のようなものだ、なんたって、僕には何もないからだ」

 よく分からない答えが私を返答に窮した。

 それを悟ったのか、男は説明するように続けて言った。

「僕には家族がいない。本当の親の顔なんて見たことがなく、触れ合ったことなんて当然ない。だから、僕には与えられた愛情が無い。僕には名前がない。君たちが当然のように貰い、使っているソレがない。だから、僕は自分を自分だと証明するものが無い」

 そして――――と、彼は続けた。

「そして、僕には死がない。かれこれ200年は生きたが、未だに体が朽ちる気配はない。だから、僕には何もない。そして、今何が欲しいのか、何が必要なのかすらも分からない。ただ一つ言えるのは、僕はこんな風に平然としてはいけないということだ」

「200年だって?!」

 私は驚きに声を上げた。

 本来ならばただの戯言、真に受けるような話では決してない。しかし、その男の話し方や雰囲気には、モノを言わせぬ確かな説得力があったからだ。

 彼の話が本当ならば、200年。遡れば日本は江戸時代あたりだろう。その年から、今までの歴史をその目で見てきた人物ということになる。

「しかし、だったら何故あなたは今もなお生き続けているのですか?あなたのその話だけでは、とてもじゃないが信じることができない」

 それに加えて、彼の体つきは老人というにはガタイの良いものだった。筋肉質で、肌にも皺が少ない。多く見積もっても20代ほどの見た目だ。200年という月日はとてもその体に収まっているように見えなかった。

 私の質問に、彼は「さぁ――――」と、むしろ僕が知りたいくらいだ、と答えた。

「だから、僕は国中を旅し、国中の賢者に尋ね続けてきた。しかし、欲しい解答を得ることはできなかった。その中で僕が僕なりに見つけた解答は、僕こそが忌むべき、去ぬべきものだったということだ。実際、誰もが僕をまともに相手しようとしなかった。誰もが気味悪がり、遠ざけようとした。どうだ?君はこの話を聞いてどう思う?」

 私はまたも返答に窮したが、自分の行動に迷いは無かった。

 私は彼の力ない腕をとってやると、こう言った。

「それは、その人達が賢かったからだ。賢い人間は自分の知らないを怖がり、危機を回避しようとするからだ。残念というべきか、不幸中の幸いか、あなたの目の前にいる人物は決して賢いとは言えない。君の望むものはやれないかもしれないが、探すぐらいならできるかもしれない」

 彼は私の目をジッと見ると、そうか、となにやら閃いたかのようなことを口ずさんだ。

「君は、良いやつなんだな」

 彼はそう言うと、口元を緩ませてまた顔を伏せた。

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