【短編】悪役令嬢は乙女ゲームの世界をFPSに塗り替える!

石和¥「ブラックマーケットでした」

悪役令嬢は乙女ゲームの世界をFPSに塗り替える!

「エルタ・ミリア・ローゼンバーグ! 貴様との婚約を、この場で正式に破棄する!」

「あ゛?」


 思わず漏れ出てしまった低い声が、静まり返った舞踏会場に響く。

 マズい、ボーッとしてた。深い眠りからいま目覚めた感じで、頭が回らない。いきなりドヤ顔でそんなことを言われても何がなにやら。


 もしかしたら他の誰かに言ってるのかも……なんて甘い期待とともに目線だけで左右を見るが、その場の全員があたしを注視していた。

 これ、アカンやつや。


 すぐ近くで目を血走らせたヅラっぽい中年男が、あたしをめ付けながら怒鳴り散らす。


「なんとか言ったらどうなんだ、エルタ・ミリア・ローゼンバーグ! エイルクリオ殿下が、ご発言なされたのだぞ!」


 いや、知らんし。“殿下”はいいけど、お前誰だよ。むしるぞ。

 いや、まずは落ち着こう。どこだ、ここ。

 舞台袖の楽団やら周囲の衣装からして、王子様主催の舞踏会場ってとこか。どういう状況かは知らんが、壇上でキーキー言ってるのが王子だというのは、わかった。あたしが何やら糾弾されているようなのも察しがついた。その理由が何にせよ、自分の身がピンチなのも理解できた。

 なにせ周囲には侮蔑と怨嗟と嘲笑と憐れみ、バラエティ豊かな敵意と悪意が渦巻いているのだ。

 毛色の違う感情はひとつだけ。

 “王子様”の隣で微笑む金髪ゆるふわ女の勝ち誇った表情。その顔に浮かぶのは、純粋なまでの喜びだ。


 う〜ん、何なんだこれ。あたしの立ち位置どうなってんだ?

 ちょっと前まで、ゲームのコントローラー片手にコタツで寝こけてたはずなんだけどな。


「しょせん貴様は敵国の走狗いぬだ! 帝国との融和を示すためだけの政略結婚が、開戦を前に失策とわかったいま、愚かな政争の具となる屈辱もこれまで! 栄えあるエルドミナル王家の嫡男として、ひとりの男として! 我が王国臣民を苦しめる貴様ら帝国人の狼藉は断じて許せん! 聖女を旗印に聖戦のときは来たのだ! 帝国の薄汚い陰謀ごと、貴様をこの手で叩き潰してくれる!」


 なんか無駄に情報量多いなー。ライターがセンスないのか文章がダルい。長すぎ説明的すぎビタイチ頭に入ってこない。“主語がデカいヤツは器が小さい”っていうけど、まさにそんな感じ。

 おまけに滑舌も悪いし、声質もひどい。声優さんC Vのチョイス考えろよ、こんなクソゲー売れるわけないだろ。


「……って、待て。ゲーム?」


 ああ……わかった。これ、あれだ。乙女ゲーってやつだわ。


 王子様に吊るし上げられてるとこからすると、あたしは悪役令嬢かなんかだろ。みんなカラフルなドレスなのにあたしだけ黒だし。素材は上質そうではあるけれども、なんでこんな悪目立ちする服選んだ。


 しかも、この視界の隅で揺れてる髪……すげーな。マジの縦ドリルだよ。しかも青いし。どうなってんの、この色。サブカルのキャラ区分でいうと、青髪は“無口な不思議ちゃん”枠だと思うんだけどな。演じろったって無理だよ、台本も設定も知らんし。


「“聖女様”への悪辣な嫌がらせが露呈したというのに、この期に及んで王子からの叱責を他人事ひとごとのように聞き流しているぞ」

「蒼き髪は魔を統べる“忌み子”の象徴! その蒼髪に触れながら、これ見よがしに笑うとは! 王国への宣戦布告のつもりか」

「やはり、あいつは“悪逆非道の黒魔女エルタ”、王国に仇なす者だ」


 なんじゃ、そりゃ。お前ら設定も説明も盛り過ぎだ。

 とはいえ、どうしたもんかね。“魔女”も“忌み子”も身に覚えはない。あたしゃアラサーのしがないゲームデザイナーだってのにさ。試作提出版アルファ前のお試し試作プレアルファをクライアントの監修に出したから、その隙に捩じ込んだ代休消化で一人称視点銃撃ゲームF P Sでもやろっか、なんてね。仕事でもプライベートでもゲームしてるような廃人だ。もう女どころか人間も捨ててら。


「殿下も、申し開きくらいは、許してくださると思いますよ、ローゼンバーグ様は……の、公爵令嬢なんですから、ねえ?」


 腹黒そうな、ゆるふわ金髪ガール――たぶん“聖女”ってのが、あの子なんだろう――が、やたら挑発的に声を掛けてくる。自分の完全勝利を確信してるからなんだろうな。こっちの身分を揶揄するように言ったのは、身分差にコンプレックスでもあった平民出か。どういう経緯でこうなったのか知らんけど、この女どうにもこうにもイラッとする。


「大変、申し訳ないのですが」

「ふふっ、いまさら殊勝に命乞いをしたところで……」

「いえ、あなたのお名前を思い出せなくて。何家どちらの、どなたでしたっけ?」


「「なッ⁉︎」」


 挑発には挑発で返す。実際、誰かも知らんし。金髪女は化けの皮が剥がれて憤怒の表情のまま固まる。


「あら、急に人相が変わってしまわれたわね? まるで餌を奪われた野良犬みたいな。もしかしたら……そちらがなのかしら?」


 上流階級の口調なんて知らん。いい加減ウンザリしてきた。真っ赤になってキーキー言ってるゆるふわビッチにも、それを庇うように抱き寄せるボンクラ王子にもだ。


「薄汚い帝国の傀儡てさきが偉そうな口を! お前など首をねて本国に蹴り返してやる!」

「開戦前に敵国の人質を手放すとか、正気ですか?」

「な」

「政略結婚が“融和を示す”わけないでしょう? “政争の具”じゃない王族なんて、いると本気で思ってます? そもそも“聖戦”って、勝ち目も採算性も落とし所もない戦争のお題目なんですけど、王子は“聖女を旗印に”何を成すおつもりです?」

「……なに、を……」

「すぐ出てこないとか、大丈夫ですか? どんだけ無能でも“”なら軍権くらいあるでしょうに、その程度の認識で開戦とか自殺行為ですよ? あなたひとりなら好きに死ねば良いですが、滅びるのは国ごとです。それ、わかってます? 自分の行動と発言が引き起こす結果を、本当に理解されてますか?」


 あからさまに目ぇ泳いでるし。この国、ホントにこんなのが王位継承権持ちなの?


「だ、黙れ! 我らは、悪辣なる帝国の野望を、叩き潰す!」

「だーから、お尋ねしたのは戦争の“目的”です。“叩き潰して、どうするか”ですよ。話、聞いてました?」

「殿下、魔女の妄言になど耳を傾けてはなりません!」


 ああ、もう殺したいな、こいつら全員。


 ここで、違和感というか安堵感というか、指先が見えないボタンを弾くと目の前に見慣れたものが現れる。

 FPSの所持装備一覧インベントリ。しかも、まだ初期装備なのか拳銃が一丁だけ。減音器サプレッサ付きのマカロフPBって、なんでこれ? まあ、ないよりマシか。

 武器スロットもスキルツリーも鍵マーク付きロック状態だし、唯一の武器は装弾数八発、弾薬の所持可能数分母もたったの三十発だ。

 まあ、あちこちロックされてるってことは、いずれ制限解除アンロックできるんだろうと楽観的に考える。


「衛兵! こいつを牢に入れろ!」

「……まあ、そうなるかー」

「帝国との国交断絶を宣言し、その証として王宮前に首を晒す!」

「えー」


 いきなりFPSこっちはこっちで違和感ハンパないけど、そっちもなんか違うテイスト入ってない? 乙女ゲーのユーザー層はそんな血なまぐさいのドン引きすると思うんだけど……まあ、いっか。


「ああ、失礼します名も知らぬ王子様。わたしは、ここで舞台を降ろさせてもらいます。台本も役者も音楽も、あまりに安っぽ過ぎますので」

「ふざけるな!」

「なんでも貴様の思い通りに行くとでも……!」


 取り巻きのひとりが殴りかかってくるのを、一歩下がってかわす。すれ違いざまドレスの下で足を出すと、引っ掛かって派手に転がった。


「王国貴族に、暴行を働いたぞ!」


 なんだそれ。こっちは一応仮にも女の子なんだけど、大の男に黙って殴られてろとでもいうのか。

 いうんだろな。四方八方からヘナチョコパンチが伸びてくる。腰も肩も気合も入ってない、そんなもん当たるわけないだろ。

 ヒョイヒョイ避けながら脱出経路を探るが、出入り口側は野次馬が壁のようになって出られそうにない。醜く歪んだニヤニヤ笑いを見る限り、“逃す気がない”といった方が正しいか。


 自分たちは安全圏で楽しい見世物を鑑賞しているとでも思ってんのかな。そんなわけないだろ。あたしが死ぬときは、お前ら全員、道連れにしてやるからな。


「ちょこまかと小賢しい! 囲んで押さえ付けろ!」

「お前ら後ろに回れ! 全員で掛かって剥いてふん縛れ!」


 王子の手下なら高位貴族だろうに、山賊紛いの醜い物言い。どっちが悪役かわかったもんじゃない。

 弱ってる相手にだけはかさに掛かって増長する阿呆ども。もう限界だとマカロフを向けようとするが、なんでかトリガーは引けない。

 なにこれ。目の前には“◯”っていうマークみたいのがピコピコしてる。

 待て、待て待て待て……うっわ、最悪だ。遊ばせ方の設計レベルデザインしたやつ何考えてんだ。


「なんでここでボタン入力イベントQ T Eなんだよ⁉︎」


 あたしは“心のなかのコントローラー”を放り投げそうになる。とはいえワラワラと集まってくる取り巻きたちは、あたしが逃げることも下がることも許さない。一時停止ポーズも効かないし、これはやり直しリセットもなさそうだな。


 “◯、◯”って? へいへい。

 見えなくても心のコントローラーを操作すれば、熟練兵士のように身体は動く。伸びてきた手を取り手首を捻って肘をめ、相手の力を利用して投げ飛ばした。追撃の膝を鳩尾に叩き込むと、男は痙攣して静かになる。


 次は“△、△、△”っと。

 襲ってくるふたりの動きを交錯させて連携を妨害に変え、顎に掌打を打ち込んで意識を刈り取る。流れはわかってるから迷いはない。どうせ、あと二回くらいあるんだろ。たぶん入力ボタンが複数のやつ。


 “×、×、◯”か。そろそろ来る頃だと思ったよ。

 “避けて、避けて、反撃ドーン”ね。これは演出がリズミカルで悪くない。もう終わりだろ。まだあんのかよ。


 “◯、△、×、□、□、◯”ってオイ、ふざけんな! 格ゲーの最終奥義みたいな動きとか要らんから! こっちドレスで“軍隊近接格闘C Q C”とかマーシャルアーツとか無理だし! “ドレスの下が覗ける画サービスカット”作ろうとすんのやめろ!


 気付けば周囲には失神した有象無象が転がっていた。その数、実に二十人近い。

 こっちは王子の婚約者にして他国の公爵令嬢だってのに、王国貴族は何やってんの。狼藉を働いた上に返り討ちとか、国際問題になる以前の話じゃないのかな。


「皆様、お下がりください!」

「あとは我々が!」


 あたしの周りで団子になってた貴族を傷付けないための配慮か、ずっと周囲で見ているだけだった衛兵たちがようやく動き出す。

 腰の剣に手を掛け、攻撃範囲内に貴族子弟がいないことを確認してゆっくり近付いてきた。念のため、ということだろう。指揮官らしき年長の男が王子様を見て許可を取る。


「おそれながら殿下、最悪の場合は」

「ああ、殺しても構わん!」


 ふざけんな、あたしが構うわ。

 真っ先に剣を抜いて向かってきたのは右後方の衛兵。まがりなりにも他国の令嬢を死角から斬り殺すのが衛兵のやり方かよ、と思わんでもない。


 いよいよ本編開始プレイアブルってとこだ。


 パシュン。


 いくぶん演出過剰なくぐもった音とともに、あたしに向かってきた衛兵の頭がかしいだ。


「ひッ⁉︎」


 血飛沫を浴びて固まったのは、その後ろでニヤニヤしていた群衆。着飾って髪を盛って顔にも塗りたくっているから平民などではなく貴族階級なんだろうけど、彼らに高貴な雰囲気など微塵もない。


「ひゃあああああああぁッ!」

「魔女が! 王宮内で攻撃魔法を放ったぞ!」


 あたしゃ魔法使いか。いいけどね。向かってくる衛兵を次々に撃ち殺す。自動照準オートエイムに近い感覚でなかなかのヒット率。弾薬再装填リロードも慣れた動きのワンアクションだ。

 問題は弾薬の調達を、どこでどうするかなんだけど……


 ピコン。


「え、ウソやん」


 ドロップアイテムのつもりだろうか、倒れた衛兵の脇にコインのアイコンがポップされた。その隣に、弾薬マークに似たものも表示されている。近付くと拾うまでもなく表示は消え、インベントリーの数字が変わって所持金と所持弾数が増えた。

 あら便利。その間に背後から忍び寄ってきた間諜みたいな執事服の男を射殺する。マカロフをリロードすると、残弾は全部で十三。まだいける。

 粛清はあたしの一方的な虐殺に終わり、野次馬どもが一斉に怯え始めた。


「ひゃあああああぁッ!」

「邪魔だ、どけぇ!」


 押し合いへし合い逃げ出す人混みに紛れて、あたしも舞踏会場を脱出する。目立つ蒼髪と黒衣を隠すため、近くのテーブルクロスを被った。


「あの女、名前も知らんけど我先に姿を消しやがった」


 それをいうなら王子もだな。最初の衛兵を射殺してすぐ銃口を振ったのに、もう壇上お立ち台には影も形もなかった。

 人混みを抜け廊下に出たところでクロスは捨てる。ずっと被ったままだと逆に目立つ。舞踏会の時刻だけあって外は夜だ。暗闇に紛れるなら黒衣も蒼髪も有利に働く。ヒールも捨てたいところだけど、裸足で歩くにはグラスの破片が転がっていて怖い。


「靴、靴……と、よし」


 インベントリを確認すると、“衣装の切り替えキャラカスタマイズ”の項目タブがあった。

 “上半身ジャケット”“下半身パンツ”“髪型ヘア”“帽子類ヘッドウェア”“手袋類ハンドウェア”“履物類フットウェア”……って、項目多いな。いろいろ気にはなるけど大半が鍵マーク付きロック状態だ。急いでる現状だと選びやすくて良い。

 タクティカルブーツを選んで決定。移動速度と足捌きの自由度が格段に上がった。


「いたぞ、“黒魔女エルタ”だ!」


 向かってこようとする者がいればマカロフで射殺しドロップアイテムを回収する。

 貴族社会も案外シブいのか銀貨が多いな……単位も貨幣価値もわからないけど、何人も倒してコインを拾っているのに数字がそれほど伸びていない。弾薬の増減も、収支が微妙に一進一退でもどかしい。この辺りはデザイナー的に良いバランスだと思ってしまうあたりが職業病だ。


 逃げる途中で廊下の隅に倒れた小男からコインがドロップしているのが見えた。逃げる群衆に踏み殺されたのか、服も顔もボロボロで死んでいる。その傍らに金貨が二枚。本日最大の収入だ。すまん。

 弾薬のドロップは戦闘員からだけみたいだな。それが適正な設計ロジカルなのかは判断に迷うものの、デザイナーとしては赤の他人よそさまの仕事だ。知ったこっちゃない。


「おおおおぉ……」


 遠くから怒号と武器甲冑の鳴る金属音が聞こえてきて、包囲網が構築されているのがわかる。出入り口が限定されているはずの王宮から脱出できるかどうかは実力半分、運半分な感じだ。


「拳銃ひとつで国軍相手にケンカするのはさすがにダルいな……せめてアサルトライフルくらいないと」


 ピコン。


「よっし、良いタイミングだ」


 いくつかの機能で制限解除アンロックの表示が出た。まずは武器スロットがひとつ増えて選択肢が出ている。

 トップにあったのは“キンバー45”。

 要らん……こともないけど、いま欲しいのはコレじゃない。装弾数八発の自動拳銃1911クローンで、性能はマカロフと大差ない。

 後は? 他にないのか。もっと火力とタマ数のある武器……あった。


 MP133ショットガン。装弾数七発で弾薬の所持可能数総数は二十五発。

 Vz61サブマシンガン。装弾数二十四発で弾薬の所持可能数総数は百二十発。


 う〜ん……帯に短したすきに長し。“痒いところに手が、届かない”のがユーザーを飽きさせないゲームデザインの基本ではある。その分、制限が解除されたときにプレーヤーの快楽曲線につながるから。プレイヤー視点で言えば、この序盤の成長ルーティンが最も楽しかったりはする。


 当事者として自分の生命リアルライフを賭けてる状況じゃなきゃ、だけどな!


「いたぞ!」


 回廊の上から階下を見下ろしていたあたしは、ドヤドヤと入り込んできた騎士団みたいなのに見付かってしまう。ダメだコレ。相手は四十近い重装歩兵部隊。どの銃を選んだところで火力かタマ数が足りない。


「一周回って、テンション上がってきた……!」


 武器スロットは中長距離用装備プライマリー近距離用装備セカンダリーの他に、手榴弾や火炎瓶など投擲用装備スロゥンと、ナイフや山刀などの近接戦用装備メィレィがある。


 後者を確認すると、刃渡り十五センチほどのサバイバルナイフだった。これ生身の敵にはいいけど、甲冑付きには自殺行為かな。手榴弾と火炎瓶は鍵マーク付きロック状態。投擲枠の初期状態デフォルトは、石ころが回数制限なしに使えるようだ。あるある、隠密行動ステルス系のプレイスタイルな。


「チマチマした攻略、あんま好きじゃないんだけどな……」


 こうなりゃ行けるところまで行って、見付かったら乱射しての特攻ヒャッハーだな。

 あたしはVz61を選択して、武器スロットに入れる。折り畳み銃床の特徴的な形状から“サソリスコーピオンなんて呼ばれてる妙な短機関銃S M Gだ。弾倉には二十四発入るものの、連射速度が高すぎてフルオートだと数秒と持たない。おまけに低威力な小口径拳銃弾だから、甲冑相手だと総数百二十発でも心許ない。


「どこへ行った」

「探せ、奥に」


 曲がり角に潜んで、現れた兵士の首にマカロフを一発。甲冑でも稼動部と露出部分を狙えば殺せる。問題はそこまで精密に狙える武器も余裕もないことだ。いまのところは、接近するしか手がない。

 隣を歩いていた同僚兵士は兜を脱いでいたので、そのまま額を撃って殺す。そのまま後続がいないか廊下の先を確認して、十名近い兵士たちと目が合う。

 ……最悪だ。


「帝国の“魔女”だ、殺せ!」

「「「おおおおぉッ!」」」


 ムチャクチャ言いやがって、あたしが何をしたっていうんだ。貴族を何十人かノックアウトして、衛兵を何十人か殺しただけじゃないか。

 ……うん、そりゃ殺しにくるわな。


 兵士の一団にVz 61スコーピオンを向け、フルオートで銃弾をバラ撒いた。チンピラばりの水平撃ち。この銃には似合いの使い方だ。カンキンコンと派手な金属音がして、倒れた兵士たちが悲鳴を上げながら転げ回る。

 当たらなかった相手をセミオートで仕留めるうちに最初の弾倉が空になった。十人倒すのに二十四発。撃った以上の弾薬が死体から出現ポップしたら、リスクとコストが見合う。

 動かなくなった兵士たちの間を縫うように動いてドロップアイテムの回収を図る。マカロフ拳銃もVz61短機関銃も弾薬は“全弾薬補充フルチャージ”になった。


「よし、悪くない……って、おい!」


 背後の気配に壁を蹴って飛ぶ。回廊の一部がゴッソリとエグられ、燃えながら崩落した。


「なんだこれ⁉︎」


 攻撃魔法か。あたしの二つ名は“魔女”らしいのに、そんなもん使える気もしない。

 遮蔽の陰に隠れて敵の姿を探してみたが、それらしい者は見当たらない。

 となれば離脱だ。上階にいたところで逃げ場を失うだけだしな。ブーツに履き替えてソールが低くなったので、引きずる長さのスカートで足元が危うい。両手でスカートを支えながら走るとか、さすがに戦闘中には無理だ。

 目についた部屋に入って室内を抜け、窓を開けて外に出た。手が掛けられる軒や庇を伝って階下に向かおうと思ったものの、バルコニーの外はフラットな外壁。地面までの高さは優に十五メートルはある。

 高所恐怖症ではないが、好んで死に急ぐ趣味もない。


「いたぞ、ピゅ!」


 隣の部屋の窓から覗いていた兵士の頭を、迷わずマカロフで吹き飛ばす。次に顔を出した兵士もだ。三人目からは、剣先を出して危険を確かめるようになった。

 その間に距離を開いて、バルコニー越しにふたつ隣の部屋まで移動する。


「ま」


 いきなり目の前に立ち塞がった兵士は“待て”とでも言おうとしたのだろうが、知らん。既に抜剣した兵士に、追われる側が譲歩する義理もない。

 甲冑の面頬を上げていた隙間に銃口を捩じ込み、一発だけ発射する。マカロフの弾頭が正面から撃ち抜くと、兵士は膝から崩れて前のめりに倒れた。


 もうドレスは限界だ。追っ手が息を潜めている隙に、“衣装の切り替えキャラカスタマイズ”を立ち上げて“上半身ジャケット”と“下半身パンツ”を黒の戦闘服BDUに切り替えた。“手袋類ハンドウェア”でタクティカルグローブを入手。これでロープ伝いに滑走ジップラインでも可能になれば良いんだけどな。

 バルコニーの先を見ると、鉄製の枠を使った空中庭園のようなものがあった。中央には女神か何かの巨大な彫像。それに絡んだつたが、地上まで優雅に伸びている。


「よしよしよし、誰が考えたかしらんけど、悪くない動線だ」


 身軽な格好に着替えたところで、バルコニーから飛んで鉄枠に乗り、蔦をつかんで懸垂下降ラペリングを行う。垂直方向に七、八メートル降りたところで、斜め下方へと交差した蔦が放射線状に広がっていた。

 ゲームデザイン的にはジップラインの流れなんだろうけど、表示はないし滑車になるような材料もない。


「探せ! 何があっても生かして城を出すな!」


 空中庭園のすぐ下で兵士たちが走り回っている。まだこちらに気付いていないが、このまま留まっていては見付かるのも時間の問題だ。しょうがないな、ここは割り切るしかないか。

 頭上に掲げたVz61サブマシンガンを滑車がわりにロープの上に置く。両手でホールドして度胸一発、蔦にぶら下がって高速で滑り始めた。揺れるし軋むし銃本体が摩擦で過熱し始めるしで、怖いなんてもんじゃない。地上に到達したときには叫び声を上げそうになった。


「いたか」


 振り向きざま衛兵らしき大男が、こちらと真正面から向き合う。こんなところにいきなり現れると思わなかったせいで、一瞬あたしが何者か脳が反応し切れなかったようだ。

 インベントリーから出した近接戦用装備メィレィのサバイバルナイフを喉に突き込む。


「げぽぷ」


 ピコン。


 自分の血で溺れる男を突き放して逃げようとしたあたしに、ドロップアイテムが入った。


 ピコン。


 そして、武器スロットの制限解除アンロック表示も。

 こういう報酬リワードって、血と死であがなってる実感を得るとなかなか素直に喜べないもんだ。シューティングゲームって、結局はいかに楽しく気持ちよく敵を殺せるかっていうデザインなわけだし。


 後味は悪いが、いまさらだ。ここまで来たら、この世界で血塗られた道を行くしかない。


「インゲル! 応答しろ!」

「その先です!」


 衛兵たちが点呼を取り始めたようだ。死体が見付かれば、あたしの殺し回ったルートが辿られる。出口に向かうしかないのだし、そうなれば火力が必須になる。

 インベントリーを開いて武器スロットの選択肢を見る。中長距離用装備プライマリーに、待望の主武装が登場だ。


 AR-18アサルトライフル。装弾数三十発で弾薬の所持可能数総数は三百発。

 う〜ん……あんまFPSゲームじゃ見覚えのない銃だな。持った感じは、しっかりしてるんだけど。鉄板を町工場で加工したような質感が不安を誘う。他に選択肢はない。ジップラインに使ったVz61は熱々で蔦の汁にまみれて変な匂いしてるし。甲冑相手に通用するのは、たぶんこのARしかない。


 セレクターをセミオートに合わせて、構えたまま物陰を移動する。こちらを視認していない単身の敵は、後ろからマカロフやサバイバルナイフで静かに殺す。そこでドロップした弾薬が未使用のアサルトライフル弾だったりすると、所持数上限超えオーバーフローで拾えないのが腹立たしい。銃撃戦の後に戻って来れる位置でもないとなれば、捨てるしかないのだ。


 城門に近付くにつれて、巡回してくる衛兵たちの数が増え始めた。もうそろそろ、発見されずに移動するのも限界だ。数十メートル先に見えている城門前には、完全武装の歩兵と騎兵と弓兵が百人以上も集まって陣形を組んでいた。


 ピコン。


 武器スロットの投擲用装備スロゥンで手榴弾と火炎瓶が制限解除アンロックされた。

 ここで大乱戦の開始ぱーりーたいむってやつか。もうチョイ装備が充実してから挑みたかったとこだけどな。仕事でも戦争でも恋愛でもそうだ。準備万端で始まることなんてない。

 あたしは大きく息を吸い、笑う。


ぶっとばしてファイアやるぜインザオラーホール!」


 一気に投擲した手榴弾と火炎瓶が、クソみたいな世界を赤々と燃え上がらせた。両手で構えたアサルトライフルを掃射しながら、生きてる実感とともにあたしは思う。


 楽しい夜は、これからだ。

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