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「なんなのよ、あの女!」
マギルスの部屋の隣。
セティが新しく与えられた部屋の中で、リザベルは忌々しそうに舌打ちした。
マギルスとセティは、ロデニウムの第二王子妃たちをもてなすために庭の四阿へ向かっている。茶会だそうだが、その席に自分が呼ばれなかったことにも腹が立つ。セティは呼ばれているのに。
思えば、セティの存在がいつもリザベルの邪魔をするのだ。
カドリア国の女子修道院に行儀習いに来ていたとき、近くの岸で運よくマギルスを見つけた。彼は意識を失っていたが、しばらくすると目を覚まし、助けてくれたのは君かと訊ねてきた。
どうやら昨夜の嵐で船が難破して、海に投げ出されてしまったらしい。
リザベルはチャンスと考え、心配そうな表情を作ると、死にかけていたマギルスを助けたのは自分だと嘘を吐いた。本当は、ただそばで目を覚ますのを待っていただけだが。
マギルスはまんまと騙されて、礼をしたいから名前を教えてほしいと言った。リザベルが名乗るついでにタルマーン国の第一王女であることを告げると、彼は驚き、それならば正式に城に招きたいと言い出した。
リザベルは内心でほくそ笑んだ。
リザベルは第一王女であるが、王の妾の子で、カドリア国の女子修道院に行儀習いに出されたのも、いわば体のいい厄介払いだった。下手をすればこのまま修道院で一生を過ごす羽目にもなりかねない状況に歯噛みしていた矢先の、幸運な出来事。これをみすみす逃す手はない。
マギルス王子は見た目も麗しいし、腰も低い。そして何より、この国の世継ぎの王子である。結婚相手としては申し分がないどころか、タルマーン国の国王や王妃、そして異母兄弟たちを見返すチャンスでもある。
リザベルはマギルスとともに城へ向かい、そして命を助けてくれたと感謝する彼の心につけこんでまんまと婚約までこぎつけた。
だがその矢先、突然目の前に現れたのが、セティという女だった。マギルスが言うにはセティは記憶喪失らしく、溺れたマギルスが流れ着いた岸辺に倒れていたらしい。これも軟化の縁だと、マギルスは記憶のないセティを侍女としてそばにおくことにして、まるで妹に接するかのように甲斐甲斐しく世話を焼きはじめたのだ。
リザベルも最初は、記憶のない女をただ憐れんでいるだけだろうと思っていた。けれども、結婚して数年がたったある日、リザベルは見てしまったのである。マギルスが、セティの姿を愛おしそうに見つめているのを。
あの時の屈辱と言ったらない。
正直、マギルスのことを愛しているかと訊かれたら、「どうでもいい」と答えるところだが、マギルスにないがしろにされるのは我慢ならない。
思えば昔からそうだった。タルマーンでも、妾腹の王女というだけで軽んじられて、ほかの妹や兄弟たちは広く大きな部屋を与えられて、何でも好きなものが買い与えられたというのに、リザベルは彼らより小さい部屋で、彼らよりも贅沢は許されなかった。
リザベルは第一王女である。兄はともかく、妹や弟たちよりも下に扱われるのは我慢ならない。父王だって、明らかに妹たちを贔屓している。本来、第一王女であるリザベルが一番注目されて大切にされるべき存在だろう?
マギルスと結婚して、ようやく王太子の妃という身分を手に入れ、皆にかしずかれるようになったというのに、今度は侍女風情が邪魔をする。
「せっかく、命だけは取らないでいてやったのに」
リザベルはセティを糾弾できる何かはないかと、部屋をあさりながら奥歯をかみしめる。
セティの部屋はほとんどものがなく、シンプルなドレスやベッド、数冊の本くらいしか見当たらない。
マギルスにいくら可愛がられても、ドレスも宝石もろくに買い与えられていないのだと思うと、リザベルは多少留飲の下がる思いだった。だが――
「……なにこれ」
何気なく開けた、ベッドサイドにある棚の引き出し。
そこにあったものに、リザベルの眉がぐっと寄る。
それは一本の短剣だった。柄も鞘も様々な宝石で装飾されていることから、観賞用として作られた飾り剣だろう。それにしても、上等な宝石がすごくたくさんついている。
リザベルは短剣を握り締めて歯噛みした。
セティがこんな高価なものを持っているはずがない。間違いなく、マギルスが彼女に与えたものだ。
「わたくしがもらったことのあるどの宝石よりも高価だわ……!」
許せない。
侍女の分際で、妃であるリザベルよりも価値のあるものを贈られているなんて、許せるはずがなかった。
「あの女にこれはもったいないわ。これはわたくしのものよ」
リザベルはこの国の王太子妃。リザベルが自分のものだと言えば自分のものだ。
リザベルは部屋の壁を一度蹴りつけた後で、短剣を持ったままセティの部屋を後にした。
宝石がたくさんついているからか、短剣はずしりと重い。
(それにしても、あの女、どうしてくれようかしら……?)
セティが高熱で寝込んでからというもの、マギルスは以前にもまして過保護になって、彼女の身辺に気を遣っている。「以前のように」簡単には行かないだろう。
リザベルは少し考えて、それからニヤリと笑った。
(あら、ちょうどいい人たちがいるんだったわ)
リザベルは一転して笑顔になると、鼻歌を歌いながら自分の部屋へと戻って行った。
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