エピローグ

 レヴィローズの国の時は、エレナが茨の種を破壊したことで再び動き出した。

 目が覚めたら突然三年もの時がすぎていたことに人々は驚いたが、やがてその戸惑いも落ち着いて、レヴィローズの人々はゆっくりと、だが確実に元の生活に戻っていった。

 ソアリス姫が目を覚ましたのを見たサンドラードは、土下座する勢いでエレナへ感謝の意を伝えて、エレナたちは帰途につく前にレヴィローズの国王夫妻から盛大なもてなしを受けた。


「あなたのことは知っているのよ」


 すっかり美しさを取り戻したレヴィローズの城の庭で、エレナは王妃に誘われてお茶を飲んでいた。

 止まっていた時が再び動きはじめたとはいえ、三年もの時間が止まっていたレヴィローズの国王と王妃は忙しいのに、どうしてもエレナと話がしたいと、わざわざ時間を作ってくれたのだ。


「ふふ、あなたは赤ちゃんだったから覚えていないでしょうけど、わたくし、あなたを抱っこしたことがあるのよ。娘にかけられた呪いをどうにかするために、シフォレーヌはわざわざ大きなお腹で駆けつけてくれて――、シフォレーヌが到着して一週間後のことだったわ。夜中に産気づいてね、あなたはこの城で生まれたのよ」


 王妃はそれがつい先日のことだったかのように語った。王妃とエレナの母シフォレーヌは仲の良い友人同士だったそうだ。


「シフォレーヌは優しくて親切で、とても素敵な女性だったわ。あんなに早くに逝ってしまうなんて思わなかった。あなたが大きくなったら遊びに来てくれるって言っていたのに、その約束はかなわなかったわね……」


 王妃はエレナの手を握り締めた。


「シフォレーヌだけではなく、娘のあなたにまで、この国のことで――ソアリスのことで、本当に迷惑をかけてしまったわ。ごめんなさいね。そして、わたくしたちを助けてくれてありがとう」

「そんな、わたしは何も……」

「ふふ、そういう謙虚なところはシフォレーヌそっくりね」


 王妃は微笑んで、それから後ろに控えていた侍女から一つの箱を受け取ってテーブルの上においた。


「本当ならば結婚式をする予定だったんですってね。わたくしたちのせいで延期にさせてしまってごめんなさい。お詫びと言ってはなんだけど、これを。サムシング・オールドはすでにあると聞いたから、わたくしからはサムシング・ブルーをおくるわ」


 王妃がそう言って箱を開けると、大きなサファイアの輝くティアラがあらわれた。


「ソアリスは結婚式に、あの子のおばあさまのティアラを使うの。このティアラはわたくしが結婚式の時につけたものだけど、わたくしの娘はソアリスしかいないから、あなたにもらってほしいわ。受け取ってもらえるかしら?」

「でも、こんな高価なもの……」

「お詫びだと言ったでしょ? お願いよ、わたくしの気がすまないの」


 王妃に強引に手渡されて、エレナはティアラを手に取った。


「そのサファイア、あなたの目と同じ色ね。よく似合うと思うわ」


 王妃はそう言って、満足そうにうなずいた。






 それから三日後。

 エレナとユーリたちはロデニウムの離宮に向けて出立した。帰途には二か月半がかかり、到着するころにはすっかり秋の装いになっているだろう。

 結婚式は、ロデニウムに帰って改めて日を設定することになっているが、ジュリアが一足早くに鳩を飛ばして、ロデニウムの離宮で待つマルクスに連絡を入れてくれたから、帰るまでにあらかたの準備を終えてくれるだろう。


「言っておくが、帰ってからまた二週間待てと言われたら俺は怒るからな!」


 ユーリは結婚式前の二週間、エレナと寝室を別にされたことをいまだに不満に思っているらしい。


「はあ、忠犬かと思ったけど、待てもできない駄犬だったのね」


 そのあと、ジュリアがそんなことを言って鼻で笑ったせいで、ユーリが怒ってしばらく馬車の中は大騒ぎになってしまった。


「まあまあ、落ち着きなって。せっかくだし、この二か月半、婚前旅行だと思って楽しんだらどう?」


 見かねたライザックが御者台とつながっている窓から顔を覗けて言うと、ユーリは途端に機嫌がよくなった。


「なるほど、婚前旅行か。悪くないな。ライザック、できるだけ観光できそうなところを経由しろ」

「はいはい。任せといて」

「エレナ、見たいものがあれば言えよ。どうせだから行きたいところを全部回って帰るぞ」


 エレナはぱあっと顔を輝かせた。

 結婚式は予定よりも遅くなってしまったが、ユーリと旅行ができるのは楽しい。レヴィローズにつくまでは心細かったが、帰り道はユーリが一緒だからだろうか、馬車の窓から見える景色も違って見える。

 ジュリアがしょうがないわねと笑って、鳩を使って離宮で待つマルクスにゆっくりと観光しながら帰ることを伝えてくれると言った。


「ここから一番近いのは、アレグライトの鍾乳洞と、竜の滝かな」

「よし、ではそこに向かうぞ!」

「りょ~か~い」


 ライザックが笑いながら手綱を引き、道を右に曲がる。


「エレナ、滝の次はどこに行きたい?」


 アレグライトの地図を取り出したユーリがエレナの肩を抱き寄せる。

 ジュリアが馬車の窓を開けて術で生み出した鳩を飛ばして――

 エレナは、真っ青な空の下を横切っていく白い鳩を目で追いながら、これからの旅行に思いをはせた。

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