第1章アーサー王伝説
第1話 入団式
バリテン王国の王城の一角に存在する訓練場で、それは行われていた。
「それではアーサー、前へ」
「は、はい!」
騎士団長に言われ、アーサーは返事をして、直立不動の姿勢で立ち並ぶ騎士たちの前へアーサーは進みでる。
数多の視線が彼女一人に集中した。視線に乗る感情は期待と疑問の半々といった所か。
基本的に新米騎士が入ってくるのは1年に一回ある試験のある月だけであるが、例外として部隊の隊長が有望な者をスカウトしてくる時がある。
もちろんアーサーは例外のスカウト枠、しかも滅多に表に出てこないような諜報部の部隊長自ら連れてきて、その上彼女は優秀だ、と太鼓判を押したほどである。
尤も諜報部自体あまり表舞台に出てくるような部隊でないため、その隊長がいくら彼女を称賛したところであまり実感が湧かないという者も多い。
ごくりっと彼女は唾を飲んだ。これだけの人間の視線にさらされるのは生まれて初めての経験だった。心臓は高揚と緊張でうるさいほど高鳴っている。
緊張から出た汗が一筋額から流れ、顎を滴り、重力に沿って地面に落ちた。
ここから自分の騎士道は始まっていくのだ。
アーサーは気を引き締める。
話さなければならない。自分が何を抱き、何を成したいのか。かつては誰に言っても笑われ、否定されたそれを。
だがどう話せばいいのだろう?
アーサーは途方に暮れた。
悲しい事にひたすら鍛錬に打ち込んできた彼女はお世辞にも対人能力が高いとは言えなかった。
だから何を言えばいいのか点でわからなかった。大勢の前で話したことが無い事や、緊張がそれをさらに助長させた。
『自己紹介ってぇのはこれからの印象を決めるモンだからチョー大事。誰からも認められるような騎士を目指すのなら猶の事だ。精々しくじらないようにな、小さな騎士さん』
彼女の脳裏に、別れ際にチユキに言われたことが不意に閃いた。
それが呼び水となって、彼女の主観時間は停止し、記憶が逆行を始めた。
王都についた後、彼女たちはまず怪我人を引き渡すためにギルドへと向かった。
ギルドには予期せぬ事態で怪我を負った場合格安で、支払うことが出来ぬ場合は無料で治療を行ってくれるサービスがある。押し付けるにはちょうどいい。
初めはギルド職員とハンターの少女となんだか得体の知れない変なメガネの3人組に注目が集まったが、担がれているのがハンターだと知ると、すぐに注意は逸れていった。
ハンターをやっていれば多かれ少なかれ怪我を負う。チユキの服装がギルド職員のままなのが幸いして、これをただの依頼の一環だと誤認してくれたのだろう。
チユキたちは意識を取り戻したハンターの一人に礼を言うと、改めて王城へと向かった。
そこで彼女は推薦での入団について知り、入団手続きやチユキの事を国王やらなんやらに紹介しなければならなかったので、騎士団への顔合わせは1週間後になった。
『思ったより時間がかかったな。…おめー仮にもこの国を守る軍団の長の一角だろーが。手続きやらなんやらくらい部下にでもやらせとけ』
『生憎ですが
『ハッ!人気の無い所が人材不足なのはどこも同じだな!(怒)』
『えぇ全くその通りです(怒)』
そう言ってチユキとアグラヴェインはお互い笑っていたが、目が全く笑っておらず、アーサーは少しだけ恐怖を覚えた。
ひとしきり笑い終え、また雑談を始める二人の背中をぼんやりと眺めながら、アーサーはこの後にある騎士団への顔合わせの事を思い、不安げに顔を俯かせた。
騎士団に入る事。その夢がついに叶った。それは素直にうれしい。
だが結局のとこそれは通過点にすぎず、最終的な目標である誰からも認められるような騎士になるには功績を立てなければならない。それも生半可な物ではだめだ。
自分にそんな大それたことが出来るのだろうか?それ以前に騎士団には馴染めるだろうか?友人は出来るだろうか?
騎士になりたい。騎士団に入りたいとずっと思っていたが、実のところもし入れたとしても何年も先の話だと思っていた。そう思っていた矢先に、紆余曲折ありながらもとんとん拍子で騎士団入りを果たすことが出来た。出来てしまった。
本来なら入団試験のために勉強や訓練をしなければならないし、そしてその過程で入った後の自らのキャリアについて考えているはずなのだ。
しかし彼女はその過程をすっ飛ばしてしまった。心構えが出来ていない状態でここにきてしまった。
夢に向かって前進できた嬉しさと、これから先の事を憂う気持ちがせめぎ合い、今アーサーの心は揺れに揺れていた。
『おい』
と物思いに沈んでいた所、不意にチユキから声を掛けられ、アーサーはびくりと身を震わせて物思いから覚めた。
『な、何だよ?』
『ふん、どうせ入った後の事でも考えてたんだろ』
『んなっ!?』
考えていたことをズバリと当てられ、アーサーは素っ頓狂な声を出した。
『図星か?ったくどいつもこいつも!』
そう吐き捨てると、チユキはぷりぷりと怒りながら捲し立てた。
『新卒共はいつもそうだ!自分の偏見や憧れだけで就職先を決めて、入ったら入ったで俺がしたかったのはこうじゃ無いとかぬかしやがって!』
チユキは手を振り回しながら声を荒げて喚き散した。
『信じられるか!?入ってくる若手共は面接のときに決まってハンターを支援したくってこの職を希望しました、とかほざくんだ!で、そういうのに限って2,3日後には辞表持ってこう言うんだ!『俺はハンターの支援がしたくってここに入ったんだ、書類仕事がしたくって入ったんじゃない!』てな!俺が言いたい事がわかるか!?』
凄まじい眼光で睨まれ、身が竦んで口も開けないアーサーは、小動物のように震えながら首を横に振った。それで更にチユキは沸騰した。
『テメ―らの糞みたいな憧れなんざ知るかッ!ギルドの仕事は一に書類、二に書類、三四が書類で五が書類だァ!!!』
チユキは鋼色の瞳を爛々と輝かせ、アーサーに指を突きつけた。
『どうせお前そうなんだろ?えぇ?何も考えてなかったんだろ?俺には先刻お見通しよ』
『うぅ…』
グサリグサリと言葉の刃で切り付けられ、しょんぼりと顔を俯かせたアーサーにチユキは構わず喚き散らし、見かねたアグラヴェインに宥められ、チユキはようやく落ち着きを取り戻した。
『ケッ!』
『どうどう…しかしアーサーさん大丈夫ですかね?もし無理そうなら別に今日と言わずまた後日でもいいのですよ?』
アグラヴェインの言葉に口を開きかけたアーサーだが、それよりも早くチユキは言った。
『心配いらんだろ。こいつ表面上はこんなザマだが、芯の方は何一つ揺らいで無ぇ。だからほっといてもなーんの問題も無い』
チユキは言い切ると、アーサーの目をじっと見つめた。言葉の通り、鋼鉄の瞳はただそれが真実であるとでも言う様に何の揺らぎも無い。
先ほどの荒れ具合が嘘の様だ。アーサーは瞳を見返しながらそう思った。
『なんでそんな言いきれるんですか?』
『こいつに憑りついてからというもの、色々見えるようになったんだ。魂とか精神とか、そういったものがな。多分、他者の魂に直接触れたからじゃないかな?』
『それは初耳ですね』
『初めて言ったからな』
そう言ってチユキは肩を竦めた。
『良いかアーサー、今お前が思う事は未来への懸念じゃなくて、過去に抱いていた思いさ』
『抱いていた…思い?』
『お前は父親がくたばった時の約束がもうただの約束じゃなくなってることに気づいてるよな?』
どうしてそんな事を知っているのか、とは聞かなかった。アーサーは目を見開き、頷いた。
『なら良い。お前はただ連中に夢を語って聞かせてやれば良い。幼いころの漠然とした憧れはお前の積み重ねが形を与え、今では確かな輝きを放ってるんだ』
チユキは不敵な笑みを浮かべた。
『お前はもっと自信を持っていい。思いを吐き出せ。それで十分さ』
その言葉を最後に記憶の再生は止まり、彼女の世界は再び時を刻み始めた。
「私は」
それを頭が認識するよりも早く、アーサーは口を開いていた。
「私は幼少の頃から騎士に憧れていた。普通それ位の年頃ならお姫様とか、魔法使いとかを夢見るのだろうが、私の父が騎士だったから、それに影響されたのだとは私は思っている」
語りと共に、アーサーの輪郭が薄っすらと光を帯び始めた。
「漠然とした憧れは父の死と共に明確に目標となった。しかし、どれだけ鍛錬しようが、どれだけ学ぼうが、なかなかうまい具合に成長できないまま今日まで生きてきた」
先ほどの緊張が嘘のように流暢に、滑らかに口は動き続ける。その事実に、アーサーは自分でも驚いた。いつの間にかざわめきが止んでおり、騎士たちは彼女の語りに耳を澄ます。
「伸び悩む実力、夢を離しても誰にも認められないというもどかしさに、胸中に諦めの言葉が沸き上がったのは一度や二度ではない」
かつて抱いた絶望を思い出し、アーサーは胸の無意識に前で握りしめていた拳を見つめた。
「だがそんな私の絶望は一振りの剣によって真っ二つに切り裂かれた」
アーサーは俯いていた顔を上げた。その瞳には黄金の光が宿っていた。それに伴い、か輪郭の輝きはどんどん強くなってゆく。騎士たちは彼女の発する輝きに見せられ、そこかしこで感嘆のため息が聞こえる。
「運が良かった。そう言われても仕方がない。誰しもが自分の才能を開花できるわけではないからだ。だが私はこれを運命だと思った」
アーサーは握りしめていた拳を開いた。その掌に黄金の光が集まり、凝縮され、青の装飾の施された黄金に輝く一振りの長剣が作り出された。生成された聖剣に騎士たちは目を見開き、どよめいた。
「そういう経緯があって、私はここに立っている。今の話を聞いて、きっと貴方たちはこう思ったことだろう、たまたま力を手に入れた小娘が本当に役に立つのか?と」
彼女の言葉に、何を馬鹿な事を!
彼らの思いを知ってか知らずか、アーサーは続ける。
「故に、私はこの剣に誓おう」
アーサーは黄金の光に輝く聖剣を高々と掲げ、高らかに謳いあげる。彼女の思いに呼応して、聖剣の光はなお強まり、まるで神からの啓示の如く訓練場を染め上げた。
「例え目指す先が茨の道であろうと、どのような障害が現れようと、私は歩みを止めないと!この剣に恥じない活躍をして見せると!」
誓いを立てる彼女の姿は神々しく、まるで物語に出てくる英雄のようで。騎士たちはかつて親にせがんで何度も聞かせてもらった、騎士王伝説に出てくる騎士王の姿をアーサーに見出していた。
不意に彼らは悟った。彼女はきっと現国王を打倒し、新たなる王になるだろうと。そう確信できるだけのものが、アーサーにはあった。
黄金の輝きに照らされた騎士たちは、いつか来るであろうその時にを夢見て、心の中でそっと決意を固める。
掲げていた剣を下げ、再び正面に向き直ったアーサーは自分に向けられる視線が変わった事に気がついた。
それはかつて自分が父に向けていたものと同じ視線だった。
私よりも経験豊富な騎士たちが、私に憧れを感じてくれている。
嬉しさと気恥ずかしさ、それと僅かばかりの重圧が胸の内に込み上げてくるのが分かる。興奮で頬が赤くなるのを止められない。
にやつく口元を隠すように、アーサーは一礼した。瞬間、万雷の拍手が彼女を包み込み、それでまたにやつきを抑えねばならなくなり、アーサーはなかなか頭を上げられなかった。
それから騎士団長の言葉によってアーサーの入団式はお開きとなった。
今まで誰からも理解の得られなかった夢を、こんなにたくさんの人から肯定され、期待された。
アーサーはかつてないほどの充足感を胸に、あてがわれた寮の備え付けられているベッドに飛び込んだ。
明日から本格的に騎士としての訓練が始まる。
こんなにも明日が待ち遠しいと思ったのはいつぶりだろうか?それもこれも、己の力を引き出してくれたあの人のおかげだ。
明日になったら、まずはあの人にお礼を言おう。
アーサーは明日への期待を胸に、眠りについた。
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