愛情の形~秋の味覚~
紀伊谷 棚葉
愛情の形~秋の味覚~
「誰かの為に行動するって事は、愛情が無いと出来ないと思うんだよ」
手の指を真っ黒にしながら天津甘栗を剥いている夫が、ふとそんなことを言った。
濡れた白のテーブル拭きで指を拭っているが、ひどく汚れるから正直やめてほしい。
「どうしたの急に、柿食べたいの?」
私は実家からもらってきた種なし柿を剥きながらその少し恥ずかしい問いかけに答えた。
りんごのようにきれいに皮を繋げるようにして剥いていく、昔から皮付きの果物はこう剥かないとむずがゆい。途中で切れるとさらにむずがゆいから、たまらないしやめられない。
「剥いて、くれたら、食うよ」
栗の皮に爪を立てるのに必死な夫はどこか幼く見える。
「もう剥き終わったよ」
ガラスの容器にひと口大に切った柿を盛り、つまようじを刺して夫に差し出した。
「サンキュ」
夫はテーブル拭きでしつこく指を拭い、柿に手を伸ばしながら感謝の言葉を述べる。
「『ありがとう』でしょ」
夫のたまにでる軽い言い回しが癪に障るのと、ますます汚れるテーブル拭きに少し語尾が強くなった。あとで漂白させよう、その指もふやけるまで洗えばキレイになることだろう。
「そういえばさっきの質問?だけど、これもひとつの愛情じゃないかしら。剥いてあげたじゃない、柿」
漂白剤の場所を思い出しながら、先程の夫の問いかけを聞き返す。ささいな夫婦の会話を繋げる良き妻だな、私は。
「それはちょっと違うんだよなぁ。あと、この柿もうちょっと置いといたほうが美味しかったよ。熟れが足りない」
口の中でシャリシャリと音を立てながら夫は文句以上命令以下のセリフを言う。
なんだこいつは。
「なんでよ、そんなこと言うなら食べないでよね!」
夫の噛んでいるつまようじをひったくろうとしたが、首をひねってかわされる。変な動きに少し笑ってしまうのが悔しい。
「これ、最初にお前が食べたくて剥いたんだろ?俺にはついでってこと。だから、そんな後付けの行動は愛情とは言えないんだよ。」
「なにそれ、そんなこと言うならもう柿あげないから」
私は柿の入った器をひっこめようと手を伸ばす。もうこの柿はすべてわたしのものだ。
「わりぃわりぃ言い過ぎたよ、熟れてなくてもいいよ、食感がいい、食感が」
少し焦りながら夫は私の伸ばした手をそっと押し戻した。
「『ごめんなさい』でしょ」
夫の手を払いながらフンと首を横に向ける。しょうもないことでイライラするのが私の悪い癖だと夫によく言われるが、イライラさせるこいつもこいつだ。
「ごめんごめん、お詫びと言ってはなんだけど、さっき言ってた『愛情』ってのを見せるから!許して!」
夫は少し黒の取れた手を合わせて謝罪のポーズをとる。ごめんは一回でいい。
「ふーん、じゃあ見せてよ。ちなみに後片付けはもう終わってるけど」
夫の行動を先回りして言ったつもりだが、どうやら違うらしい。夫は甘栗を剥いていたちゃぶ台の隅にある小皿を私の前に見せた。そこには皮のむけたキレイな形の甘栗が小さな山になって積まれていた。
「これが誰かの為に行動した『愛情の形』ってやつだよ」
どうやら形の汚いものや焦げた甘栗は夫が食べ、キレイなものを私用に残していたらしい。満面のドヤ顔を見せつける夫。…なんだこいつは。
「ふふ、ありがとう」
思わず笑ってしまった。面白い夫だなまったく。
「さてと、栗の皮捨ててこよ。あと布巾も漂白だ、次からはウェットティッシュいるな。こんなに汚れるとは思わなかった」
「ウェットティッシュならキッチンの上の棚にあるよ」
私は漂白剤も入っている棚を指差しながら夫と一緒に立ち上がった。
次からは『あなたも柿、食べる?』って聞いてみようと思いながら。
愛情の形~秋の味覚~ 紀伊谷 棚葉 @kiidani
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