大罪の遺品
鹽夜亮
プロローグ 自由
地獄。…
とあるホームセンターの一角、怒号と叫び声に包まれながら、血の流れる腕も気にせず、呆然と穴山黒羽は目の前の光景を眺めていた。頭から血を吹き出し、死にかけて痙攣する友人が見える。母は既に目の前で撃ち殺された。女友達は男達に服を剥がれている。
「おい、クソガキ。なんだ、助けもしねぇのか」
薬でもやっているのだろう。黒羽はその眼を見てそう思った。男は、ニヤニヤとしながら銃で女友達を指し示している。
「はっ。情けねぇなぁ。まぁお前は後でしっかり殺してやるよ。ママのとこにいきな。残念ながらあの嬢ちゃんはもう少しかかるかもな」
金切り声が響いている。目の前の光景が現実なのか判別がつかない。男達の隙間から女友達の肌が見えた。美しいと思った。…
「殺せ」
金切り声の奥、気怠げな小声が血生臭い空気を動かしたことを、黒羽の鼓膜はしっかりと捉えた。それが何かはわからなかった。声の後に飛び込んで来たのは、さらなる暴虐の嵐だった。
少し経つと、血の匂いはより濃厚さを増していた。生きているのは六人しかいなかった。全て死んだ。それしかわからなかった。それで良いと思った。何も感情が湧かなかった。
「ねーさん、こいつはどうすんの?」
黒羽の額に銃が突きつけられる。何も感じない。撃つならば、撃てばいい。全て死んだのだから。
「そこのもぬけの殻?何も持ってないでしょ、どうせ」
『ねーさん』と呼びかけられた女性が、血の海を悠々と、まるで観衆の中を歩くかのように鷹揚とした様子で黒羽に歩み寄る。顔を覗き込まれて、黒羽はその瞳の異様な美しさに息をのんだ。澄み切った冬の夜空を連想させる、青みがかった黒色は、どこまでも底が見えない。吸い込まれてしまいそうだと、ただ呆けてそれを見つめた。
「ねぇ。あんたなんか持ってる?あーほら、食べ物とかなんか高価なものとか、武器とか。……まぁ何もないよね。抵抗もしてなかったし。…で、あんた全部失ったみたいだけど、どうする?このまま死ぬ?別に私はどっちでも構わないよ」
「………僕は…」
黒羽は自分の声が、あまりに平坦なことに驚いた。これは自分の声ではない。違う。こんなに、僕は「何もない」人間じゃない。僕は違う。これは僕ではない。僕には、そう、家族も友人も………。
「もう、…なにもない…」
「現状認識できてえらいえらーい。…そう、あんたはもう何も持ってない。死んでも誰も悲しまない。生きても誰も喜ばない」
冬の夜風のように冷たい声の後、美しい瞳が正面から近づき、そして視界の外へ逸れていく。左耳に温かな息遣いを感じる。脳に染み込むように、生暖かい。鼻腔では血と、女性の甘い香水の匂いが不思議に調和している。
「だから、あんたは今、今までで一番自由だよ」
「ねぇ、どうする?」
黒羽は、その時感情の爆発を見た。一瞬間、あらゆる思考も人格も、何もかもが消え去った地平を見た。そこにはただ憤怒しかなかった。
「何もかも殺してしまいたい」とだけ思った。理由などなかった。純粋無垢な、あまりに悪魔的な感情の爆発は、瞬く間に氷結した。
「貴女達の、仲間になることはできますか?」
ああ、僕は。何もかも。そう、何もかも。
ただ殺してしまうことにしよう。
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