北陸宮、御乱行
よろしくま・ぺこり
第1話 冷成十三年北陸大震災
冷成十三年二月十三日午後二時四十八分に富山湾沿岸を震源として発生した震度九の未曾有の大地震は、遠く離れた首都圏や九州、北海道まで強い揺れを感じるという前代未聞のものであった。さらに、地震発生、三時間後に出現した大津波は最高四十メートルの高さとも言われるもので、普段でも荒っぽい日本海は凶悪な怪獣となり、北陸地方沿岸に襲いかかった。突然の出来事に、多くの人々は避難もままならず、多数の方々が津波の餌食となり、海に引き摺り込まれ、生命を落としていった。死者・行方不明者十万八百六十四名。世界でも稀にみる震災被害者で、そのほとんどが津波にさらわれたものとされる。
同日四時、政府は『災害対策特別委員会』を設置し、阿呆内閣総理大臣(当時)が委員長となり、同四時三十分、第一回会合が開かれ、今回の大震災を『泠成十三年北陸大震災』と命名し、即時に激甚災害に認定した。同時に、各自衛隊、三万人の派遣も即座に決まり、各自衛隊幕僚長に命令が下った。
二月の北陸地方の寒さは筆舌に尽くし難い。特に津波を被ってしまった人々はそのままでは凍死してしまう。瓦礫を燃やした焚き火があちこちで見られたが、中にはそれが火災になってしまい、死傷者が出るという、ある種の地獄絵巻となっていた。
「神は時に我々を弄ぶ。小指一つ動かせば、多くの人々が生命を落とす」
一人の僧侶が呟くと、
「じゃあ、仏はなんで我々を助けてくれないんだよ!」
荒ぶった男の怒声が鳴った。
「それがわかれば、拙僧は即神仏になれるよ」
僧侶が嘆いた。
自然災害には誰も争うことはできない。文明がいくら発展しても、完全に自然の怒りを事前に予知することなどできない。しかし、我ら人類は不屈の精神で、必ず甦る。家族を友人を恋人を、時には溺愛していたペットを亡くして、呆然と打ちひしがれても、残されたものは生きていかなければならない。そう、生きることこそが人類の唯一の使命なのだ。
その日の夜には、陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊の三万が現地入りし、行方不明者の捜索と、被災者への食料、水の配布、仮設住宅の建設が始まったが、部隊長から災害対策特別委員会に、あまりに広範囲な被害状況から三万の自衛隊員では足りないと報告があり、追加で五万人の自衛隊員派遣が決まった。
その間も大きな余震が続き、被災された人々は恐怖に慄いた。
ただでさえ荒い冬の日本海だ。津波に引き摺り込まれた人々の捜索は難航した。津波で生命を落とす原因のトップは溺死なのだが、その前に一緒に流れてくる瓦礫などに頭をぶつけて、失神して溺死に及ぶのだ。
海には海上自衛隊の巡洋艦のほか、津波で幸運にも破壊されなかった漁船が出ていた。残念だが、今年は寒鰤もホタルイカも食べられなさそうだ。
「おい、誰かいるぞ!」
船頭の一人が叫ぶ。
慌てて、自衛隊員がゴムボートに乗って人影らしきものの元へ行く。
『こちら、海上の阿南海曹。『隼鷹』へ連絡。若い女性を救出。心臓鼓動、呼吸あり、体温低下。着物着用で、袖に空気が入り浮かんでいた模様。大至急、ドクターヘリを要請します』
「ウォー!」
奇跡的な生存者の発見に悲劇の海が湧いた。
この女性はのちに、高級旅館『海ほたる亭』の女中、小篠淳子・二十三歳とわかった。ドクターヘリで富山光病院に運ばれ、治療の甲斐あって、奇跡的に意識を回復した。
救われた生命。だが、この女性がこれから起こる悲喜劇の水中花になるのである。
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