メスガキ・メタル・サイキック
イビキ
序章
第1話 「辞めちゃうなら、アタシんとこ来ないっスか?」
『――K、Oッ! 決まったァー、シンドウ選手の勝利です』
仰向けに倒れて動作不能になった俺をよそに、実況の絶叫が響き渡る。
俺を叩きのめした対戦相手は、近くまで来て何か言いたげに口を開いた。
だが、それを聞き取る前にお互いログアウト処理が起こってしまい、俺の意識は仮想世界を離れる――。
何を言おうとしたのか、聞き取ることは出来なかったが、互いの健闘を称える言葉を用意していたわけではないだろう。
切断処理中に視界がブラックアウトしていても、間際に相手の見せた俺を見下す表情が頭からなかなか離れない。
『……ですね。 カゲヤマ選手も要所要所上手く防いでいましたが、終わってみるとシンドウ選手が始終圧倒する形で終わってしまいましたね』
ドーム会場に反響する歓声と、試合を総括したマイク音声を耳にして、俺はリアルへの復帰を認識した。
VRヘッドセットを外すと、額でせき止められていた汗が一気に顔面へ流れ落ちてくる。
俺はまるで雨に打たれたように発汗していた。
だが都合がいい、これで悔し涙を誤魔化せる。
『確かにシンドウ選手の動きは流石だったけど、今日のカゲヤマ君はちょっとね。 粘り強さが彼の持ち味の筈なのに、ラウンドの後半に早い段階で癖が出ちゃってたかな。 リアルスポーツじゃないし、このゲームは疲労蓄積のパラメーターが設定されていない筈だから、気持ちの面の問題じゃないかなー』
座席から覗くモニターに映る小太りの男、見知った解説担当者が訳知り顔で俺について語っている。
しかし指摘されている内容は俺を正しく分析していた。
いつもこうだ。
ここから先に勝機が見えそうだと思ったところで、俺は急に体が重くなるのだ。
『それでは、惜しくも敗れてしまいましたカゲヤマ選手の退場になります。 シンドウ選手には席を替えていただき、引き続き次の試合までここで待機を――』
スタッフに促され、俺は座席から立ち上がると舞台そでへ退出する。
尻目に映った観客席の視線はもはや俺になど目もくれず、この大会の主役へと注がれていた。
通路へ出ると、裏で応援してくれていたチームメイト達が一斉に駆け、寄り添ってくれる。
俺は溢れてくる涙を隠すために、汗を拭くふりをして顔を伏せた。
「いやぁカゲさん、惜しかったよ! 1ラウンド目はほぼ互角だったじゃん」
「相手はあの優勝候補だ、それにここまで
「見ごたえあって面白かったよ。 解説の人はああ言ってたけど、決勝戦かよ、ってくらい会場盛り上がってるし。 お仕事お疲れ様ぁ!」
みんな一様に励ましてくれる。
でも、とてもじゃないが素直にそれを聞けるような心境になれない。
腕で壁を作るようにして彼らから退くと、脇に進路を変えた。
「ごめん、ちょっと便所行ってくるわ。 ほんとごめん」
負けた直後とはいえ、労ってくれる仲間に対してあんまりな対応をしてしまっただろうか。
にもかかわらず彼らは察して、それ以上何も言わずに俺を解放してくれた。
しかし、それを許さんとばかりに回り込んで、俺へ立ちふさがる小さな影が一人。
「ちょっとアンタ、どういうつもりよ! 途中で試合投げたでしょ」
――なっ。
とんでもない言いがかりだ、と顔を上げると、それはさっきまで相対していたその人だった。
シンドウという年端も行かない少女。
華やかなルックスとそれに負けない実力が人気を呼び、幼いながら電子競技プロゲーマーの地位を得た、今や次世代のけん引役を期待されている選手だ。
実際、先ほど闘って評判以上の力を思い知らされた訳だが。
安定した姿勢制御、それを維持したうえでの速さ、速いうえでのターゲットへの正確性。
ここに実戦回数をさらに重ねて経験が加われば、将来誰の手にも負えないプレイヤーになるのは間違いないだろう。
確かにそんな子に初戦で当たったのは運が悪かったのかもしれない。
それに、彼女の人気にはもう一つ理由があった。
「最初は手応えあったから期待したのに、ホント、損した。 後半のあれはな何なのよ! えぇ……アンタもしかして泣いてんの? はぁ、あんな手抜きしといてよく泣けるわね。 プロなら本気でやってる人に失礼だと思わないワケ?」
彼女の歯に衣着せぬ言動は、子供だから許されているという面もあったが、コアなファンの心を捉えている。
そして、その矛先を向けられてしまったのは、本当に運が悪かったと思う。
一方的な思い違いをまくし立てられてしまった。
でも、彼女がそう思い込むのも無理は無いのかもしれない。
後でリプレイでも確認すれば、俺が途中からわざとかと思えるくらい酷い動きをしていたのは一目瞭然だろうから。
そう自覚出来てしまうほど、今日はとりわけ失速ぶりが酷かった。
しかし、俺だってやろうと思ってああなった訳ではない。
これが俺の実力で、理想に手が届かないもどかしさが悔しくて、涙が出るのだ。
せめて最後まで勝負を諦めたつもりが無いことだけは伝えようと、涙混じりの目でシンドウの目を見つめる。
彼女はたじろいで一歩下がり、それで俺は彼女が息を切らせ肩を上下させているのに気付いた。
待機するように言われていたステージを走って抜け出してまで、わざわざ俺に文句を言いに来たのではないか。
やり方に問題はあるが、これは彼女なりのゲームに対しての誠意なのだろう。
ならば俺も真摯に返事を返そうと、言葉を探す。
だが、そのタイミングで近くにいた大会スタッフたちが介入してきた。
勝者が敗者に食ってかかっている状況を確認して、場を収めようと考えたのか、俺たちの間に割って入っろうとする。
それと同時に俺の弁明の機会も阻まれることになり、俺たちには距離が生まれた。
視野が広がり、周りの反応に気付く。
傍から見れば、俺は子供に泣かされる大人に見えている事だろう。
それでスタッフに守ってもらったような構図は、離れたところにいたチームメイトにさえも唖然とした表情を作らせていた。
俺は急に自分が情けなくなり、結局シンドウに何も言葉を返せずに、足早にその場を立ち去った。
「ちょっと! 待ちなさいよ何か言ったらどうなのよ! アンタたちどきなさいよっ、もうっ! この雑魚! 逃げるなクソ雑魚ぉ!」
フルダイブ型VR《ヴァーチャル・リアリティ》。
俗に『新型VR』という、脳裏に直接情報を投影して創り出した仮想現実に、意識ごと入り込める技術が開発された。
瞬く間に普及したその新技術は旧来の疑似的なVRと完全にとってかわり、間もなくVRと言えば新型VRの事を指すようになる。
その普及の舞台の一つとなったのはゲーム業界だった。
今では電子競技、プロゲームの世界でも新型VRゲームを使った競技がとり行われるようになって久しい。
その中でもシリーズを重ねたこの某VR格闘ゲーム大会の予選、その初戦で俺は敗退した。
今回だけではない。
前回も、前々回も、大体同じような成績で終わっている。
そこそこ評判の中堅プロチームの控えとして、曲がりなりにもプロゲーマーの肩書を持つ俺が残していい結果ではなかった。
このように俺の負け癖はひどく、ある程度粘って場を盛り上げた後に決まって負けるので、『噛ませのカゲヤマ』という不名誉な名を得る始末だ。
対戦相手の実力を見せる前哨戦には絶好の相手として便利に使わ……重宝されていたために、そこそこ出番は貰えていたが、俺自身はその役回りに不満を持っていた。
しかし、努力を重ねても未だ、ほとんど成果を得られずにいる。
――もう駄目なのかもしれない。
トイレの個室で小便の切れた股間を眺めながら、俺はやっと落ち着きを取り戻した頭でそんな考えを巡らせていた。
引退を考えるのは今に始まった事でもないが、こんなにはっきりと限界を感じたのはこれが初めてだと思う。
「チーム……辞めるかなぁ」
そんな言葉が自然に口から洩れてしまった。
「辞めちゃうっスか?」
他人に寄せた言葉ではなかったのに返事が返ってきたので、俺は驚いて視線を上げた。
施錠したドアの上、採光のためにやや広めに開いた隙間から、身を乗り出してこちらを覗き込む一人の姿がある。
照明から逆光になる小さなシルエットは子供。
シンドウと似たような年頃を感じさせる女の子だった。
しかしその格好にはおよそ少女らしさは無く、青色に染めた長髪が流れ、前髪に一筋だけ入れたピンク色のメッシュが垂れ下がって個室の内側に入り込んでいる。
サイドの髪をかけて露出した耳には、幼い顔に不釣り合いな攻撃的な形状のピアスがいくつも刺さっていた。
そんな一目見ただけで身構える見た目をした少女が、チカン行為を働いている。
今日は子供関係の厄日なのだろうか。
と、固まったのもつかの間、思考を復帰させた俺は声を荒げた。
「な、何してるんだ君ッ!」
慌てて上半身をかがめて大事なところをカバーしながら声を張り上げると、少女は悪びれもなく笑って白い歯をむき出した。
「んもー隠すこと無いじゃないっスか。 なかなか出てこないから様子を見に来たっス。 で、辞めちゃうんスか?」
「そんなのどうでも、君には関係ないことだろっ」
こんな状況でなければ愛らしい笑みも、顔に落ちた影と相まって邪悪にすら思える。
俺に追い打ちをかけに来たマナーの悪い観客なのだろうか、ともかく口調から俺が舐められていることだけは確信した。
もう勘弁してほしい。
「ほら、降りて! ここは男子トイレだから、ほら!」
出ていけ、と手を払う身振りで促すが、彼女は意に介さず余計に身を乗り出して思いもよらないことを告げてきた。
「辞めちゃうなら、アタシんとこ来ないっスか?」
「いや、一体何の事を言ってるんだ」
いきなり何を言い出すのか。
しかし見下ろして来る侵入者の眼には冗談の色が無い。
「あー、自己紹介がまだだったっスね。 なんかもう初対面じゃないような気になってたっス。 これどーぞ」
少女の袖口からポロリと一枚のカードが投じられ、俺は反射的に落とすまいと中腰になって受け取った。
「ナイスキャッチっス。 VRゲーム上手いと現実でも反射神経良くなるんスかね、後でメモしとかないと」
手にしたカードは薄い金属製の名刺だった。
チップが内蔵されていて、対応する機器で読み取れば詳細なプロフィール情報やアポイントメントがとれるビジネスマン向けのモデル。
決して子供が遊びで使うようなものではないし値の張る代物だ。
「書いてある通りっス。 カミハラっていうっス、ヨロシクー」
「カミハラ・カエデ……国立の何某の科学研究所職員?」
名前の下には確かにそう肩書があるが……よく出来たオモチャで「こども国立の研究員」の線じゃないのか。
「最近の小学校ではプロフィール帳の代わりに名刺の交換でも流行ってるのかい?」
俺の記憶が確かなら、簡単なプロフィールをクラスメイトの女子たちから求められた経験を微かに覚えている。
もちろん相手が気になっているからという訳ではなくて、手あたり次第に集めた情報の分厚さに自己満足する類の遊びだ。
「あー、信じてないっスね? まあこんなナリしてるから誤解はよくあるっスけど……わっ、何するっスか~」
言い終えないうちに、何かに後ろから引きずり降ろされる形で少女の体が個室から退散していった。
「カエデちゃんこんなとこに居たよ。 何してんのさ」
「ちょっと、エンドウ氏邪魔しないでくださいよ。 スカウト交渉中っスよ……むぐ」
ドアを挟んで少女とそれを引っ張り出してくれた何者かが話している。
多分、彼女の保護者だろう。
とりあえず嵐は去ったという事か。
「……カゲさん? ワリィ、この子俺の知り合いなんだわ。 今、退散させるから」
引っ込んだ少女と替わり、快活な男の声がこちらに向けて投げられた。
口でも噤まれたか、少女の声がむーむー、と同時に聞こえる。
「エンドウか、そんなよく分からない子を寄こさないでくれよ。 しかもトイレに」
「いや、悪かったよ。 待ってって言っておいたはずなんだけどな、トイレにまで入り込むなんて俺も舐めてたわ」
先ほど俺を見送ったチームメイトの一人で、俺と一番付き合いの長いのがエンドウだ。
いろいろ世話になっているが、たまにこういうトラブルも招き寄せてくる。
「こんな時に図々しいかもだけど、後でこの子の話だけでも聞いてあげてくんない?」
「はぁ? もう、今ちょっと、放っておいて欲しいんだけど」
一人になりたいから個室に籠っているのに、迷惑な話である。
「ああ、ウンコね」
ポンと手でも叩いたような表情を想像できる声に、座ったままこけそうになる。
「だから、そういうことを言ってるんじゃ」
「うんうん、出たらよろしく頼むわー、……こら、大人しく外に出てようねぇカエデちゃん、周りのおじさんたちも用を足せないからねぇ」
エンドウは俺の返事を待たず、どうやら少し混み合ってきたらしいトイレから彼女を強制退去させているようで、怒り交じりに諭す声が遠ざかっていく。
「出たくないなぁ……」
手に持った名刺が照明に反射して、俺をあざ笑うように光った。
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