第130話 ゴーラド〈面白い情報〉





男湯をソーンと一緒に堪能しているゴーラドは、ダオの医療所から出た時のことを思い返していた。


まったくあれには呆気に取られたぜ。

先に飛び出たティラの前に、見たことのない乗り物が現われたのだ。そいつのドアをためらいなく開けたティラは、三人を押し込むように乗り込ませた。


ドアを閉めて椅子に座ったら、ほんの少し浮遊した感じがして……これはなんなんだとティラに問いただしていたら、ドアが開いて……


で、なんと外に出たら、この温泉地に到着していたのだ。


唖然としている間に、その乗り物は消えちまって……


ティラは、「父の乗り物を借りたんです」と答えて、それでおしまいだ。


俺にとっては、まったく答えになっていない。おかげでもやもやが消えない。

けれどキルナもソーンも、聞いたところで無駄と飽きらめているのか、あのことを蒸し返すつもりはないようだった。


「なあ、ソーン」


「なんですか、ゴーラド様」


両手ですくった湯を、匂いを嗅ぐようにしていたソーンが返事をする。

あの乗り物に着いて話すつもりだったのだが……


「ソーン、何やってんだ?」


「ああ、これですか? この湯の成分はなんだろうと思って……」


成分?


「温泉は、どこも同じじゃないのか?」


「同じではありませんね。里の湯は、もっと肌にまろやかでした。色も違いますしね」


そうか? この独特の匂いとか、俺にはなんにも変わらないような気がするんだが……


ゴーラドが温泉というものに入ったのは、妖精族の里が初めてだった。世の中に温泉といものがあるというのは情報としては知っていたが。


この俺も入る機会が巡ってくるなんてな。


地下から熱い湯が湧き出ているなんて、まったく驚きだぜ。体に良い薬効があることのことで、キルナもティラもかなり好んでいるらしい。

肌がつやつやするってのは、俺も感じたしな。


それにしても、妖精の里では、好きなときに露天風呂に入らせてもらえたし……あそこは色んな意味で天国だったなぁ。

食べたことのないものも多かったし、工芸品の作業所なんかはもっと見せてもらいたかった。


ああいうものを、俺の村でも作れたら……もっと村が豊かになるかもしれない。


「人間の住む地域はとんでもなく広いようですから、もちろんこのような温泉地も、いたるところにあるのでしょうね?」


至る所にか……


「俺の生まれた近くにはなかったが、きっとたくさんあるんだろうな」


「ないところもあるのですか?」


「ないない。普通は風呂に入るのさ」


「ああ、風呂ですね」


妖精の里には湯を沸かして入る風呂はなかった。ソーンは宿屋の風呂が初体験だったんだよな。


初体験という言葉で、嫌なことを思い出した。

異空間の中に吸い込まれてしまったらしいのだが……言うに言えない気持ち悪さだった。


ただ、どのくらいの時間あの中にいたのかわからないのだ。短かったような気もするし、長かったような気もする。

ほとんど気を失っていたのかもしれない。思い出すのは強烈な吐き気だけだ。


ゴーラドは両手で湯を掬って思いきり顔にたたきつけた。


ふうっと息を吐き、思考を切り替えようと周りを見回す。


キルナが常連になっているだけあって、とてもいい宿だ。キルナを先頭に宿に入った途端、それはもう大歓迎を受けた。

そして宿の中でも一番上等らしい部屋に通された。

キルナはいつもその部屋に泊まっているらしい。


今回四人で泊るということで、二か所の個室にベッドを二つずつ配置してくれた。

壮大な景色が眺められる一番広い部屋は、分厚い絨毯が敷かれ、座り心地のいい椅子がいくつも置いてあった。

分不相応すぎて、最初は緊張したが、ティラが椅子の上で跳ねて大はしゃぎするのを見て、気の張りも解けた。


まったくティラちゃんにはかなわねぇよな。


その部屋には、なんと専用の露天風呂までついているのだ。そっちにはいまキルナとティラが入っている。


ゴーラドたちがいま入っているのは大露天風呂だ。もちろん他にも客はいるのだが、複雑な地形に作られている露天風呂はとても広く、顔を突き合わせることもない。


こんな規模の風呂がまだ何か所かあるっていうんだから、この温泉地は凄いよな。

兄貴たち家族も連れてきてやりたいもんだが……さすがに遠いか……


「それでは、僕はそろそろ上がりますので」


「なんだ、もう上がるのか? いま入ったばかりじゃないか」


そう声をかけても、そそくさと湯から上がるソーンを見て、ゴーラドは笑いを堪えた。

ティラちゃんが家に帰る頃合いだからな。帰る前に顔が見たいんだろう。




ソーンがいなくなるのと入れ替わるように若い男性客がやってきた。身長がだいぶ違い、でこぼこコンビだ。

ふたりはゴーラドに気づくと軽く頭を下げて挨拶し、近くの湯船に浸かった。


「カンラの生息地があっさり見つかってよかったよな」


男の一人がほっとしたように言うと、連れも大きく頷く。


「まったくだよ。かなり苦労させられるんじゃないかと心配していたからなぁ」


カンラ? 生息地ってことは、魔獣なのか? 聞いたことがないな。

興味を惹かれ、ゴーラドは聞き耳を立てた。


「それじゃ、明日になったらさっそく向かうよ」


「ケインヒ、そんなに急ぐ必要はないんじゃないか? 王都からここまで三日もかかったんだ。旅の疲れを取ってからでも……」


こいつら王都の人間なのか? 三日でここまでこられるとは、王都は案外近いんだな。


「疲れ? 君はずっと寝てたじゃないか。疲れてるのは僕のほうだよ。まったく寝られなかったんだからね。神経の図太いクライスと違って、僕は繊細なんだよ!」


「まったくギャンギャンと煩いやつだ。なんでこんなのと親友になったんだか、自分に呆れちまうぜ」


「クライス。……僕はね、この課題をひとりではやり遂げられないと君が泣きついてきたから、仕方なく付き合ってやってるんだけど……」


地の底を這うような声に、クライスと呼ばれた男は慌て始めた。


「わ、わかった! わかったから」と慌てて言う。


「ふっ、最初から素直に頷けばいいんだよ」


ふたりのやりとりに、ゴーラドは噴き出すのを必死に我慢した。まったくいいコンビだな。


「よ、よし。では、明日はカンラを見つけ、背中に生えているというカンラセ草を採取する。そしたら俺の最後の課題も終了だ。温泉はそのあとゆっくり楽しめばいいな」


険悪なムードを払しょくするように、でかい方は明るい声を出す。


課題というと、こいつらは学生なんだろうか?


それにしても、面白い情報を得られた。

カンラがどんな生物なのかも気になるし、わざわざ王都から来てまで採取するくらいなのだから、カンラセ草というのも珍しい植物なのかもしれない。






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