第92話 ティラ〈災難〉




うんうん。こんなのどかな時間も悪くないねぇ。


ティラの目の前には大きな湖。水面がキラキラと輝いている。


キャンプ地も確認し、いまゴーラドとふたりで釣りをしているところだ。キルナは様子を見に行くと、森の奥へと行ってしまった。


それにしても、緑竜が全滅してなくてよかったよねぇ。


実は、ここに到着するまでに緑竜を三体討伐したのだ。

ティラとしてはもういつギルドに戻ってもいいくらいだ。いや、本音は今すぐ戻りたい。


これで白金貨七枚稼いだ。あの大剣は、もういつでもティラのものになるのだ。


あー、すっごい楽しみだなぁ。


大剣を背中に背負い、颯爽と歩く自分を想像してにやけてしまう。


まあ、いまのところ刀身サビサビで刃もボロボロだけどね。キルナさんのお知り合いの鍛冶屋さんに持っていけば、ぴっかぴかの大剣にしてくれるはず。


でも、修理費用が必要なんだよね。いくらぐらいかかるかなぁ? 手持ちのお金で足りると嬉しいんだけど……


「おっ、かかったぞ」


ゴーラドの竿が大きくしなり、彼は必死で踏ん張る。


「大物がかかったみたいですね!」


「ああ、釣りあげて晩飯にするぞ!」


ゴーラドは水面下にいる魚と死闘を繰り広げる。


水は少し濁った緑色なので、魚の姿はなかなか捉えられない。その時、竿にかかっている魚が水から飛び出てきた。そして、バシャーンという派手な音とともに水面に落ちた。


「で、でかかったな」


「これまで見たことのないやつです。湖の主かも。絶対釣りますよ、ゴーラドさん!」


「おおーっ!」


俄然張り切るふたり。


全力で協力し、竿を引っ張る。そして、ようやくのこと巨大な魔魚を釣り上げた。


「でかい、でかい、ゴーラドさんやりましたね!」


「魔核石は入ってないよな?」


「魚には期待できませんね。でも、きっと美味しいですよ」


ふたりして盛り上がっていたら、キーンと剣同士が撃ち合った時の音が微かに耳に届いた。さらに打ち合っている音が続く。


かなり遠いようだが、静寂の中にいると異質な音は遠くまで響く。


「いまのって?」


「剣の音だったな。キルナさんか?」


ゴーラドも音に気づいたらしい。そしてふたりは互いに目を合わせた。


無言のままだが、考えていることは同じだろう。


この森は禁止区域の奥で、魔獣は生息しているが、魔獣というのは剣を持たない。剣を打ち合う相手は人でしかない。つまり、冒険者同士ということになる。


キルナが関わっているかはわからないが……


「見に行った方がよさそうだな?」


「ですね」


キルナは無関係かもしれないが……キルナだとすれば、すぐさま助けにいくべきだ。


キルナは相当腕が立つ。なのに打ち合う音は続いている。つまり、打ち合っている相手は、キルナでも簡単には倒せない強敵という事になる。


巨大な魔魚を放り出し、ゴーラドは音のしている方向に駆け出した。もちろんティラもついてくいく。


撃ち合う音のおかげで方向は特定でき、迷わずに進めた。


「キルナさん!」


ティラはキルナに呼びかけ、戦いの場に飛び込んだ。


「ティラ、妖魔だ!」


「違う! 僕は妖魔などではないと言っているだろう」


装飾の施された美しく細い剣を持った相手は、必死に否定している。


「キルナさん、この人妖魔じゃないですよ。剣を収めてください!」


ようやくキルナは動きを止めた。それでもまだ殺気を放ち、剣は相手に向けて構えたままだ。


キルナの剣先を注意深く見つめつつ、青年もまた油断なく剣を持つ手に力を込めている。ティラはそんな青年の前に進み出た。


「すみません。ちょっと二、三質問いいですか?」


青い髪をした美青年は、返事の代わりに剣を構える。


「ティラちゃん、危険だ!」


ゴーラドが叫ぶが、ティラは「大丈夫ですよ」と手を振った。


「あなた、妖精族さんですよね? この辺りに隠れ里があるんですか?」


「……な」


ティラの問いに、相手は絶句する。


「妖精族? 妖魔族ではないのか?」


「妖魔などと間違えないでくれ!」


物凄く気分を害したようで、青年は怒鳴ってきた。


確かに、大昔から妖精族は妖魔族を嫌っているし、恐れてもいる。


太古の昔、もともと同じ種族だったのが枝分かれして、妖魔族は妖精族を自分たちより下等な種族として認定した。そして迫害した。妖精族は妖魔族から身を隠すしかなく、隠れ里を作り、そこに身を潜めて暮らすようになったのだ。


妖魔族も妖精族も魔法に長けている。妖魔族は攻撃魔法を、妖精族は防御魔法を極めた。


古の大戦で妖魔族が絶滅していれば、妖精族も普通に暮らすようになったのかもしれないが、妖魔族はいまもしぶとく生き残っている。


嫌われものって、しぶといもんなんだよねぇ。


「確かに尖った耳とか外見は似てますけど、横柄じゃないし、なにより服が違いますよ。妖魔族は、なんのこだわりがあるのか知らないけど、白しか着ませんからね」


「あなたは妖魔族を知っているのか? まさか、会ったことがあると言うのか?」


「ありますよ」


答えを聞き、妖精族の青年は目を瞠る。


「それより、あなたはどうして隠れ里から出てきたんですか?」


よほどのことがないと、妖精族は隠れ里から出てきたりはしないはず。


「失敗したんだ」


顔を歪め、青年は悔いを込めて言う。


「失敗?」


「すみませんが、話はあとにしてもらえませんか? こんなところでのんびりしている場合ではないのです」


「何があったか、手短でいいので話してもらえませんか? 話によっては手助けしたいので」


手助けという言葉に心が動いたようだ。青年はキルナとゴーラドを見て納得した眼差しになり、早口に話し始めた。


「里が緑竜の大群に襲われたんです。弓や魔法で応戦したんですが劣勢になり、里を捨てて逃げるしかなかった。追ってきた緑竜と戦い、なんとか倒し、先に行かせた仲間を探していたところで、突然この人に切りつけられたんです」


いやはや、とんだ災難だったようだ。災難の最後がキルナさんというのが、また大災難!


それにしても、この人ひとりで緑竜を倒したんだ。キルナさんとも互角に打ち合っていたようだし、かなり強いよね。


「結界はどうしたんですか? 妖精族さん、超得意分野でしょ?」


「ですから、その話は長くなると……」


「わかりました。それで襲われたのはいつのことなんですか?」


「二時間ほど前です」


ということは、まだ緑竜は里の人々を襲っているかもしれないわけだ。これは早急に様子を見に行った方がよさそう。


「里はどっちですか?」


「人間に里の場所を教えるなど……」


強い抵抗があるのは分かる。わかるけど……


「いま、そんなことを言っている場合ですか? 里の人たちが、今も緑竜に襲われてるかもしれないじゃないんですか?」


「そ、それは……」


「早く、場所を言えっ!」


苛立ったキルナが、剣を青年の喉元に突きつけて怒鳴った。妖精族の青年は顔をしかめ、仕方なさそうに指をさす。


「あっちの方向です。山を一つ越えた向こう側。綺麗な滝が目印になる」


「キルナさん、ゴーラドさん、この人のこと頼みます」


「お前、どうするつもりだ?」


「わたしは里の様子を見に行きます。おふたりは、この方に協力して逃げている妖精族さんたちを探してください」


駆け出しながら告げたティラは、森の奥へと駆け込み、空に舞い上がった。



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