第91話 ティラ〈笑われました〉
「それで、これからどうする?」
お腹がいっぱいになったところで、ゴーラドがキルナとティラに視線を回しつつ尋ねてきた。
いっぱい討伐したけど、欲しい大剣の値段までは届いていないし、今日はまだまだ時間がある。わたしとしては、もっと緑竜を狩りたいけどなぁ。
「あれから緑竜はまったく姿を見せていないからな」
そうなんだよね。まったく姿を現さない。
「いったんアラドルに戻って、ギルドに報告と、獲物を収めてくるのがいいかもしれないな」
キルナの提案にコーラドも賛成のようで頷いている。
そっかあ。今日はもうお終いかぁ。
「もしかすると、今朝狩ったので全部だったんじゃないか?」
そ、その言葉は聞きたくなかったです。
ほんとにもういないのかな? となると、高額報酬の緑竜討伐依頼もお終いってことになってしまう。
儲け話って儚いねぇ……はうっ。
がっかりのせいで、胸から大量の息が漏れ出てしまう。
これからは魔獣をちまちま討伐して稼ぐしかないのか?
この辺りで緑竜の次に稼ぎになるのは魔赤熊のはず。報酬暴落だぁ。
魔大蜥蜴の異種とかだったりするとかなり報酬はいいはずだけど……絶対数が少ないから、見つけ出すのに苦労する。
つまりは、ちまちまが一番か……
あっ、そんなことより、緑竜討伐が終わってしまったら、キルナさんはどうするつもりなんだろ? もうアラドルを出るつもりかな?
「キルナさん、緑竜討伐依頼が終了したら、どうするんですか? しばらくはアラドルを拠点にするんですか?」
「いや、緑竜がいないのではつまらない依頼しかない。新しいダンジョンができたところもあるようだし、古代遺跡にも潜ってみたい。……いまならどこでも自由に選べる」
むふふむふふと、いくぶん不気味で悪い笑みを浮かべるキルナ。
わたしが治癒者のSSランクになったからだな。確かに、いまのわたしはどんな依頼でも受けられるんだろうね。
大剣のことはあるけど、冒険の場所が変わっても、アラドルにはいつでも買いにこれる。
緑竜の姿が見えないかと空を窺いつつ帰路についたが、結局緑竜を見ることなく禁止区域を抜けてしまった。
ギルドに到着し、リーダーのゴーラドさんが受付で討伐達成の報告。
受付の職員はゴーラドさんが書いた報告書をちらりと見て、「まあ素晴らしいです」と告げ、また報告書に目を落として、あれっ?という顔をし、もう一度報告書に目を落として、そのまま顔を上げない。
すると、報告書を掴んでいる手がプルプルと震え出した。
「受付のひと、どうしたんですかね?」
キルナに向いたら、物凄くにやついている。
「キルナさん?」
「叫ぶぞ」
「え?」
「ええーーーーーーーっ!」
キルナの言った通りになった。
そして周囲の注目を集めてしまう。
ゴーラドが、こそこそと受付に何やら伝えている。すると受付は大きく何度も頷き、息を吸い込んで真顔になった。
「失礼しました。……そうですね……そうですよね……SS……ですものね。了解しました」
ぶつぶつと呟いていたが、受付は処理を終えたようだった。
ゴーラドが戻ってくる。
「それじゃ、買い取り施設に移動しようか」
ギルドに併設されているだだっ広い買い取り施設で緑竜の入った袋と、魔獣を入れた袋をすべて提出する。
この町のギルドが貸し出してくれる袋は容量が大きいので、十六体の緑竜も三つの袋に分けてだが、入れられた。
ギルドの職員は数を確認し、驚愕の表情になる。
「緑竜十六体ですか!」
その叫びを聞きつけ、周りにいた職員や冒険者たちが集まってくる。
そしてキルナを見て、みな納得という色を浮かべた。
「さ、さすがSSランク」
「キルナさんは、やはりすげぇな」
「それにしても、どうやればこんなに竜が狩れるんだ? 十六体だぞ」
「あれっ? キルナさん、仲間がいるのか? 珍しいな」
「そりゃあそうだろ。竜退治は、ソロでは依頼を受けられないはずだからな」
声を潜めて話そうなんていう冒険者はいないらしく、野太い声のやりとりは、当然三人の耳にも入ってくる。
「一緒にいるあの子はなんなんだろな?」
「あの男の妹とか、親戚の子じゃないのか?」
勝手な憶測が飛び交う中、ティラは集まっている者の前に進み出た。
「わたしは妹でも親戚でもなく、れっきとしたおふたりの仲間ですよ」
「仲間?」
「こう見えても冒険者なんですからね」
ドンと胸を叩く。
「なんとも驚いたな! あんたBランクマスター以上ってことなのか?」
「そうなるよな。とても信じられないが、竜退治に行けるのはBランクマスター以上だもんな」
ここで胸を張れればいいのだが……いまだFランクの身……+5を付けても、胸は張れない。
「Fランクです。+5」
小さな声でプラスを付け加えたが、誰も聞いていなかった。みんな一斉に吹き出し、ゲラゲラ笑い出す。
「それなら、まあ納得だぜ」
「一緒に竜退治に行ったんだと思ったぞ」
「驚かせんなよ、Fランクの嬢ちゃんよ」
さんざんからかわれ、ティラは真っ赤になった。
◇
買い取り施設を出て、キルナとゴーラドの後について行きながら、ティラは冒険者に笑われてレベル上げをしようとしなかった自分を反省していた。
けどねぇ、やっぱり早いところあの大剣を手に入れたいんだよねぇ。
白金貨七枚まであと少しなのになぁ。
緑竜と同等のやつを一体狩ればいいだけなのに。
そうだ! 緑竜と同格のやつをなんでもいいから狩ってきて、さっきの施設で買い取ってもらえばいいんだ。
「キルナさん、ゴーラドさん。わたし用事ができたんで、ちょっと行ってきます」
唐突に宣言し、そのまま駆けだす。
「「ちょっと待て!」」
ゴーラドとキルナに捕まった。
「すぐに戻ってきますからぁ」
両腕を掴まれてふたりに持ち上げられたティラは、足をバタバタさせる。
「まったく唐突だな。だいたいいったいどこに行くつもりなんだ?」
「優先事項があるんです。優先事項を達成したいんです」
「なんだ、その優先事項ってのは?」
「それは内緒でーす」
そう言ったら、キルナもゴーラドもあっさり離してくれた。
「わかった。行ってくるといい」
キルナはそう言うと、もうティラには無関心で地図を取り出す。
「ゴーラド、私らはもう一度緑竜退治に行くとしよう。今度は東側の奥に行ってみないか? 地図だと大きな湖があって、その畔にキャンプ地がある。この辺りも緑竜が目撃されているらしい」
な、なんと、まだ緑竜はいるかもしれないのかっ?
「いいんじゃないか。……うん、どうしたティラちゃん?」
「お前、まだいたのか? 気を付けて行ってこいよ」
な、なんなの? わたしだけ仲間外れにされてるような?
もちろん、こんな感想を持つのはおかしいんだけど……
相談を終えて地図をしまい込んだふたりが歩き出し、ティラはむすっとしてついていく。すると戸惑ったようにゴーラドが振り返ってきた。
「ティラちゃん、行ってくるんじゃなかったのか?」
「だって……ふたりが楽しそうなんですもん。わたしのこと仲間外れにするなんてあんまりですよ」
緑竜が狩れるんだったら、単独行動する必要もないしね。
「ティラちゃんが、用事が出来たって言ったんだぞ」
「それについては、前言撤回です。だいたいわたしがいないと寂しいですよ。絶対そうです!」
断固として言う。
「確かにそうだな。ティラちゃんがいないと寂しいのは事実だな」
うほーっ、ゴーラドさん嬉しいことを言ってくれる!
顔を輝かせたティラはキルナをじーっと見る。
寂しいと言え、と目で催促する。
「さあ、行くぞ」
キルナはティラの求めを無視し、さっさと歩き出す。
分かってましたけどねぇ。
ぷーっと頬を膨らませたティラは、仲間を求めてゴーラドに話しかけた。
「キルナさん、素直じゃないですよねぇ?」
分かっているゴーラドは、笑って頷いてくれたのだった。
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