第89話 ティラ〈大猟です〉



「はい。お弁当」


いつもと同じに母が包みを手渡してくれ、ティラはありがたく頂戴する。


「それじゃ、行ってきまーす」


「行ってらっしゃい」


「緑竜をたくさん狩ってこい」


「うん。いっぱい遭遇できるように祈っといてねぇ」


両親に笑顔で手を振り、ティラはキルナとゴーラドの元に飛んでゆく。

そんなティラは、今日も簡素なローブ姿である。



キャンプ地はすぐに見つけられた。けれど、すぐに降りていくつもりはなかった。まだ朝早いし、高い位置から周りを眺めて緑竜を探してみる。


「おおっ、いるいるぅ」


あっちの方に三匹、それからこっちにも……一、二、三……わおっ、五匹もいる。

すっごい。これ全部討伐できたら、一気に大剣ゲットだ。


「うっひょーっ!」


瞳を輝かせて叫んだティラは、くるくると旋回して緑竜討伐に向かおうとし、急ブレーキをかけて止まった。


ダメだ、ダメダメ!

ひとりで全部狩ったりしたら、ふたりに申し訳ない。ちゃんと三等分しないと。


けど、ふたりには空を飛ぶところは見せられないし……地べた戦だと、数を狩るのは少々手間なんだよね。


遠くの奴だけでも、先に狩ってから……


数分悩み、ティラはやめることにした。やはり、ひとりで狩る選択はない。


キャンプ地までもう少しのところにきて、急に緑竜たちの様子が変わった。ティラを目に入れたようで、四方から集まってくる。


わおっ! 来てくれた、来てくれた!


キャンプ地の周りは平地で、遮るものがあまりない。それなら地べた戦でも狩りやすい。


けど、朝食が後回しになっちゃうなぁ。

わたしは朝ご飯を食べてきたからまだいいけど、キルナさんたちは寝起きで戦闘になっちゃうよね。


でも緑竜がこんなに集まってきてくれたんだもの、絶好のチャンスだ。


キャンプ地に降り立ち、緑竜の様子を見る、一番近い緑竜が到着するまで三十秒といったところかな。


勢いよくドアを開け、「キルナさーん、ゴーラドさん、起きてぇ、緑竜が集まって来てくれましたよぉ」と叫ぶ。


すると室内がザワザワする。


あれっ?


し、しまったぁ! 他の冒険者パーティーも泊ってたんだ。


「うるさくして、ごめんなさーい」


謝ったところでキルナとゴーラドがやってきた。


「ティラ、おはよう」


「はい、おふたりともおはようございます。なんかすみません。他にも人がいるとは思ってなくて」


「そんなことはいい。それより、緑竜が集まって来ているのか?」


「はい。八匹もいるんですよ。騒ぎを聞きつけて、もっと集まってくれるといいんですけどね」


「もっと集まっていいはずないだろうがっ!」


奥からごわごわの髭面の人が飛んできて、目を血走らせて怒鳴りつけてきた。


「ともかく早く中に入ってドアを閉めてくれ。そうでないとシールドが作動しないんだぞ」


怒鳴り散らしたごわごわの髭面と、ティラの目が合う。


「え?」


髭面冒険者はティラを見て、呆気に取られた顔になる。


「おはようございます。朝っぱらから、騒がしくしてごめんなさい」


殊勝に謝ったのだが、どうもまるで聞いてくれていない。

部屋の奥の方にいる冒険者たちは、早くドアを閉めろとみんな口々に叫んでいる。けれど、ドアのところには誰もやってこない。


なんなんだろう? あの人たち、みんな冒険者なんだよね?

なんであんなに怒った声で、ドアを閉めろって叫んでるんだろう? さっぱり意味が分からない。


「こ、この娘っ子は? いったいどこから来たんだ?」


髭面冒険者が困惑して尋ねてくる。


「私たちのパーティーのメンバーだ」


キルナが説明してくれるが、髭面冒険者は困惑をさらに深めたようだ。


「だ、だが、夕べ、いなかったじゃないか?」


「わたし、通いなんです」


「通い? わあっ、奴らが来たぞぉ!」


髭面冒険者は恐怖の叫びをあげ、部屋の奥まで飛んで逃げた。


「早く中に入って、ドアを閉めてくれ!」


「早くしろーっ!」


悲鳴交じりの怒鳴り声がいくつも飛んでくる。


キルナとゴーラドは外に出てくると、きっちりドアを閉めた。ぽわっと建物全体が銀色に光り、シールドが発生したようだ。


それにしても、よくわかんないな。あの人たち、ここには緑竜退治に来たんだと思うのに、なんで緑竜に怯えてるんだろう?


首を捻りつつティラが後ろを振り返ってみると、緑竜で空が埋まっていた。緑竜らは、すでに臨戦態勢のようだ。


「来ましたねぇ」


嬉しいんだけど……こいつらなんか変だよね? 体制が整いすぎってるっていうか……


普通、竜が集まった時のバラバラな感じがまるでない。二重の輪になって旋回しながらこちらを窺っているって感じ。戦闘開始の合図でも待ってるみたいだよね。


まあ、そんなことはこの際いいか。


そんなことを考えていたら、一匹がこちらに向かって突進してきた。それに続々と続こうとしている。


「さあ、狩りますよぉ」


勇んで弓を出したティラは、矢に魔力を込め、自分に向かってくる緑竜に矢を放った。額にヒットし、あっけなく地面に落ちてくる。


ドーンと大きな音とともに地響きが立つ。


「凄いな。お前ひとりで全部狩れそうじゃないか」


「全部狩っちゃっていいんですか?」


「そんなわけあるか!」


叫んだキルナは、大きく跳躍した。そして緑竜の翼を切り落とす。さらに、落ちる直前の緑竜を蹴り、別の緑竜へと躍りかかる。惚れ惚れする身のこなしだ。


「やっぱ、凄いなぁ」


「こりゃ、俺の出番なんてないな」


ティラの背後に立っているゴーラドが、苦笑しながら言う。


「何言ってるんです。キルナさんが翼を落とした緑竜のとどめを刺してください。わたし、別の奴を仕留めるんで」


「了解」


片翼を失い、地面に落ちて狂ったように暴れている緑竜に駆け寄ると、ゴーラドは振り回されている尻尾の直撃を避けながら、大きく槍を振り切った。


すさまじい風が渦巻き、緑竜の胴体は真っ二つになる。


あれっ? ゴーラドさん、何気にスキル使っちゃってますけど、本人気づいてるのかな?


ティラはふたりに負けじと、矢を放つ。


戦闘中に集まってきた緑竜は十六体に及んでいて、戦闘が終わったあとのキャンプ地の周りは、息絶えた緑竜がごろごろ転がっていた。


ふぅっ。


さすがに汗かいちゃったな。


くるわくるわで、全部で十六体とはね。


「キルナさん、ゴーラドさん、やりましたね!」


ふたりも疲れたようで、息を弾ませ周りを見回している。


「ああ。まさかこんなに集まるとはな……やはり、何かおかしいな」


確かにティラもそう思う。

とはいえ、考えたところで原因がわかるわけでもない。


「大猟ですよ」


これで討伐料だけでも、ひとり白銀貨五枚になる。


一気に大剣が近づいた。


「俺、マジで竜を狩ったんだなぁ?」


それまで黙っていたゴーラドが、惚けたように呟いた。


「お前、スキルを馬鹿みたいに使いまくってたが、魔力は大丈夫か?」


気がかりそうにキルナはゴーラドに問う。


「へっ? 魔力?」


まったく自覚がないようで、キルナは苛立ちながら言葉を続ける。


「スキルというのは体内にある魔力を使うんだ。使いすぎると枯渇して倒れてしまうんだぞ」


そうそう。


「俺には魔力なんてないぞ」


そんなことはない。

いまのゴーラドさんは魔法を使えないようだけど、たぶん訓練すれば使えるようになる。槍を手にしたしょっぱなからスキルが楽々発動しそうになったくらいだ。


本人まったくの無自覚だけど……


「まあいい、まったく疲弊してなさそうだし……。なんなんだ、お前。Aランクとはいえ一般人に近いのかと思っていたら、無自覚の化け物だな」


キルナは切れ気味に言葉をぶつける。自覚のないゴーラドは戸惑っている。


「いや、だから、なんの話だ?」


ゴーラドさん、面白すぎるぅ。


「その話はひとまずおいといて、魔核石を取り出しませんか?」


そう提案したティラは、さっそく作業に取り掛かった。






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