第88話 ゴーラド〈キャンプ地の実態〉
緑竜と戦ってたのが、まさか王都の騎士様方だったとはな。びっくりだったぞ!
それにしても、騎士団の隊長は人格的にかなり問題児だったな。副隊長のナクサって人の方が、数段隊長にふさわしかったような。
まあ、騎士団の何を知ってるでもないから、人選ってのには色々あるのかもしれないけど……
緑竜を買い取ると言われたときは、マジ引いた。
あんな上司じゃ、ナクサさんもさぞ大変だろう。
俺、やっぱ、冒険者でよかったな。性格の悪い上司の顔色を窺いながら仕事をするなんて、俺には無理だ。
「騎士団さん、親分は、拳固めてぶん殴ってやろうかってくらいアレでしたけど、部下のみなさんは礼儀正しくて良い人ばかりでしたね」
頬を赤く染めたティラは、ルンルンとスキップを踏みつつ進んでいる。
治癒を施しての治療代は、かなり奮発してもらったようだ。
まあ、相当ひどい怪我人もいて、治癒魔法だけでなく回復薬まで使用したのだから、逆にかなりおまけした感じだろう。
あの副隊長もそれがわかったらしく、所持金を全部ティラに手渡したのだと思う。
宿泊している宿を教えてくれ、明後日の早朝には王都に戻る予定なので、それまでに足りなかった分は取りに来てほしいと言っていた。
ティラちゃんはそのつもりはないようだけどな。
その後、緑竜が飛び去った方向にひと山超えてみたが、緑竜の姿はどこにもなかった。
「いませんねぇ。結局三体だけでしたね」
物足りなそうにティラが言う。
もうすぐ夕暮れになる。ティラは家に帰らなければならないので、今日の竜狩りはおしまいだ。
「怯えて逃げて、穴倉で震えてるんじゃないんですか? まったく情けないやつらですよ」
ティラは緑竜にご立腹再燃だ。
もっと狩れると計算していたのに、それが出来ず腹立たしいのだろう。
それでも魔獣を大型中型合わせて数十体は狩った。緑竜三体を加えれば、今日一日の収穫としては十分すぎる。
緑竜一体で、白金貨一枚もらえるらしいからな。
そんなことを普通に考えている自分に気づき、ゴーラドは苦笑してしまう。
竜なんてもの、どんなに下等なやつでも、本来は数人で狩るものじゃないんだよな。
先ほど出くわした騎士団など三十人はいた。
一体ならば狩れるだろうが、群れになって襲われては、装備を整えた騎士団でもやられてしまう。
なのに、ティラちゃんは、どんな魔道具を使っているか知らないが、ひとりで狩ってしまえるんだよな。
そしてキルナさんも、緑竜などたいしたことがないと思っているようだ。
まったくとんでもない仲間だよな。俺も負けてられない。
「あの山を越えなきゃ見つけられないかもしれませんね。国としては、どのくらい数を減らすことを目標にしてるんですかね?」
「全部狩れるとは思っていないだろうから、数に制限はないんじゃないか」
「それじゃ、狩れば狩っただけ、報酬がもらえるわけですね。……いま一枚で……あと六匹か」
ティラはぶつぶつとなにやら呟いていたが、「それじゃ、わたしは帰りますけど、おふたりはどうするんですか?」と聞いてくる。
「ギルドのキャンプ地がこの先にあるようだから、そこで夜を明かそうと思うんだが、キルナさんどうかな?」
「ああ、それで構わないぞ」
「キャンプ地があるんですか? 管理人さんとかいるんですか?」
「いや、無人だ。だが、色々揃っているってことだ。寝ている間に魔獣に襲われないように自動で作動するシールドも設置されているらしい」
「それなら安心ですね。それにしても、そんな施設があるとはびっくりです」
「ランクの高い冒険者にそう簡単に死なれては、ギルドにとっても痛手だからな。できる措置は取るってことだろう」
「わたしもふたりと一緒に、キャンプ地で過ごしたかったなぁ」
ティラは残念そうに口にしたが、手を振って駆けて行った。
「ちゃんと帰るだろうな?」
キルナが気がかりそうに言う。
「どうして? 帰るだろう」
「ひとりで緑竜を狩りに行きそうだろ?」
「さすがにそれはないだろう。両親との約束を破ると、冒険者を続けられなくなるってことだし」
「まあそうだな」
キルナも納得したように頷く。
ふたりはキャンプ地に向かって歩き出した。
◇
二十分ほど歩き、目的のキャンプ地に辿り着いた。
ここまで冒険者とはまったく出くわさなかったのに、意外なことにキャンプ地には先客がけっこういた。ほとんどの者が毛布にくるまって横になっている。
「あ、あんたたちギルドの職員……じゃないみたいだな」
ごわごわの髭面の冒険者が、がっくりと肩を落とす。するとその男の肩に、丸坊主の男が手をかけた。
「職員は、あと二日経たなきゃ来ないって……けど、二日経ったからって、この状況じゃ来てくれるかどうか」
ずいぶん雰囲気が暗い。しかもここにいる全員暗い。
「いったいどうしたんです?」
ゴーラドが尋ねると、「あんたらも逃げてきたんだろ?」と言う。
「もしや、恐ろしい魔獣でも襲ってきたのか?」
何を思ったのか、キルナが真剣に問いただす。すると、「魔獣なんぞじゃねぇ、緑竜だ」との返答だ。
緑竜か?
「それなら、いまはいないぞ」
そう教えたが、男たちは、本気にできないようだ。
「そんなはずはない。俺たちは何度もこのキャンプ地から抜け出そうとしたんだ。だが、そのたびに襲われて、ここに逃げ戻ることになっちまった。もちろん一体なら、なんとかなる。こう見えても、Aランク+3なんでね」
髭面はいまだけ胸を張る。だがすぐに肩を落とした。
「けど大群で襲われちゃ、逃げ戻るしかないだろ」
大群か……確かに騎士団も多くの緑竜に襲われていた。
けど、キルナさんによれば、竜ってのは本来群れないらしい。まあ、今回は、たまたま集まってしまったという事なんじゃないかと思うんだが。
「あいつら、俺たちが出てくるのを待ち構えてやがるんだ。外に出た途端、空は緑竜でいっぱいになりやがる」
その時のことを思い出してか、丸坊主が身震いする。
だが、ちょっと本気にできない。外に出た途端上空が緑竜で埋まるなんて。だいたい、ここに到着するまで、一匹も姿を見ていないと言うのに……
「竜が群れで襲ってくるなんて聞いたことないぞ。この状況はありえない。おかしいだろ!」
髭面が唾を飛ばして怒鳴る。
「なら、私が外に出て確かめやるさ」
呆れ口調のキルナが言い出し、出口に向かっていく。
「おい、やめろって! 死ぬぞ!」
丸坊主がキルナを止め、髭面も邪魔をするように出口を塞いだ。
「どけっ!」
「おい、騒がないでくれよ。寝てるやつもいるんだ」
頼み込むように言われてしまい、キルナは息を吐き、肩から力を抜いた。
言い争うのが馬鹿らしくなったようだ。
緑竜は本当にいないってのに、頑なに信じようとしないんじゃ、どうにもできないよな。
「最後に抜け出そうとしたのはいつのことなんだ?」
苛立ちを収めたようで、キルナが冷静に問う。
丸坊主が「今朝だ」と答えた。
「つまり、朝出ようとして緑竜に邪魔され、その後はずっとここに引きこもっているってことか?」
「……ああ」
嫌々、丸坊主が肯定する。
それを見ていた髭面が、仲間を援護するように声を荒げてきた。
「言っとくが、お前らだってそうなるんだぞ! 高ランクが何人束になったとしても、緑竜の群れには勝てやしない。ギルドの救助を待つしかねぇんだよ」
こいつらみんな、緑竜退治に来たはずなのに……
部屋を見回して数えてみたら、十数人はいるようだ。
「あんたらは、全員同じパーティーなのか?」
「いや、俺たちは七人。あと、そっちのパーティーは六人だ」
二組か……
それにしても、こっちの丸坊主と髭面はまだ会話ができているが、他の面々は毛布に丸まったままだ。
「向こうが先に来たのか?」
「ああ、そうだ。二日前からここにいるそうだ。俺らは昨日から……だ」
「食料は十分あるのか?」
「厨房にどっさり蓄えてある。食料の心配だけはしなくていい。ただ……」
「うん? ただ、なんだ?」
「いや……その……あんたら、回復薬は余分に持ってるか?」
「そこそこはな」
「そうか……そこそこか」
丸坊主は思案げに言う。
「もしかして、怪我人がいるのか?」
毛布をかぶり、横になっている者達にゴーラドは視線を向けた。
「ああ。かなりひどい傷を負ってるやつも……」
「どいつだ。見せてみろ」
キルナが歩み寄る。
「普通の回復薬じゃ無理なんだ」
「いいから、見せてみろ」
毛布を剥ぐと、痛々しい傷跡があらわになった。
脚に大きな裂傷を負っている者、肩の部分がつぶれている者……
毛布にくるまっているほとんどが、ひどい怪我だった。
「まったく、こういうことなら早く言えよ!」
ゴーラドは怒鳴り、自分の持っている回復薬を取り出したが……
そ、そうだった。俺の持っている回復薬じゃ、こんな深い傷にはたいした効果はない。
勢い込んで薬を取り出したのに、気まずい。
「ゴーラド、私が高ランクのものを持っている。ただし、町に戻ったらしっかり代金を払ってもらうからな?」
脅すように言ったキルナは、わかったという頷きをもらい、回復薬を取り出した。
毛布にくるまっていた者たちは、神を見たかのように目を見開き、身を起こす。
「痛みのひどいやつからだ。さすがに完治は望むなよ。ゴーラド、お前も手伝え」
「おう」
キルナから回復薬を受け取り、それなりの応急処置をしていく。
完治しない者が多かったが、青ざめていた者も少し赤みがさしてきた。
「ありがとよ。あんたらのおかげで助かったぜ。いや、助かっちゃいないんだったな」
初め明るい声を出しやつが、尻つぼみに声のトーンを落とす。
「明日には全員無事に帰れる。とにかく休め。そうだ、あんたたち、腹は減っていないのか?」
ゴーラドが問いかけると、腹が減っていると声を上げる者が続出した。
緑竜のせいで閉じ込められてしまい、さらには怪我を負っていたせいで暗い空気になっていたのが、少し晴れたようだ。おかげで食欲も戻って来たのだろう。
こいつらみんな、怪我のせいで気力が消えかけていたんだよな。
高ランクの冒険者のくせに情けないと思っちまって悪かったな。
怪我を負い、あげく閉じ込められ、頼みの回復薬もなかったのでは、誰だって暗い気分になる。
元気な者たちで食事を作り、みんなで腹を満たした。
会話も飛び交うようになり、なんともほっとする。
「それじゃ、今夜はゆっくり休むといい。明日、全員でここを出るとしよう」
キルナが言うと、頷く者もいたが、ここを出ることに対しては後ろ向きのようだ。
ゴーラドは自分の寝る場所を確保し、横になった。
薄暗い部屋で、傷が痛むのか、いくつかのうめき声が耳に入る。
ここにティラちゃんがいてくれたら、あっという間に怪我を治してくれただろうに。
ティラちゃんに頼ってばっかりだな。俺はなんにもできやしない。
顔をしかめたゴーラドは、朝を待ち望み目を閉じた。
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