第84話 ゴーラド〈哀れなり〉
「めちゃくちゃかっこいいですよ、ゴーラドさん。最高に素敵なデザインでスタイリッシュです。ゴドルさん、腕は確かでしたね」
「この町一番の腕の持ち主だからな」
紹介してくれたキルナは、鼻高々だ。
正直、もう胸が弾んでならない。いい大人だと言うのに、顔がにやけてしまう。
だって、竜の素材だぞ!
真新しい防具。ブーツまでお揃いだ。右肩後ろに槍が装着できるのだが、これがこれまでよりだんぜんいい感じなのだ。
「ゴーラドさんの防具も新しくなって、これでついに緑竜退治ですね。報酬がいいから楽しみですよ」
その言葉に、ティラをじーっと見つめてしまう。
今日のティラも昨日と同じローブとフード姿だ。「治癒者として緑竜退治に行くなら、この格好の方がすんなり行くと思うんですよね」なんて言っていた。
いつもの格好の方が俺は好きだけどなぁ。なんか、ティラちゃんじゃないみたいなんだよな。個性が極端に薄れるというのか……
しかし、ほんとにティラちゃんは謎だ。
今朝、宿屋のベッドで起きた時、昨日のことは夢だったんじゃないかと、思ってしまった。
だが、現実なのだ。
ティラはなんとSSランクの治癒者として正式に認められた。
医療院で、奇跡と呼べるほどの治癒をティラは行った。
それを俺はこの目で見たんだよなぁ。
なんかもう、あのときのティラちゃんはあまりにも神々しくて、涙が出そうになったぜ。
それはキルナさんも同じだったろうと思う。
治癒者というのは、おのれの魔力のみで、癒しを行える者のことをさすらしい。実はそういう知識をゴーラドは持っていなかった。
それについては昨日の夜、宿屋でキルナから教えられたのだ。回復薬を作れる者は薬師であって、治癒者ではないそうだ。
俺、治癒者になんて会ったことなかったんだよな。
治癒者が冒険者のパーティーメンバーにいるとか、それこそ普通のことではないらしい。
医療院のあと、ティラは警備団の医療施設にも赴き、キルナの知り合いであるユシュの指の治癒も行ったそうだ。
絶対についてくるなと言われてしまったからな。
それでもついて行こうとするキルナをゴーラドは必死に止めることになってしまった。
戻って来たティラは、詳細までは教えてくれなかったが、ユシュとあと数人治療したようだった。
話を聞いて分かったのだが、腕や足などの欠損部位は回復薬だけでは治せないらしい。回復薬と合わせて治癒魔法が必要なのだそうだ。
ミーティーの千切れかけた腕と食いちぎられた脇腹も、この両方を使って完治させたのだと、昨日昼飯を食いながらティラは話してくれた。
ただ、ミーティーの場合は元々あるものを繋ぎ合わせただけだから、身体の負担もさほどなく、すぐ動き回れたらしい。
けれど、ユシュの場合は指二本であっても、欠損部位の復元という高度な治癒のため、身体の負担が大きく半日は起き上がれないだろうと言っていた。
ユシュの指の確認に行くというキルナに、ティラはそう説明して止めていた。
ともかく、ティラも緑竜討伐に参加する権利を得られ、さっそくギルドで依頼を受けることになった。当然だが、キルナはそれはそれはご満悦だ。
けどなぁ。パーティーにSSランクの治癒者がいるとか知られたら、絶対一波乱ある気がするんだけどな。
そんな危惧を抱えつつ、改めてパーティーメンバーの登録を受付でする。
ティラは治癒者としてパーティーに登録することになるので、本人が治癒者のカードを提示することになるのだ。
で、カードを受け取った受付が固まった。
一秒、二秒、三秒……
そして目の前のティラを見て、またカードを一秒、二秒、三秒……
「ちょ、ちょっとお待ちください」
固い声で口にした受付は、カードを持ちバタバタと走って奥に消えた。
「面倒なことにならなきゃいいが」とキルナが呟く。ゴーラドも、「だな」と頷く。
ティラはそんな二人を交互に見てから、唇を突き出した。
そこに受付が戻ってきた。
後ろに年嵩の男性が着いてきている。
「ギルドマスターのお出ましか」
知っていたらしく、キルナが小声で言った。
ギルドマスターまで出てきちまったのかよ? すっげぇ、緊張してきたんだが。
ギルドマスターは、まずキルナを目にし、それからローブ姿のティラに向いた。
「お待たせしました。カードをお返しします」
ティラが受けとる。
「キルナさん、期待していますよ」
ギルドマスターが口にした言葉はそれだけだった。ただし、ギルドマスターの眼差しには、物凄い期待がこもっているように見えた。
◇
「冒険者カードを提示しろ」
緑竜の生息している危険地域の入り口を守っている警備兵の一人が横柄に言う。
着用している制服が、アラドルの警備兵のものとは違っている。ここを禁止区域に指定したのは国なので、王都から派遣されてきた兵のようだった。
キルナは兵士の態度にカチンときたようで、警備兵を鋭い目で睨みつける。
ゴーラドは急いで討伐依頼を正式に受けた証明書を差し出した。
受け取った警備兵は、そういう決まりなのか、大きな声で読み上げ始めた。
「パーティーリーダー、ゴーラド、Aランク。そしてキルナ……えっ? え、え、え、ええっ! え、え、え、SSランクぅ?」
素っ頓狂に叫ぶと同時に横柄な色は消えさり、警備兵は証明書から顔を上げる。そして、ゴーラドとキルナを交互に見る。
どっちだどっちだと思っているようだ。名前で分かるだろうに……それだけテンパっているのだろう。それまで無関心でいた他の警備兵たちもこちらに注目している。
「こちらがキルナさんだ」
ゴーラドはキルナを指して教える。
「あああ……ど、どうぞ」
興奮と恐れを滲ませてキルナを見つめた警備兵は、証明書を返すと、ゴーラド達が通れるように脇に避けた。
まだティラを確認していないが、いいのだろうか?
そう思いつつも通ろうとしたら、「ちょっと待て!」と、警備兵が持っていた槍を地面に突き刺し、ティラが通るのを邪魔する。
ずいぶんと格好をつけている。
どうもSSランクという稀な存在を強烈に意識し、キルナにいいところを見せようとしているんじゃないかと思われた。
「ここは立ち入り禁止区域で、お前のような一般人が入れるところじゃないんだぞ。いますぐここから立ち去れ!」
凄みを込めてティラに言い放つ。
やれやれだな。
ティラは不服を込めて「えーっ」と言う。
「えーっ、じゃない。なんでこんなところにやってきたんだ?」
「もちろん緑竜討伐に来たんですよぉ」
一瞬場が静まり返った。そして起こる大爆笑!
ここにきてキルナを窺うと、この成り行きをそれはもう楽しそうに見ている。
まったくキルナさんときたら、意地が悪いな。
ゴーラドは呆れつつ、もう一度証明書を警備兵の前に突き出した。
「ほら、俺らの最後の仲間も、ちゃんと確認してくれ」
警備兵は怪訝そうに「仲間?」と言い、もう一度証明書に目をやる。
「ティラ……治癒者……は? え、S、S……ランク?」
「言っときますけど、冒険者でもあるんですよ。Fランク+5ですっ!」
胸を張って堂々と付け加える。
いや、それいらないから。と、心の中でたしなめてしまう。
「本当にSSランクの治癒者だと言うのか?」
「はい。そういうことなんで、通りまーす」
質素なローブ姿のティラは、意気揚々と禁止区域に入っていく。
「あの、これは本当のことなのですか? あの娘が高ランクの治癒者というのは?」
警備兵はゴーラドに尋ねてきたのだが、返事をしたのはキルナだった。
「証明書を偽造していると、まさかこの私を疑っているのではあるまいな?」
剣呑な目で見つめられ、警備兵は気の毒なほどビビったようだった。
「す、す、す、すみませーん」
滑稽に飛び上がる姿、哀れなり。
ゴーラドは目を瞑り、彼に深く同情したのだった。
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