第24話 奪取作戦

 メルトの言葉の意味は直ぐに分かることになった。


 あの夜から数日後、訓練を終えたクロードを含む破軍隊兵士に呼び出しがかかる。


「ヴァーク様から次の任務についてのご説明がある、早急に議会堂へ向かえ」


 広大な魔王城内には訓練場、宿舎を含む多彩な施設が設置されており、議会堂ぎかいどうと呼ばれる施設もその一つである。


 議会堂はディアニス、ニル、四柱将の軍議など魔王軍の大きな指針を決定する議論が行われる階層……つまり一般兵が立ち入りを許されない上層と、侵略任務などの詳細を兵士たちに説明するブリーフィングルームのような意味を持つ巨大な部屋で構成される下層の二階で構成されていた。


 当然今回の招集でクロードが通されるのは下層である。


 大勢の魔物たちと共に議会堂下層の扉を開けば、広々とした空間が広がっていた。

 魔王軍の所属人数を示すような膨大な数の座席、部屋の最奥には一段分上げられたステージのようなものがあり、例え最後列に着席していても十分に話者の姿を望むことが出来るだろう。


 無数に並べられた椅子の一つに腰掛け、大将ヴァークの到着を待つ。

 大柄な魔物のサイズをベースに作られた椅子はクロードには大きく、座り心地の悪さにもぞもぞと体を何度も動かしていると、ガチャリと奥の扉が開く音が聞こえた。


 離れていても分かる巨大な体躯、金色の鬣を持つヴァークの姿が見えると同時に部屋全体の空気がぴんと張り詰めたものへと変わった。


 足音すら聞こえてきそうな力強い歩みでヴァークが壇上へと上がり、兵士たちの視線は自然とその一点に集中する。


「ご苦労、これより破軍隊の新たな任務を発表する」


 ヴァークが無言で指示を飛ばすと、部下であろう魔物が壁面に大きな地図を貼り出した。

 人族と魔族が二分する大陸の地図だ。

 各領地内の詳細が詳しく描かれた地図の中に、大きく印をつけられた地点があるのが分かる。


「傀儡隊からの情報により現在人族軍は『クオリア遺跡』と呼称されるこの地点に多くの兵士や魔導士を派遣し、内部を調査していることが分かった。奴らの目的はこの遺跡内に遺された過去の大魔法――【空間転移】の解析だ」


 【空間転移】。

 異なる空間を魔法で連結させることで術者を任意の場所へと即座に移動させることが可能となる秘術。

 火や水、風といった元素を操る従来の魔法とは一線を画す大魔法である。


 神にも近しいこの大魔法は御伽噺の中のみの存在であり幻想の産物であるとされてきたが、人族が膨大な人員を派遣して調査をしているという事実はそれが与太話ではないという事をはっきりと示していた。


「知っての通り我々と人族の領地は巨大な霊峰によって断絶され、双方共に膠着状態が続いている。しかし我々がこの秘術を手にすることが出来るならば戦況はこちら側に大きく傾くだろう」


 魔族と人族を分かつように聳える霊峰、これこそがお互いにとって最も大きな障害であり防衛壁でもある。

 身軽な少人数であっても霊峰を超えるには数日掛かる、侵攻作戦を実行するような大規模部隊であれば霊峰越えに掛かる時間や資源は馬鹿にできない。

 また霊峰を超える姿を視認されれば待ち伏せを喰らう可能性や、その間に防御を固められる危険性も決して無視できない懸念事項である。


 しかし【空間転移】があればどうだろうか。

 態々膨大な時間と資源を使って霊峰を超えずとも一瞬で霊峰の向こう側への移動が可能となる。

 加えて移動以外にも物資の補給や人員の増強、伝令や撤退といった作業を短時間かつノーリスクで行うことが出来るのだ。


「既に蠱惑隊の先遣隊によって進路は確保されている。調査隊を排除し、そして【空間転移】の秘術を何としても確保しろ!」

『はっ!』


 兵士たちが一斉に立ち上がり、声を上げる。


「部隊編成については追って通達する。以上!」


 …………

 ………

 ……

 …


 ブリーフィングが終わり、ぞろぞろと兵士たちが議会堂から出ていく。

 兵舎へと戻るべくクロードが外へ出ると、悪戯っぽい笑みを浮かべたメルトが彼を待っていた。


「ね、言ったでしょ」

「先遣隊の蠱惑隊には先に知らされてたのか」

「ふふ、どう? あなたの満足できそうな任務かな」

「十分すぎる」


 人族魔族間の戦いにおいて非常に重要な意義を持つ【空間転移】。

 今後の戦況を大きく左右する研究が行われる遺跡に、ただの一般兵だけが配置されているとは考え難い。

 人族側も馬鹿ではない。魔王軍が研究に感づき、秘術を奪おうとする可能性を考えているはずだ。


 待ち構えるのは精鋭の兵士たち、そして……恐らく『加護持ちギフテッド』も。


「普通の加護持ちギフテッドに勝てないようじゃあの外道共には到底敵わない。【喰らう者ディヴァ】実戦使用の初陣としては十分だ」

「死ぬかもしれないよ?」


 蒼い眼でクロードを見つめながらメルトが問いかける。

 しかしその瞳はクロードの身の心配ではなく、何かを期待するような目だった。


「俺は死なない」

「理由は?」

「奴らを殺すまで死なないのが、俺の“意志”だからだ」


 クロードの答えに満足したようにメルトが微笑む。


「そっか。じゃあ見せてよ、あなたの言う“意志”が……本当に現実を超えられるのか」

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