第22話 『魔傑』ヴァーク
魔王城上層階。
長く続く階段を登った先には広い階層に見合わない少数の部屋があり、その中の一室の扉の前に魔物たちの行列が出来ていた。
皆緊張したような面持ちで背筋を伸ばし、一人ずつ入室していく部屋を見つめながら自分の順番を待っているようだった。
朝食時間の前に彼らが並んでいるのは破軍隊軍大将、『魔傑』ヴァークの執務室である。
新兵を卒業し、正式に破軍隊に所属する事になった兵士たちは皆一人ずつヴァークへ挨拶を行うのだ。
それは勿論クロードも例外ではない。
彼もまた長蛇の列に並び、破軍隊の長との面会を待っていた。
「――失礼しました!」
挨拶を終えた魔物が退出し、クロードが扉の前に立つ。
「……っ」
扉越しでも分かる重圧に冷や汗が浮かぶ。
魔王軍最多の兵を従える軍団長がこの先に居るのだ。
(……怯んでる場合じゃない)
意を決して扉を叩く。
「入れ」
大きな樫の扉の先に広がっていたのは、意外にも整然とした部屋であった。
適度に広い空間の奥に置かれたデスク、生活用品の様なものは殆ど見られない代わりに壁には無数の武具が掛けられている。
どれを見ても隅々まで手入れが行き届いており、ここが高名な鍛冶屋なのかと錯覚するほどであった。
特に目を引くのは執務室の最奥……つまりクロードの真正面に掛けられた大剣。
鈍く光る深紅の刀身のサイズはクロードの身の丈ほどもあるだろうか、細部にまで刻まれた意匠から周囲の武具とは一線を画す価値がある事が容易に理解出来る。
その巨大な大剣の持ち主こそが目の前に座する男、魔王軍破軍隊大将――ヴァークである。
部屋が狭く見えるほどの巨体、魔王城の大きな扉のサイズは彼を基準に作られているせいだろう。
「……本日より破軍隊所属となりましたクロードです。 御挨拶に伺いました」
「うむ」
獅子、それがクロードがヴァークを見てまず感じた感想だった。
燃え盛る火炎のような黄金のたてがみ、服の上からでも分かる鍛え抜かれた肉体、そして弱者であれば圧殺されてしまいそうな程に鋭い眼光。
ニルの底知れない威圧感とは違う、単純に可視化可能な武力。
「小さいな」
ヴァークがクロードを品定めするように眺める。
取り立てて高身長ではないクロードと巨体のヴァークを並べてみればそもそもの骨格の差が容易に分かるだろう。
「だが、鍛えこんでいる」
「……光栄です」
魔族と比べれば余りに矮小な変化ではあるが、クロードの肉体は常軌を逸した毎日の鍛錬によって成長していた。
しかしヴァークの興味はその肉体では無い。
「お前は人間では持ち得ない……加護とは別の奇妙な力を持つそうだな」
「大した物ではありません」
「祭礼剣を喰らい、その身から刃を生やしたと聞いた」
卓上にあるボトルのコルクを抜きながらヴァークが問う。
新兵訓練の最終日に教官に見せた【
つい昨日の事のはずだが、よっぽどあの教官は驚いたのだろう。
「お前に興味がある。 見せてみろ」
「……分かりました」
力を誇示する事に執着を持たないクロードは、必要以上に【
特に隠している訳では無いが自身の身の危険や捕食を目的とする場合のみの使用が普通。
しかし今、破軍隊の長が望むのであれば。
クロードは右手を静かに伸ばす。
変色、裂け目の発生、そして開口。
人族が持つ最強の武器、加護よりも禍々しく危うい異形の力。
【
捕食口が開いた瞬間、ぱん、と何かが弾けるような音と共にクロードの頭部へ何かが飛来する。
猛スピードで迫り来る小さなそれの正体を理解しないまま、反射的に【
「……コルク?」
「ほう、反応も悪くない」
挟み取った物は小さなコルク。
発射されたであろう方向を確認すれば、デスクの上でヴァークの指が何かを弾いたような形で止まっているのが分かった。
先程抜いたボトルのコルクをヴァークが指で弾いたのだ。
(コルクを弾くだけでこの威力か……)
直撃は防いだが、止めた時の感覚はまるで銃弾。
軽く柔軟なコルクですらヴァークにかかれば攻撃手段となるのだ。
満足そうに口を歪めながら、ヴァークはボトルの中身をグラスに注ぐ。
濃い琥珀色の液体が八分程注がれた後、ヴァークはそれをクロードへと差し出す。
「エールは好きか?」
「あまり口にしたことはありません」
「蜂蜜のエールだ、美味いぞ」
言われるがままグラスに口をつける。
微かな酒の風味の後、濃厚な蜜の甘味が口内へと広がっていく。
クロードと同様にエールを飲みながらヴァークが再び問いかける。
「戦いにおいて、最も重要な事は何だと思う」
魔王軍に入団した以上、避けては通れぬ戦闘。
攻撃、防御、危機感知……様々な答えが返ってきそうな質問ではあるが、クロードの答えばどれとも違っていた。
「負けない事です」
真っ直ぐにヴァークを見つめ、そう言い放ったクロードにヴァークは愉快そうな表情を浮かべる。
「そうだ。負けぬ事、それが何よりも大切な事だ」
ヴァークが続ける。
「公正、正々堂々、真っ向勝負……そのような戯言に一切の耳を持つな。我々は見世物の剣闘士では無く魔王軍だ 」
「…………」
「その力はお前の武器だ。 あらゆる手を使いその技を磨け、そうすればお前の望み――勇者の喉を喰い破る事も出来る」
クロードとヴァークがエールを飲み終えたのはほぼ同時だった。
「勝つための手段を選ぶな、それが破軍隊の全てだ」
「……ご指導、感謝します」
「以上」
一礼し、執務室を後にする。
破軍隊としての任務は、今日より始まる。
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