第二章 神の恩寵に反逆を
第19話 破軍隊の訓練
クロードが魔王軍に入団し、四柱将の従える中でも最も頭数の多い部隊である破軍隊に配属されて数ヶ月が経過した。
では一体クロードはこの期間でどれ程の戦果を挙げたのか……答えはゼロである。
それも当然の話、新兵として配属されたクロードは実際に戦場で戦える「一般兵」として扱われておらず、体力作りや格闘、武器訓練などの教育プログラムを他の新兵魔物達と一緒に受けている最中だからだ。
「走行訓練始めっ!!」
教官の指示と同時にクロードを含めた新兵達が走り出す。
現在行われているのは準備運動と体力作りを兼ねたランニングである。
訓練場の外周を決められた回数走るだけではあるが走行距離の合計は約10キロメートル近くになり、更に重量20キロ程の防具を装着した状態での走行が毎日最初に行われていた。
人間よりも圧倒的に強靭な肉体を持つ魔物にとっては少しキツめの準備運動かも知れないが、肉体そのものは人間に過ぎないクロードには余りに過酷な訓練である。
「何だ、またクロードが最後か」
「仕方ないですよ人間なんですから」
「何だってあんな弱っちい人間が魔王軍に……」
既にゴールした魔物たちから冷笑を受けながらひたすらに走る。
しかしクロードはこの数ヶ月間、毎回一切スピードを落とすことなく走り続けていた。
常人の全力疾走に近い速度で重りを抱えてひた走り、他の魔物の数倍の時間をかけてゴールする頃には血反吐を吐こうとも脱落することなく走り続けた。
「素振り三百回、始めっ!!」
訓練用の木剣を構え、切り上げ、切り下ろし、振り抜きの一連の動作を三百回。
木剣と言えども重量は十分、剣を握ったことも無いクロードにはこれも無茶な訓練である。
常人なら五十回もやれば腕が動かなくなるものだが、両腕が痙攣して筋肉が引きちぎれそうな痛みの信号を発しても表情を崩すことなく無心で剣を振り続けた。
形も崩れ、ぶるぶると震える腕で木剣を振る姿に呆れと嘲笑、憐憫が注がれる。
先に規定回数を終え、退屈そうな新兵達の前でクロードが素振りを終える頃には手のひらから血が滴り、焼けるような痛みが張り付いていた。
「模擬戦始めっ!!」
そして一対一の模擬戦が一日の訓練の締めくくりとなる。
毎回相手は変わるものの、その誰もがクロードよりも体格も筋力も圧倒的に上の魔族。
前の訓練でボロボロのクロードは毎日手酷くやられており、「死なれては困る」という事で最軽量の模擬剣の上から分厚く布を巻き付けて殺傷力を可能な限り減らした対クロード専用の武器での模擬戦というのがお決まりだった。
「もっとしっかりしてくれよ、こんなんじゃ訓練にならねぇ」
大柄な魔物が欠伸をしながらクロードの攻撃を捌く。
肉体的な限界は既に超えている。何とか繰り出す攻撃もスピードは遅く、威力も足りない。
相手の無造作に薙ぎ払う攻撃が脇腹に直撃し、よろめく体を支えきれず足から崩れ落ちる。
どちらかが決定打を放てる体勢になるまで続けられる模擬戦だが、今のクロードは誰がどう見ても模擬戦を続けられるような状態でない。
「教官、終わりま――」
ガッ!!
右手に伝わる衝撃の後、握られていた模擬剣が弾き飛ばされたことを理解する。
一瞬の驚きの後振り返ろうとした足元にクロード渾身の足払いが放たれ、相手の魔物が尻もちを着く。
卑怯者を睨みつけようと捻った首元にクロードの模擬剣が突き付けられた。
「……俺の、勝ち……だ」
「ふざけんな!!後ろから不意打ちなんてしやがって……この卑怯者が!!」
「やめんか」
今にも殴り掛かりそうな形相の魔物を見かねて教官が二人の間に割って入る。
「模擬戦は決着姿勢のみでの終了の筈だ、実際の戦場でもお前は同じ事を言うのか?」
「そ、それは……」
「クロード、これが初めての白星か。 他の訓練では散々だったが……人間にしては良くやった」
「ありがとう……ございます」
「本隊でもその調子でやれよ」
「はい」
教官が去り、憎々しげな視線を送りながら相手の魔物も模擬剣を直しに戻る。
数ヶ月に及ぶ新兵教育プログラム、その最終日が今日である。
全ての模擬戦が終わり、クロードを含む全新兵が教官の前に整列する。
「本日をもってお前達は新兵を卒業し、破軍隊本隊所属となる。 破軍隊大将ヴァーク様の……そして何より魔王ディアニス様の名に恥じぬように心掛けろ!」
「はい!!」
「それでは各自、祭礼剣を取って宿舎に戻れ」
魔物達が教官の隣に置かれた鞘付きの剣を取り、訓練場を出ていく。
見習い兵士である新兵から実際に戦場に出撃し戦闘を行う一般兵になった証がこの「祭礼剣」と呼ばれる剣である。
魔王軍では基本的に自身の扱う装備についてよっぽど危険な物を除いて制限が無い。つまり身銭を切れば好きな武具を使えるということであるが、多くの一般兵はこの祭礼剣を使用している。
祭礼と名はついているが刀身は本身であり、実際に生物を切り裂く事も容易なこの剣が魔王軍兵士の平均的な装備と言えるだろう。
「クロード、お前が最後だ」
積まれていた祭礼剣はみるみるうちに減ってゆき、最後に残ったクロードの物を一本残すのみとなっていた。
残った一本を持ち上げると、模擬剣とは違う重量感が手に伝わってくる。
鞘から刀身を抜けば銀色の刃がクロードの顔を映す。
「おい、ここで抜くんじゃ――」
「【
教官が注意しようとした瞬間、クロードの顔面が上下に大きく裂ける。
漆黒の牙を剥き出しながら大きく開かれた口の中にゆっくりとクロードが祭礼剣を差し込む。
腹を空かせた獣が餌にありつくように【
数ヶ月の訓練の間、貧弱な人間だとしか思っていなかったクロードの異様な姿に教官は言葉を失っていた。
「お、おい! 祭礼剣は一度のみの支給だぞ、故意の破損なら自己負担で……」
「ご心配ありがとうございます。でも俺は――」
元の姿に戻ったクロードの右腕が裂けていく。
裂け目から鋭い牙が伸びるのは先程目撃したものと同じ。しかしその牙は何かを齧るでもなくぶるぶると震えるばかり。
「お前何を」
「【
ジャキン!
【
怪物の舌のように伸びたそれをクロードが何回か振り、満足そうな表情を浮かべる。
「……うん、やっぱりこの方が良い」
祭礼剣よりも鋭利で、祭礼剣よりも軽く、祭礼剣よりも硬いそれは、クロードの右腕と一体化した剣のようであった。
「これまでのご指導ありがとうございました、失礼します」
「ま、待て」
右腕を元に戻し、何事も無かったように帰ろうとするクロードを教官が呼び止める。
「何故これまでの訓練でそれを使わなかった?」
「……死者を出したくなかったので。皆、大切な仲間ですから」
その言葉と裏腹に何も感情の篭っていないような笑顔でクロードが答える。
一礼をして去っていくクロードを見ながら、教官は形容し難い恐怖感を覚えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます