第10話 気付き

 送迎の馬車で霊峰を超えて再び人族領地へと踏み入ったクロードは、かつて馴染みのあった村へと歩を進めていた。

 といってもクロード本人が訪れたことは無く、故郷の村と時折作物の商売をしていた程度だったが。

 目的地へと進み続けながらクロードは一人思考を巡らせる。


(このテストは俺の実力と覚悟を見るものだとニルは言っていた。俺が魔王軍の為に、躊躇なく人族を手に掛けられるのかを確認するんだろう)


 いくらクロードが勇者へ憎悪を募らせ、領地内で魔族に対して敵対的な行動を一切取っていなかったとは言え、無条件に得体の知れない人間を人族領地侵攻の要である魔王軍に入団させる程ニルは楽観的ではなかった。


 魔王軍にとっての懸念事項、「クロードが裏切り、魔王軍の内部情報を人族へと売る可能性」が無いということをこのテストで示さなければならないということは凡そ理解出来ていた。


(……村の人間を滅ぼすだけなら【喰らう者ディヴァ】を使えばそれほど難しい事じゃない。 だが、それじゃまだ足りない)


 クロードが目指すのはただの魔王軍兵士ではなく、更なる高み。それこそニルの位置する軍団総指揮の様な立場である。

 ただ力を示すだけではそこらの雑兵魔族と何も変わらない。


 魔王軍のナンバー2にアピール出来るというチャンスは中々回ってくるものでは無いだろう。

 何としても「使える奴」である事を理解させなければならない。


「ん……」


 そんな思考を続けるクロードの目の端に映ったものがあった。


 道端に蠢く数匹のゲル状生物、「スライム」と呼称されるそれはれっきとした低級の魔物である。


 本来ならば人族を発見すると集団で襲い掛かる習性があるスライムだが、接近するクロードを感知して尚その場でうねうねと収縮運動を繰り返すだけだった。


「……なるほど、魔族領地の魔力に対応した俺は既に『仲間』って事か」


 スライムの群れを見下ろしながらクロードはこれまでの道程を思い返す。


 霊峰を超え、領地へ踏み入るまでに会話が成り立つような高度の知能を持った魔物に出会うことは無かった。見掛けたのは全て生存本能に忠実に従う獣のような魔物ばかり。


「簡単な構造だな」


 感覚器らしきものは持たず、薄黄色の身体の中にビー玉程度の核を有すだけのシンプルな肉体構造。


 スライムは極端な例ではあるが、こちら側で見られる魔物は魔族領地の魔物と比べれば圧倒的に簡素な身体構造をしていた。


 ここから一つクロードは仮説を建てる。


「人族が濁った魔力の中で生きられないように、高位魔族もこちら側では生きられないのか?」


 食糧を荒らし、人族を捕食するというのが行動の大多数を占める低級魔物が魔力よりも食事でエネルギーを補給しているのならば、身体に合わない魔力の中で活動できるのも納得出来る。


 人族が魔族領地を汚染されていると感じるように、人族領地の清浄な魔力こそが魔王軍にとっての「穢れた魔力」になっている。


 人族よりも圧倒的な身体能力を持つはずの魔族が人族領地に低級魔物を態々放つ理由はここにあるのかもしれない、という仮説だ。


「コイツらが土地を汚染しなければ魔王軍は全力で侵攻できない……って所かな」


 クロードの中でゆっくりと策がパズルのピースのように組み上がっていく。


「知性もなく、食欲旺盛なスライムか……使えそうだ」


 クロードは目の前で蠢くスライムの群れに手を伸ばす。


「【喰らう者ディヴァ】」


 引き裂かれた右腕がスライムの群れを口内へと収め、そのまま咀嚼すること無く喉の奥へと送り込む。


 十匹ほどのスライムを飲み込んだクロードはニルから受け取った地図を再確認する。


「……よし、これなら行ける」


 地図を再び折り畳み、懐へと仕舞う。

 クロードが再び歩き始めた方角は村の方ではなかった。

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