101. 光陣

 握られた手。その温かい手から、彼女の魔力を感じることができる。その量はあまりにも膨大で、底が知れなかった。

 彼女は確かに「力が未成熟だ」と言っていたが、それは魔力の操作に関する点で、純粋な魔力総量だけであればアメノウズメのそれは七天にも匹敵するだろう。


 私は舌を巻いた。サヤといいタマヨリヒメといいこのアメノウズメといい、優秀な魔導士になり得る人材が、東邦にはたくさんいるのだろう。


 だからこそ以前のセイファート国王は彼らと手を組んでおり、アルベルツ侯爵やライムントはそれを脅威として排除しようとしている。──考えれば無理もない話だ。魔法という超常の力を操る存在の能力は未知数であり、純粋な軍事力で測ることはできない。

 手を組めているうちはいいが、彼らが全魔力を軍事に注いだ時、七天をまとめられていないセイファート王国は間違いなく滅ぼされるだろう。


 それを防ぐためにアルベルツ侯爵は東邦を叩いておく必要があったのだ。サヤが不在で、軟禁されていたタマヨリヒメと未熟なアメノウズメがその力を十分に発揮できない今がチャンスだと思ったのだろう。


(でも、サヤさんは東邦軍と合流し、タマヨリヒメさんも開放されてしまった。──ライムントからしてみたら、アメノウズメさんだけは仕留めておきたいでしょうね)



 つまりは敵の狙いは私とアメノウズメなのだ。恐らく、彼女の才能に気づいたライムントが懐柔して私たちを襲わせたものの、妨害にあって彼女を東邦へ逃がすことになってしまった──ということだろうか。

 だからライムントがみすみす退くはずがなかった。二人が一緒にいる今が、まとめて始末できる絶好の機会なのだから。


「アメノウズメさん……あなた……」

「──?」

「ほんとに……いいんですね?」

「もちろんです!」


 上空から闇の魔力の気配がする。ライムントは私とアメノウズメを一気に消し去るべく、上級魔法を使用してくるようだ。

 普通なら絶対に防げない。だが、ここには膨大な魔力があって、私は魔力を操る才能だけで考えれば七天の誰よりも優れている自信があった。



 ブワッと上空から襲いかかってくる紫色の霧──死の霧を私はアメノウズメの魔力を使って撃退を試みる。

 右掌を前に突き出し、左手から魔力を取り込む。


(まずは風!)


 シーハンがやったように風で霧を吹き飛ばす。それも、上昇気流を起こして上空に巻き上げるように。

 これでライムントは降りて来ざるを得なくなっただろう。

 案の定正面に転移魔法の魔力を感じた。


「いいだろう。決着をつけようか。魔法学校の時の続きをしよう」


 10メーテルほど前方に現れたライムントは、笑みを浮かべていた。


「まさか……これが目的でわざわざ私とアメノウズメさんを合流させたんですか!?」

「当たり前だよ。魔法が使えないティナちゃんを倒しても、僕が最強だってことにはならないからね!」

「……大した自信ですね」

「その代わり、僕が勝ったら一緒にアルベルツ領に来てもらうから。──全力で来なよ。それで僕のリベンジは果たされる!」


 一方的に宣言したライムントは、瞬時に姿を消した。──また転移魔法だ。



(もう腹を括るしかない!)


 私はギュッと握った左手からありったけの魔力をかき集めた。アメノウズメには申し訳ないけれど背に腹はかえられない。こうなったら私の知る最強の魔法でライムントに対するしかなかった。


「──『光陣イニシエート』ッ!!」


 ブゥンッ! ブゥンブゥンッ! 唸りを上げながら、私たち二人の周囲に光り輝く無数の魔法陣が展開された。

 と同時に、背後に現れたライムントが魔法陣に弾かれて吹き飛んだ。


「いいねぇ! そうこなくちゃな!」


 ライムントが転移する。周囲に転移しながら次々に闇の魔力を放ってくる。だが、そのことごとくが私が展開した魔法陣によって防がれていく。


「散発的な攻撃では破れません……よっ!」


 前方に突き出した手で握りこぶしを作ると、魔法陣から一斉に光線が発射される。光線はライムントの身体を貫いたが、それは幻影だったようで瞬く間に煙のように消えてしまった。

 向こうも全力、私も全力だった。


 不思議なことに、私は楽しかった。今まで思いっきり魔法を使うことができなかった自分が、思うように力を振るってライバルと競える。燻っていたものを思いっきり吐き出すことができる。それがたまらなく楽しかった。


「くらえっ!」


 再び前方に現れたライムントが膨大な魔力を放出する。私も、全力に魔法陣を集めてそれを防ぐ。バチバチバチッと空中に火花のようなものが飛び散り、光と闇が交差する。


「はぁぁぁぁぁっ!」

「やぁぁぁぁぁっ!」


 力は完全に互角。どちらも譲らない。こうなるともう純粋な魔力量の戦いだった。


(もう一押し……相手も魔法を使い続けて消耗しているはず……!)


 そう気合いを入れ直した時。バチンッ! と大きな音がして、目の前の魔法陣が弾けた。

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