102. 幕引き

「──くっ!?」


 凄まじい衝撃が私を襲った。目の前で閃光が弾け、身体が勢いよく地面に転がされる。

 そのはずみにアメノウズメの手を離してしまった私は、魔法陣を維持する力を失って、ただうつ伏せに倒れているしかなかった。



「はぁ……はぁ……やった……僕はついに最強になったんだ……」

「うぅ……」


 身体を起こそうにも手足がいうことをきいてくれない。ほとんど感覚がなく、まるで別人の手足のようだった。


「どうだティナちゃん。これで僕を受け入れてくれる気になったかな? 七天の──いや魔導士の頂点に立ったこの僕を!」


(なにが……!)


 だが認めるしかない。私ではアメノウズメの力を借りたとしてもライムントには敵わない。それほどまでに彼は力を増している。対する私は魔法学校を卒業した後、魔法とは無縁の生活を送ってきたのだ。


「……はぁ」


 私はため息をついた。ここで……こんなところで私の夢は潰えてしまうとだと考えると泣けてくる。まだ、道半ばだというのに。


「さぁ、僕と来いよティナちゃん。大丈夫、大人しくしてれば変なことはしないから」

「──あなたと行くくらいなら死んだ方がマシです!」



「激しく同感!」

「ぐはぁっ!?」


 その時、なにか大きなものがライムントをなぎ払い、彼の身体を吹き飛ばした。私は目を見張る。なぜなら、魔力の気配が一切しなかったからだ。

 体を起こした私を庇うように立っていたのは、茶髪の少女だった。肩までの髪を風になびかせ、両手には身の丈ほどの巨大なハンマーを握っている。


「サヤ……さん……?」

「ごめん、マテウスがしぶとくて……遅くなったわ」


 サヤはハンマーの先を地面に下ろして、そう口にした。苦戦したと言うわりには彼女の息は全く乱れておらず、完璧な認識遮断で魔力の気配を断ちながらライムントに奇襲をしかけたところからも、まだまだ余裕がありそうだった。

 端的に言えば、これ以上頼もしい援軍はいないだろう。


「へぇ……ってことはマテウスのやつはもうやられたのか……あいつも口ばっかり達者で大したことなかったね」


 ライムントはサヤの攻撃で大木に叩きつけられながらも首や肩を回しながら立ち上がった。普通の人間なら即死するほどの衝撃を受けたはずなのにあんなにケロッとしているのは、恐らく咄嗟に防御の魔法を使ったからだろう。


「チッ、しぶといのはこっちも同じのようね……」

「おかげさまでね」


 ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるライムントは、おもむろに背中へ手を回し、巨大な大鎌を引き抜いた。ライムントが大鎌へ魔力を送ると、黒い刃の部分が緑色の不気味な光を放つ。


「魔法学校の頃からお前とは決着をつけなきゃいけないなと思っていたんだよ。ユリアーヌスの次に危険な存在だからね」

「……それはいいんだけど、あなたなんのためにわざわざユリアーヌスを殺したの?」


 お互いの巨大な得物を構えたまま睨み合い、ライムントとサヤは言葉を投げ合う。ライムントはフッとバカにしたように笑うと続けた。


「そりゃあ、僕が最強だと証明するためだよ」

「嘘ね? それだけじゃないでしょう?」


「……何?」


 不快そうに顔をしかめるライムント。それは暗に、サヤの言葉が図星であったことを如実に表していた。


「ライムント、あなたはユリアーヌスを目障りだと思っていた。──それは、彼が優秀な魔導士だったということもあるけれど……」


 そう言いながら、サヤは私の方にチラッと視線を送ってきた。


「……えっ、私?」


「そう。ティナに惚れたライムントにとって、その想い人であるユリアーヌスは目の上のたんこぶ、取り除かねばならない障害だったのよ。──まあ、本人たちは全く気づいてなかったみたいだけど」

「うぅ……そんなことが……」



「ったく、黙って見てたら好き勝手言いやがって!」

「ほら、逆上するってことは図星ってことでしょうが!」


 ライムントが闇のオーラをまとってサヤに斬りかかり、サヤはその鎌をハンマーで受け止める。硬いものがぶつかり合うものすごい音がして、衝撃波が周囲の木々を揺らした。

 サヤはそのまま数メーテル押し込まれたものの、さすがの防御力でしっかりとライムントの鎌を受け止めている。


 近くにいてはいつ巻き込まれるかわかったものではない。アメノウズメからの魔力供給ご絶たれた私は七天同士の戦いに手出しができるはずもなかった。

 どう考えてもこの場から立ち去るのが最善手であったが、私はそうはしなかった。



 ──なぜなら


(今の話が本当なのだとしたら……ユリアーヌスくんが殺されたのは私にも責任があるっていうことに……?)


 私は改めて己の未熟さを恥じた。他人の感情に鈍感だったせいで大切な人を失い、窮地に立たされている。それが今まで何度あっただろうか。

 いったい何人の人が私の身代わりに死んでいっただろうか。ユリアーヌスも、ミッターも、もしかしたらクラリッサも。ヘルマー領の兵士たちやアマゾネスたちだって。

 その人たちにとって私は命をかける価値のない存在なのに。


 そう思った瞬間、なにか吹っ切れたような感覚があった。まだ未熟な私の心が、背負った人の死の重さに耐えきれずに音を立てて崩れていくような……例えるとすればそんな感覚だった。


 その重さは、領地の一つや二つ救ったところで到底贖えるものではなくて……。


 後悔した。

 後悔しても仕方がないけれど、後悔するしかなかった。

 それでもまだ足りなかった。やがてそれは自分への……世界へ向けての怒りに変わった。


「そっか……そうだったんだ……私はやっぱり必要ない存在だったんだ。私がいるからみんな不幸になるんだ……」


 誰にともなくそう呟いた。自分が誰かを不幸にした分、なんとしても世の中から争いを根絶しなければならない。圧倒的な力で世界を統一するしかない。

 私はそう結論を出した。

 そのために今まで6年余をかけて準備を進めてきたのではなかったのか。



 ふらっと地面から立ち上がり、目の前で激しく競り合うライムントとサヤの方に右掌を向ける。

 強大な魔力同士がぶつかり合っている今なら……少し手を加えるだけで均衡は崩れる。それくらいなら、魔力操作に長けた私からしてみれば造作もないことだった。


「──さようなら」


「……ティナ?」


 私に気づいたサヤが不思議そうな顔をする。だが、ライムントと全力でぶつかり合っている今は何もできない。できるはずがなかった。

 私は二つの強大な魔力の塊のちょうど中間地点に小さな楔を打ち込んだ。



 ──そこから先はよく覚えていない。





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