94. 呉越同舟


 だがある日、城を完全に包囲してテコでも動きそうになかったオルティス軍が、突如として夜闇に紛れながら撤退を開始した。

 翌日にはあれほどいた大軍は跡形もなくなっており、ヘルマー軍の面々は狐につままれた気分でいた。


「他のところで何か重大なことでも起こったのだろうか?」

「このハイゼンベルク城をそこまで労力をかけて落とす価値がないと見たとか?」

「東邦軍に背後を脅かされたとか?」

「ただ単に食糧がなくなっただけではありませんの?」


 ユリウス、サヤ、私、ミリアムは口々に憶測を述べたが、どれもありそうだが根拠に乏しいもので、どれも憶測の域を出なかった。



 しかし、翌日の昼頃になってやっとその理由がわかった。

 ヘルマー領の東西からそれぞれ大軍がこのハイゼンベルク城に向けてやってきているという知らせが入ってきたのだ。ユリウスはすぐさま偵察隊を差し向けてその大軍の正体を確認させた。もし、アルベルツ侯爵の軍だとすれば籠城を続けなければならない。


 偵察の結果、西側から迫っている大軍はゲーレ軍、そして東側から迫っている大軍は東邦軍とのことだった。つまりは両方味方だということで、ヘルマー軍は一気に安堵の空気に包まれた。


「まあ、大変なのはこれからだと思うけれど……」


 その中でサヤだけは緊張した面持ちをしていた。



 ☆ ☆



 その理由がわかったのは、両軍がハイゼンベルクに入り、城内で代表者による話し合いが持たれてからだった。

 円卓の間で議論が白熱していた。──議題は言わずもがな。


 誰がこの混成軍の指揮を執るかである。


「もちろん、この偉大なるゲーレ共和国首席の実子であるモウ・イーイーが総大将に相応しいわよね!」


 席から立ち上がって胸を張りながら宣言したのは、ゲーレからの援軍を率いて駆けつけてきた少女、イーイー。相変わらずピンク色のフリフリで派手な衣装を身につけている。


「いいえ、戦に関してはこのユキムラにおまかせください! こう見えても戦闘の経験は豊富なので必ずやお味方を勝利に導いてみせます!」


 イーイーに対抗するように立ち上がったのは真っ赤な鎧を身につけた東邦帝国のサムライ、ユキムラ。派手な鎧を身につけているだけあって目立ちたがり屋のようだ。そこは実にイーイーと性格が似通っている。


「いくらユキムラ様のお言葉でもそれは認められませんわ! ここはヘルマー伯爵家の領地ですので、当然! このユリウス・ヘルマー伯こそが総大将に相応しいですわ!」

「おいミリアム、その辺にしとけ」

「いいえ! ここはしっかりと白黒つけておかないと後で困りますわよ!」


 負けじとミリアムもユリウスの制止を振り切って立ち上がり、熱弁をふるっている。



 ──そしてもう一人。



「お主ら、誰か忘れておらんか? ワシが何年アマゾネスを率いてきたと思っておる? お主らひよっこには総大将は務まらんわ。カーッハッハッハッハッ!」

「おばあちゃんやめてよもう……」


 オルティス軍との戦闘で血が騒いだのか、謎のスイッチが入ったアマゾネスの長老──キャロルも名乗りを上げている。隣でそれを宥めようとしているリアは、げんなりしていた。



「むしろアタシ以外に総大将に相応しい奴はいるの!?」

「勝ちたいのなら僕の戦術が役に立つはずです!」

「このボケナスども、聞いてますの!? ユリウス様以外いませんわよ!」

「どうじゃ? 相撲で決着をつけんか? ワシもまだまだ若いもんには負けんわ! カーッハッハッ!」


 四人はついに額を突き合わせて一触即発の雰囲気になってしまった。私の隣でそれを眺めていたサヤが肩を竦めながらため息をつく。


「ほらね、元々寄せ集めの急造軍よ。船頭多くして船山に登る。しかもゲーレと東邦は古くからの敵国同士ときたもんだから、いきなり仲良くしろと言われても無理な話だわ」

「しかもそれにミリアム先輩とキャロル長老が絡んで厄介なことになっているわけですね……」


「まあまあ、でもウチらは仲良しなんだし、きっと上手くいくよ!」


 私とサヤの背後からそんなことを言いながら馴れ馴れしく肩に触れてきたのは、ゲーレの七天、シーハンだった。シーハンは相変わらず大胆にスリットの入ったチャイナドレスを身につけており、相変わらず厚底の靴を履いてコツコツと歩いている。

 サヤは嫌そうにシーハンの手を振り払う。


「仲良しになった覚えはないけど」

「サヤっちは冷たいなぁ? ウチとサヤっちの仲でしょ?」

「殺すぞ?」


 かつてないほどに殺気のこもった声でサヤはシーハンを一喝した。大人しい性格のサヤは昔から馴れ馴れしいシーハンを苦手にしている。いつもこういう時はクラリッサが仲裁に入るのだが、最早頼れる同僚はいないので、仕方なく私が間に入ることにする。


「まあまあ、ゲーレと東邦の利害も一致してるんですし、そもそも今サヤさんは東邦所属というわけでもないんですよね?」


 するとサヤは気まずそうに話題を変える。


「そうね。──それにしても、ゲーレと東邦の兵士たちが大人しすぎるわね。旧敵を前にして小競り合いすら起きている様子がないわ」

「そうなのよ……これはウチもびっくりしたんだけど──どうやら今のゲーレと東邦の指導者たちは相当統率力があるみたいね」


 サヤとシーハンが感心しているそばで、その『優れた統率者』の二人の決着はつこうとしていた。



「分かりました。総大将はお譲りします。その代わり僕を副将に任命してください」

「ふんっ! 分かればいいのよ。東邦人を副将にするのは気が引けるけれど、アタシは心が広いから特別に許してあげるわ!」


「ちょっと待ちなさい! ユリウス様は!」

「ミリアム、もういいやめろ!」


「総大将はどうでもいいから、誰かワシと相撲をとらんか?」

「後で相撲でもなんでもとってあげるからおばあちゃんは黙ってて!」


 ミリアムとキャロルの二人はユリウスとリアによって席に座らされ、総大将はイーイーということで決定になったようだった。



「──そうだ!」


 私は立ち上がって柏手を打った。全員の視線がこちらに向く。

 コホンと一つ咳払いをすると、人差し指を立てながら提案した。


「どうですか? 東邦には親睦を深めるためにこういう方法があるそうですが──」

「ふーん? 聞かせてもらおうかしら?」


 総大将に就任したばかりのイーイーは興味なさげに尋ねながらも、その瞳は輝いていた。

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