95. 温泉


 ☆ ☆



 領地振興事業の一環として、私が提案してハイゼンベルクの郊外に造り上げたのが『温泉施設』であった。地面を掘り進めると地熱によって温められた湯が湧いてくるというのは聞いたことがあり、東邦帝国ではその湯に浸かることで疲労回復や美肌効果などがもたらされるらしい。


 女子として『美肌』という単語は聞き捨てならないもので、もし湯に浸かるだけで美肌が手に入るのであれば何がなんでも温泉とやらを掘らなければならない。──と、観光の目玉にするなどという建前をぶら下げてユリウスの許可を取り、建設を急いでいたのだ。


 ただひたすら地面を掘るというその作業は想像以上に難しく苦難を極め、道半ばで挫折してしまったのだが、土の力を操るサヤの手にかかれば造作もなく、彼女はいとも簡単に温泉を掘り当ててしまった。

 そこで、せっかく掘り当てた温泉に皆で浸かりに行こうというのが私がイーイーに提案した内容だった。


 案の定、女子であるイーイーは『美肌』という単語に惹かれて一も二もなく賛同し、それに乗っかってくる者もたくさんおり、あれよあれよという間にかなりの人数になってしまった。

 だが、親睦を深めるという意味では大人数の方が良いのかもしれない。そう私は考えた。


 そしてその翌日温泉に浸かることになったわけだが……。


 温泉に入るにあたって私にはある使命があった。

 元々東邦では温泉に入る際に裸になるという風習があり、つまりは合法的に他人の裸を見ることができる貴重な機会なのだ。


(といっても別にいかがわしい意味合いじゃないけど……)


 私が気にしているのは主に体型面のコンプレックス。服の上からはこう見えるけど実際のところはどうなのだろう? というのを年頃の女の子たちが集まるこの場でハッキリさせるというのが私の目的だった。

 そう、まだ私は自分よりも子どもっぽい体型の女子がいるという可能性に期待していた。


(これはもしかしていかがわしい目的なのかもしれない……)


 若干の背徳感を抱きながらも私は皆を案内しながら温泉に向かう。


「にしても、まさかティナの領地に温泉ができていたなんてね」

「私の領地じゃなくてユリウス様の領地ですけどね……」


 私の隣で呑気に呟くシーハンは間違いなく私よりもメリハリのある体つきをしている。これは脱がなくてもわかる。ずるいと思った。


「温泉なんて、東邦じゃ珍しくないのだけど、ゲーレ人からしたら貴重なのかしらね? なにせ東邦人とゲーレ人じゃ肌のツヤが違うから」

「ちょっとそれどういう意味!?」

「どういう意味? そのままの意味だけど?」


 サヤは昨日から散々シーハンに憎まれ口を叩いており、シーハンもそれに応じているものの、口喧嘩に関してはサヤの方が一枚上手らしく、やられっぱなしだ。仲がいいのか悪いのかよく分からない。このサヤの体に張り付くような衣装の胸の部分はシーハンよりはだいぶ控えめであるものの、確かに私よりも起伏がある気がする。でも実際のところはどうか分からない。


 残りのメンバーは、ミリアムとパトリシア、アマゾネスのリアとキャロル、ゲーレのイーイー、東邦のアメノウズメ、そして──



「──どうしました?」

「……いえ、なにも」


 私の視線に気づいて首を傾げたのは、東邦の巫女──タマヨリヒメ。

 なんでも、ライムントやマテウスとの戦闘を想定して、ユキムラが帝に頼み込んで連れてきたというが、彼女は暴走歴があるのと、裸になると全身の文様が見えてしまうので、一緒に湯に浸かるのは少しだけ抵抗があった。

 だが、今のところタマヨリヒメはただの大人しい少女であり、私は自分の心配が杞憂であることを願うばかりだった。



 さて、街はずれの温泉施設にたどり着いた私たちは、ユリウスの計らいで貸切になっていた建物内に入っていく。──見た目は普通の家屋だが、そこはただの脱衣場兼休憩所であり、温泉そのものは建物の裏側にぐるっと塀に囲まれた状態で存在しているのだ。


 脱衣場で各々服を脱ぐと、それを棚に仕舞って、湯船に向かう。

 やはり特筆すべきはシーハンの体型の良さであり、それはドレスを脱いでも全く変わらない──というか余計際立って見える。


(むむむ……やっぱりシーハンさんは大きい……そして多分サヤさんも私より大きい……隠れ巨乳ってやつですか!)


 私とそこまで変わらないかと思っていたサヤも、実は胸の上からサラシのようなものを巻いて押さえつけていただけで、それなりに立派なものをお持ちだった。


 ある程度覚悟していたものの、ここまで格差を見せつけられると少し落ち込んでしまう。そして、ナイスバディなリアはもちろん、その祖母だというキャロルもなかなかのものをお持ちであり──ロリ巨乳のアメノウズメは言わずもがな。パトリシアとタマヨリヒメも人並みにはある。


 限りなく絶壁に近いのはミリアムとイーイー、そして私だけだった。



 幸いなことに、湯船に近づくとそこから立ち上る湯気で皆の身体は見えなくなったが、惨めな気持ちになった私は自然と同類のミリアムとイーイーに近づいて、湯に浸かることにした。


「ちょっとこれ、東邦だと掛け湯をするのがマナーなんだけど?」

「まあいいじゃん? ここは東邦じゃないんだし」

「そういうところはちゃんとやってもらわないと困るわ! ティナ! ティナはどこへ行ったの?」

「ティナー? どこー? さらわれたー?」


 サヤとシーハンが何か言っているが無視することにした。私は何故か仲良く湯に浸かっているミリアムとイーイーの隣に素早く滑り込む。お湯はなかなか熱かった。


「あっつ!」


「後輩ちゃん、ようこそ『持たざる者』の集まりへ」

「ぐぬぬ……アタシも大きくなったらシーハンみたいに……」

「残念ですわね、なりませんわ!」

「なんですって!?」

「わ、私だってまだまだ成長しますからね!」

「現実を見なさい、しませんわ!」

「えぇぇぇっ!?」


 私とイーイーとミリアムは、はしゃぎ回る『持つ者』たちをよそに、湯船の端の方で小声で言い合いをするなどしていた。惨めだったが、それなりに楽しかった。

 なにより、ミリアムとイーイーとの絆が深まったように思えて、東邦人たちが温泉で「裸の付き合い」をすることで親睦を深めたという噂は本当だということが実感できた。



 やがて、懐かしそうに小さい頃の思い出を話し始めたイーイーがのぼせて伸びてしまい、私たちは彼女の介抱をするために他の人たちより一足先に湯船を後にすることになった。

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