91. おふくろの味

 ☆ ☆



 城の地下倉庫からイノブタの肉と野菜を数種類拝借した私は、そのまま厨房へ向かって料理を始めた。


「──それじゃあ、調理開始ショータイム!」



 まずは鍋に湯を沸かし、魚を入れて出汁をとりながら野菜の下ごしらえをする。

 タマネギは一個。ニンジンも一本。そしてジャカルタイモを三つ。水で洗って丁寧に皮をむいていく。


「へぇ、わたしティナの料理食べるの初めてかも……本当に食べられるの?」

「失礼ですね! これでも私は王都の料理店で修行をして、店主にも認められてヘルマー領で自分の店も持っていた一流料理人なんですよ!」

「そ。それならお手並み拝見といこうかな」


 私が料理をしている様子を、サヤは偉そうに腕を組みながら眺めている。私は俄然燃えた。


(見ていなさいサヤさんもシーハンさんのように一発で胃袋を掴んであげますから!)


 苛立ちを力に変えて、そのままの勢いで鍋に油を敷くと、イノブタの肉を細かく切って炒めていく。色がついたら野菜を入れて軽く炒め、水を入れて出汁を投入。ソイソース、酒、みりんで味をつけていく。

 落し蓋をしたらそのまましばらく煮立てる。


「──もしかしてこれって……」

「やっと気づきましたか。きっとサヤさんも馴染みのある料理なんじゃないですか?」

「馴染みもなにも、小さい時はほんとによく食べていたわ。お母さんやお師匠様に作ってもらってね……」


 出汁や野菜のいい香りが広がる厨房の中で、サヤは過去を思い出しているかのように遠い目をしている。効果は抜群のようだ。


「仕上げはこれです!」


 私が取り出したのは、東邦から取り寄せた『しらたき』という食材。一見すると麺のようだが、もっとツルツルしていて不思議な食感の食べ物だ。

 落し蓋を外して一度アクを取ると、しらたきを食べやすい大きさに切って入れる。そしてまた落し蓋。水分が少なくなるまでじっくりと煮込む。


「いい匂い……そうこの匂いだわ。この匂いがするとお腹が減ってきちゃうのよね……」


 無意識にか、お腹の辺りを押さえながらしみじみと呟くサヤ。彼女は料理の完成を今か今かと心待ちにしているようだった。私も、気づいたらお腹が空いてきていた。──他に誰か誘ってみんなで食べたい気もしてくる。



 やがて、いい感じに水分が飛んで、鍋の中には美味しそうな肉じゃがが出来上がった。


 私はそれを器に盛ってサヤに差し出す。


「うわぁ……すごく美味しそう……」


 サヤは普段の大人しい雰囲気はどこへやら、目を輝かせてまるで子供のようだった。

 私が箸を手渡すと、東邦出身のサヤはもちろん箸を扱えるようで、合わせた手のひらの親指のところに箸を挟んだ独特のフォームでお辞儀をした。


「──いただきます」

「どうぞ」


 肉とジャカルタイモをまとめて箸ですくい、口へ運ぶサヤ。そしてもぐもぐと噛み締めるように味わう。


「……うん、うん」

「それはどういう反応ですか……?」


 東邦人はつくづく分かりにくい。


「美味しい……」

「ほんとですか!?」

「ん、すごく美味しい……」


 すると、追加でニンジンやタマネギを口に放り込んで味わい始めるサヤ。かなり気に入って貰えたようだ。


(よかった……本場の人に気に入ってもらうってなかなかハードルが高いから……)


 東邦帝国では、肉じゃがは広く食べられており、『おふくろの味』と言われるほどその味付けでその家庭の色が出ると言われている。私の味付けは黒猫亭の主人から教わったものだが、彼が言うにはこれがスタンダードな味らしい。

 サヤがここまで気に入っているということは、彼女のお母さんや師匠も似たような味付けをしていたに違いない。



「なんか、国に帰りたくなっちゃったわ……」

「帰りましょう? 皆まだサヤさんの帰りを待ってますよ?」

「ほんと?」

「ええ、帝も……ユキムラさんも……」

「ユキムラ……」


 サヤは虚空を見つめてしばし物思いにふけっていた。サヤにとってもユキムラは思い出深い相手だったに違いない。なにせ、二人は婚約をしていたというのだから。


「ユキムラは元気?」

「はい! ユキムラさんはまだサヤさんを諦めていないようでした」

「そ……」


 すると、サヤは興味を失ったように俯いてしまった。そのままもぐもぐと肉じゃがを食べ続けている。


(あれ……?)


 私は揺さぶりが効いていないのかと思った。さすがはサヤ、一筋縄どころか三筋縄くらいでも上手くいかないなと……。

 だがどうやらそれは違っていたようだ。やがて顔を上げたサヤは満足そうに空になった器を見せてきた。その器は汁の一滴まで綺麗に平らげられていた。それを見て、私は


「ごちそうさま」

「よかったです。満足していただけたみたいで……」

「えぇ、こんな状況じゃなければ毎日食べたいくらいだわ」

「──この戦いが終わったら……毎日食べに来てもいいですよ」

「ほんと……?」


 私は力強く頷いた。自分の料理を楽しみにしてくれる人は誰であれ心の支えになってくれるというのは、料理人の誰もが思うことだろう。

 作ることで料理人もお客さんも嬉しい気持ちになれる。それが料理のいいところだと思う。



「わたし、ティナに協力することにした。──東邦人じゃないのにこんなに美味しい肉じゃがを作ってくれる人ってなかなかいないから。守ってあげないとね」

「え、いいんですか?」

「もちろん。でもあまり期待しないで。わたし一人で押し寄せるオルティス軍を何とかできるわけないから」


 オルティス公国……って確か……。


「魔獣を操るっていう噂の……」

「そ。とても厄介な相手よ」

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