59. 冒険者ギルド

 ☆ ☆



 貴族はほとんどの場合、王宮の近くに屋敷を持っている。それはヘルマー伯爵家も例外ではなく、建物から溢れてくる光を頼りに歓楽街を抜けて貴族屋敷が集まっている地区に入った私たちは、すぐにその屋敷を見つけることができた。


 ほかの貴族屋敷に比べていくらかこじんまりとしたレンガ造りの屋敷。管理する人を雇う金がないので、小さな庭には雑草が生え放題で、屋敷の壁や窓にもツルのようなものが蔓延っている。


「……ここで間違いないんだよね?」

「そのはずですけど……」


 リアが怪訝な表情で呟くと、私も少し自信がなくなってきた。だが、アクセルに伝えられたヘルマー屋敷の場所は確かにここで間違いなさそうだ。


「明かりがついてますね」


 ツルに覆われた窓を指さしながらそう口にしたアメノウズメは、もう今夜はここに泊めてもらう気まんまんのようだった。確かに、こんな夜更けに女の子を送り出すのは気が引ける。


 私たちは苦労しながら草に覆われた門を見つけ、そこから敷地に入る。建物の中に入ると、早速アクセルたちが迎えてくれた。


「よく戻ったな。遅いから心配してたんだぞ?」

「ごめんなさい。少し店の手伝いをしていたので……」

「そうか。まあゆっくりしてくれ……とはいえまだ片付いていないがな」


 屋敷の中は物は整理されているものの、掃除は行き届いていないらしく、そこかしこにほこりが溜まっていた。これは少し手がかかりそうだった。


(うーん……でもさすがに今日は疲れたし……)



 私たちはひとまず各々与えられた部屋に入り、休むことにした。アメノウズメはライムントの襲撃を恐れているのか、一人で部屋を使うのを怖がったため、リアと同じ部屋に入ることになった。


 スラム街にいたころの私の部屋と同じくらいの小さな部屋にポツンと置かれた寝台。私はそこに横になって、思いを馳せてみる。


(品評会は明後日……明日は冒険者ギルドに行って、シーハンさんから頼まれていたサヤさんの消息の確認をしないと……それと、ユリアーヌスくんの死の真相についても質さないと……)


 ライムントは確かにユリアーヌスを自分で殺したという趣旨の発言をしていた。冒険者を統括する冒険者ギルドがそのことを把握していないという可能性は低い。私が伝え聞いたユリアーヌスの死因は『病死』だった。

 だとすれば、何らかの圧力なりがかかって真実を公表していないのかもしれない。アルベルツ侯爵家なり、王宮なりの圧力が。それほどまでに今のセイファート王国はライムントの力を当てにしている。──それはシーハンとサヤが自分たちの思い通りにならないというのが大きいのだろう。


(ということは──もう一人、会いに行かなければならない人がるね……)


 ──七天『生々流転Metempsychosis』のクラリッサ・コールザート


 水の力を持つ七天である彼女は、私の記憶によれば『王宮騎士団』に所属しているらしい。王家としても、信用できる七天を手元に置いておきたいというのがあったのだろう。セイファート王国出身の七天、マテウス、ライムント、クラリッサのうち、マテウスとライムントは貴族に、クラリッサはそのまま王宮に仕えていたはずであった。


(クラリッサさんは魔法学校時代、いつもライムントやマテウスくんと仲良くしていたし、彼らが今どういう野望を抱いて動いているのかも知っているかもしれない……)



 冒険者ギルドと王宮騎士団の駐屯地。私は二つの目的地を頭の中にしっかりと記憶すると、そのまま眠りについたのだった。



 ☆ ☆



 ──翌朝。


 清々しい朝だ。外からは賑やかな人の声が聞こえてきている。過疎化が進んでいるハイゼンベルクだとこうはいかないので、私はどこか懐かしい気分になった。


「おっはよー!」

「おはようございます!」


 身支度をして屋敷の厨房に向かうと、リアとアメノウズメの二人が目を輝かせて待っていた。よほど私が作る朝食が楽しみらしい。


(しょうがない、二人のために美味しいオムレツを作ってあげよっと)



 オムレツとパンとチーズの簡素な朝食をリアとアメノウズメ、アクセル、カルロス、ホラーツ、セリムの全員分作りそれを食べ終えると、いよいよ私は冒険者ギルドを訪ねることにした。


 当初の予定どおり、ホラーツとセリムが同行を申し出てきて、成り行きでリアとアメノウズメも同行することになり、結局冒険者ギルドへは五人で向かうことになった。


 私たち五人は、歓楽街に位置している冒険者ギルドの建物に向けて石造りの街並みを歩き、十分足らずで目的地に辿りついた。


「ここが冒険者ギルド……」

「すごい……大きいです」


 その建物の大きさにリアとアメノウズメは圧倒されている。おじいちゃん二人も興味津々の様子だった。

 私は、相変わらず混みあっている建物の中を横切って目的の人物を探す。探しているのはもちろん、私がお世話になっている冒険者ギルドのお姉さんだった。


 果たして、そのお姉さんはすぐに見つかった。カウンターの一つで冒険者にクエストを案内していたのだ。


「お姉さーーーん!」


 私が大声を上げると、お姉さんはすぐにこちらに気づき、満面の笑みを浮かべた。そしてすぐさま案内役を別の職員と交代して、私の方に駆け寄ってきた。


「ティナさん! お元気そうでなによりです!」

「えへへ、お陰様で……」


 お姉さんは私が連れている四人に視線を向けて不思議そうな顔をした。


「こちらは……? 西方のアマゾネス……に東邦の巫女さん……ですね?」

「そうです。ちょっとお姉さんにお話があって……」

「どうやら込み入った話があるようですね。──上の部屋へどうぞ」


 察しのいいお姉さんは、早速私たちを二階の個室に案内した。10ラッシュほどの、打ち合わせに使う部屋だ。

 部屋の中心には四角いテーブルと、ちょうど私たち六人が腰掛けられるくらいの椅子が置いてあり、お姉さんは私たちに椅子を勧める。全員が椅子に腰かけると、しっかりと扉を閉めた。



「さてと、お話とはなんですか?」


 私たちを見回しながらそう口にするお姉さん。


「七天の、サヤとユリアーヌスについて、冒険者ギルドが掴んでいる情報を全て教えていただきたいんです」


 お姉さんの目を見つめながら言う。が、お姉さんは一切動じない。まるで質問の内容をあらかじめ知っていたかのように落ち着き払っている。


「知ってどうするんですか? 後悔するかもしれませんよ?」

「覚悟の上です。私は真実が知りたいんです」


 お姉さんは、ふぅぅ……とため息をついた。


「この情報は──高くつきますよ?」

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