3. 馬子にも衣装

 ☆ ☆



 いつもの麻袋を背負い、お姉さんに連れられながら、私は石が敷き詰められて舗装された王都内の道を歓楽街へ向かって歩いた。

 冒険者ギルドは王都の中心にある王宮とスラム街の中間地点の歓楽街に存在している。歓楽街には私の勤め先であった『黒猫亭』もあるので、私もここら辺の地理には明るかった。


 さて、歓楽街の一角に一際立派にそびえるレンガ造りの五階建ての建物、それが冒険者ギルドの本拠地だった。王国中の冒険者を管理し、様々なクエストや雇用契約、さらには有事の兵力召集も担う冒険者ギルドは各領地に支部を構えている。大きな領地には当然大きな建物の支部が、私が行くようなド田舎領地には人がいるのかも怪しい支部が……多分あると思う。



 お姉さんは私を伴って重厚な木製のドアを開けて慣れた様子で建物の中に入っていき、クエストを受注するため、または冒険者を雇うために掲示板の前に群がる人々を押しのけながらどんどん進む。手を引いてもらえなかったらはぐれてしまいそうだ。


 私はお姉さんについて建物の最上階にやってきた。もちろんこんなところには今まで来たことがない。薄暗い屋根裏部屋のような場所だが、軽く50ラッシュ以上の広さがあり、様々な衣服、鎧などの装備や武器が所狭しと置かれていた。


「ここは……?」

「冒険者ギルドで所有している装備の保管庫ですね。登録料が払えない方から押収したものから、寄付されたもの、引退した冒険者が残していったもの、亡くなった冒険者の所有物まで様々な装備があります」

「それを私に……?」


 聞く限りだとあまりいい印象のない装備たちだが、見回すとかなり高額そうな装備もあったり、なによりタダでちゃんとした装備が貰えるということで、不安よりも期待が勝っていた。


「言ったでしょう? 冒険者さんがちゃんとした身なりをしてないと私たちとしても恥ずかしくて雇い主の元に送り出せないんです。それに、こういうのは倉庫に置いておくよりも誰かに使ってもらうものですし」


 ブツブツと言いながらも、お姉さんは衣服や装備の山を漁っていく。



「うーん、とはいえなかなかティナさんの身体に合ったサイズのものはないですね……」

「ちっこくて悪かったですね!」


 お姉さんの発言を侮辱ととった私は咄嗟に言い返した。


(別に好きでこんな身体してるんじゃないし……)


 確かによく、ちっこくてかわいいと言われることはあるけれど、私はそういう類の発言は全て侮辱だと思っている。本人の気持ちを考えていない、無責任な発言だ。高いところのものは取れないし、ナメられるし、人混みには埋もれるし、身長が低くていいことはほとんどないのだ。


「あー、あったあった。これなら──あとこれとか……」


 そんな私の心境などお構いなしといった感じで、お姉さんは私の目の前にポンポンポンと白いインナーや黒いスカート、赤い上着、黒いブーツ、深緑色のマントなどを積み重ねていった。


「とりあえずそれを着てみてください」


 訝りながらも身につけていたボロ布を脱いで、お姉さんにも手伝ってもらいながら見よう見まねでそれらの衣類や装備を身につけていく。それぞれ別人のものなのか一見統一感のない衣類のようにも思えたけれど、身につけてみるとそれなりに整ってかっこいい。なにより私にピッタリのサイズがあったのに驚きだったし、ボロ布とは肌触りが断然違っていた。少し肌の露出が多いような気もしたが、どうせあまり戦う気はないんだし、構わないだろう。



「おおーっ、馬子にも衣装とはこのことですね!」

「誰が馬子ですか……私は料理人で、冒険者なんですけど!」

「ふむふむ、では冒険者さん。武器は何にしますか?」


 冒険者ギルドのお姉さんはいつにも増して上機嫌だ。私が不貞腐れる素振りを見せても意にも介さない。私としても予想外に素晴らしい装備をもらってはしゃぎたい気分なのだけど、なんとなく子供っぽく思われるのが嫌で素直になれない部分があった。


「武器も貰えるんですか……?」

「えぇ、冒険者には武器が欠かせませんからね。剣でも槍でも弓でも杖でも、好きなのを選んでください。──といってもティナさんの腕力で扱える武器といったら……」


(まあ、そうなりますよね……)


 非力なちっこい女子が扱える武器なんて限られている。おおかた、弓や短剣、魔法が付与された武器あたりだろう。しかし、魔法がほとんど使えない私には、魔法の武器は使えない。


「なんかしっくりこないですね」


 お姉さんに手渡された短剣を振ってみたけれど、これを相手に当てられるほどの反射神経も脚力もない。ましてや投げて使うなんてこともできないし。


「背中に調理道具を背負っていると弓矢は邪魔になるし──」

「冒険者に調理道具はいらないでしょう。置いていきましょう」

「……は?」


 私は思わず首を傾げてしまった。

 このフライパンや包丁などの調理道具は非力で『黒猫亭』のフライパンを振るえない私が苦労して自前で揃えた小ぶりなもの、そして秘蔵の調味料は修行の末に自分で開発したものも含まれる。手放したらまた出会えるかは分からないような、そんな苦労の結晶だった。


「それは、それは嫌です! これがなくなったら私の五年間の苦労がなんだったのってことに……」

「え、えっと、でも調理道具持ち歩いてる冒険者なんて前代未聞ですよ?」

「いいじゃないですか私は料理しかできないんだから!」


 開き直った私は、背中の麻袋の中から小ぶりのフライパンを持ち出して、右手で剣のように構えて、見よう見まねで振るってみた。毎日振るい慣れたそれは手に馴染み、自由自在に操れる。磨かれた倉庫の床がブーツの底と擦れて、キュッキュッという愉快な音が鳴った。


(やっぱりこの子がいい!)


「──それで戦うつもりですか?」

「もちろんです! この子は私の相棒なので!」

「うーん、せめて包丁とかに……」


 お姉さんは困り顔になってしまった。でも、私としては調理道具以外のものは極力持ちたくないのだから仕方ない。調理用の包丁は確かによく切れるけれど、それを戦闘に使ってしまうとすぐに刃がダメになってしまうので、消去法でフライパンなのだ。


 ということを渋るお姉さんに力説してみたところ、お姉さんは渋々折れてくれた。


「まあ武器は使いやすいものを持つのが一番といいますし、フライパンは鈍器としては悪くない……気もします」

「それに、倒したモンスターをその場で調理できたらすごくないですか?」

「それはもはや冒険者がやることじゃないですよ……」


 呆れ果てたお姉さんは、ティナさんは冒険者になりたいんですかそれとも料理人になりたいんですか? とボソッと呟いた。私は少し考えてからこう答えた。



「私は──世界一料理の上手い冒険者になります!」

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