第54話 神霊保安部(1)
人生において宮内庁に出向く可能性は、何回だろうか。恐らく大多数の一般人はゼロと答えるに違いない。宮内庁が何処にあるのかさえ分からないのが、日本人の大半を占めているだろう。だって、他の省庁なら何となく場所を把握しているかもしれないけれど、宮内庁が何処にあるか――なんて考えたこともないのかもしれない。少しばかり考えれば想像が付くかもしれないが、宮内庁があるのは住所で言えば東京都千代田区千代田一番一号――つまり、東京のど真ん中、皇居である。
皇居――つまり、天皇陛下の住まいである。かつては京都に朝廷があったため、京都に住んでいた訳だけれど、明治維新を機に東京へやって来たらしい。今でも京都人は天皇陛下の住まいが京都御所として存在しているのだから、日本の首都は京都である、なんてことを思っているのだ。ほんとうかどうか分からないけれど、たまにテレビ番組のバラエティで出てくるくらいだし、ほんとうにそう思っている人は一定数居そうな気がする。
皇居とは、かつて江戸城があった場所に存在している。もっとも、江戸城自体はないようだけれど、皇居の中も一般人が入れる場所はある訳だ。今年はなかったけれど、例年なら年始に一般参賀をやって多くの人が天皇陛下含む皇族の顔を拝見――拝む? する訳。しかしながら、若者にしてみれば――ぼくも若者に入るからあまり言いたくはないのだけれど――天皇陛下含む皇族の価値をあまり理解していないなんて言われていたりする。まあ、一応歴史がはっきりしている王家の中では世界最古の一族だって言われているぐらいだったかな? 中国は三千年の歴史があるらしいけれど、国としてはけっこう変わってしまっているし、その当時の皇帝一族が同じ地位に居るかと言われるとそうでもない訳だし。一応、二千五百年ぐらいは家系図が辿れるんだったっけ? 後は皇居の住居表示――つまり住所が覚えやすいってのもあって、本籍として人気が高いらしい。
宮内庁庁舎は、古めかしい建物だった。戦前に建設されたらしいけれど、今も戦前の建物を使っているって凄いよな。まあ、省庁を新しい建物にするって言ったら、一部の層が文句を言いそうな気がするけれど……。
「ちょっと時間があるようだし、ここで休憩でもしていこうか」
それにしても、宮内庁の中に郵便局があるとは思いもしなかった。もしかしてここから郵便を出したり出来る?
「残念ながらそれは無理だよ、少年。この宮内庁内郵便局はね、利用者が限定されている訳ではないから、少年の言うとおりここから送付した郵便物に『宮内庁内』なんて消印が付くんじゃないか……って期待する気持ちは分からなくもない。しかしながら、この郵便局が入っている宮内庁は、関係者しか立ち入ることが出来ないのさ。今回わたし達が入ることが出来たのも、神霊保安部に用事があったから。つまり、わたし達が使うことは出来ない、って訳」
残念ではあるけれど、ぼくはこういう場所からわざわざ郵便を出すようなミーハーではないから安心してくれ。一応、昔湯布院に連れられて東京駅の限定Suicaを買ったことがあるけれど、それぐらいだったかな……。あれ、定期として使えないから結構不便なんだよな。
「寧ろ、あんな限定品を定期に使えないかと思うのがどうかしているような気がするけれどね……。ああいうのは普通保管しておくものではないのかな? わたしだって持っているよ、東京オリンピック開催記念硬貨。……開催が延期というか中止になったら、結構レアになりそうじゃない?」
転売目的で購入したのかよ……。でも警察官って公務員だし、そういうこと出来ないんじゃないのか? 副業がしたかったら、申請しないといけないとか。
「転売目的じゃなければ良いのよ。つまり、整理していたらたまたま東京オリンピックの記念硬貨が出てきたから、それをたまたま処分しようと思っていただけ。どう? 結構良いアイディアだとは思わないかな?」
別に。ただ、逃げおおせようとするだけにしか見えないけれどね。或いは言い訳を並べていると言えば良いか。
因みに今ぼく達が休憩しているのは食堂だった……。時間的にはもう夕方ぐらいの時間だったので、食堂は閉まっているのではないかなんて思っていたけれど、日勤・夜勤と仕事が分かれているようで、この時間からご飯を食べている人は居るようだった。流石にぼく達のように待ち合わせ場所に使って歓談している人は居ないけれど。
そもそも、今のご時世こういう風に食事処で歓談すること自体が駄目だったりするのだ。記者会見でも言っていたけれど、電車などの公共交通機関では感染は起こりづらい。何故ならきちんと換気をしているからだ。しかし、食事処で食事をする、歓談するとなると話は別だ。食事をするということは、どうしてもマスクを外さなければいけない訳だし――チューブを通して流動食でも入れれば話は別だけれど、そこまでしたら最早食事に意味を見いだせなくなる――話をするならばマスクをしなければいけないけれど、どうしてもそれが出来ない時だってある。バラエティでロケをしている映像を流している時も、徹底している番組としていない番組がある訳だし。そういう重箱の隅をつつくようなクレームが噴出すると、どんどんバラエティってつまらなくなるような気がする。
「そういえば少年は年末年始、何の番組を見たんだ?」
六実さんがそんな質問を投げかけてきたので、ぼくは考えることにした……。年末年始といえば、やっぱりバラエティばかりになっちゃうんだよな。クイズ正解は一年後もなかなかに面白いし。あれは年始に問題を出題して解答した物――少なくともこの時点ではネタに走っている訳だけれど――が正解するか否か、という番組でこれが結構正解してしまうことがあったりするのだ。去年の番組は結果的にオリンピック延期を的中させてしまった解答もあったり、なかなかバラエティに富んでいたと思う。大晦日だと、去年は色々ザッピングしてしまったような気がする。紅白歌合戦は勿論、笑ってはいけない、せっかくグルメ、格闘技、ざわつく、孤独のグルメ……。やっぱり気がつくと紅白を見てしまっているんだよな。去年は演歌が少なかったような気がするし、何度目だナウシカみたいな感じでけん玉世界記録に挑戦していたし、あ、でもYOASOBIは良かったような気がする。本に囲まれた空間で歌唱するというのは、小説を楽曲化するというスタンスに合っているような気がしてならない。
「わたしは断然笑ってはいけないだよね。まあ、去年は結構変わっていたような気がするがね……。今年はどうなるのかねえ? 去年は是非とも総理大臣が偶然にも同じニックネームになっていたのだから、それを上手く使って欲しかったものだね。政治家を出した割りには、そういうところに行かないのがらしいというか……」
「戦うお正月も面白いですよね。ほら、英語禁止ボウリングとか。あれって今年はやったんでしたっけ?」
入ってきた磐梯さんの言葉を聞いて、ぼくは頷く。戦うお正月と言えば、英語禁止ボウリングが懐かしい。スペアやストライクをするとご褒美があるのだけれど、英語をひとたび言ってしまうと罰金を支払わなければならないのだ。あれ、結構な額が毎年集まっているけれど、わざとやっているんじゃないだろうな……。
「六花は何を見ていたのかな? やっぱり箱根駅伝? いやあ、往路の創価大優勝ははっきり言って予想外だったよねえ。ダークホースなんて言われていたけれど、まさにその通りだったり。青山学院も粘っていたけれどね。でも、最後の最後で逆転されるのはほんとうに可哀想よね……。でも、そういう逆転劇があるからこそ駅伝というのは面白い訳だし」
「な……、何で六実さんはわたしの見たテレビを知っているんですか……!」
「分かるわよ、それぐらい。何なら元日は相棒SPでも見たんでしょう。そして、二日は充電旅、三日はポツンと一軒家辺りじゃない?」
ど定番と言えばど定番のラインナップではあるけれど、幾ら何でもそんなことってあるんだろうか……。
そんなことを思っていたら、六花が少し肩を震わせていた。あ、図星なのか……。そんな分かりやすいラインナップを見る若者って居るのか。いや、別にその番組の視聴者を卑下している訳ではないけれど。
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