第53話 目的地の決定

「まあまあ、それを言うのは悪いことだよ。こちらはお願いしている立場なのだからね。とにかく……今は六花の『調査結果』に期待するしかない」


 そう言って六実さんはライターと煙草を取り出した。……こんなところで煙草を吸うつもりか? いや、警察とぼくと六花しか居ないから、別に良いのかもしれないけれど、もし何処かで見られていたら受動喫煙がどうのこうの言われることになりそうだけれど……。


「……ふうむ、かなり優秀な人間かと推測出来ますね。何せ、人払いの痕跡があまりにも少なすぎます」

「普通なら、もっと多く残されているってことなのか?」

「簡単に言うと、人払いの痕跡というのはどう足掻いても残るものなのですよ。それがどれだけ優秀であっても話は別です。こういう人払いを出来るのは、西洋で言えば魔術師と呼ばれ、東洋で言えば梓巫女や呪術師……そういう類いの人になりますけれど、しかしながら、それが出来る時点で優秀であることには変わりありません」


 つまり、痕跡を完璧に消すということ――その時点でエリートであるということなのだろうか。

 呪術師のエリートってどういうことなのか、さっぱり見当が付かないのだけれど。


「それについては見当が付かなくても致し方ないと思っています……。何せ、わたしだって分かりませんから。もしかしたら、宮内庁に協力を要請すれば何とか……」

「宮内庁? ええ、嫌なんだよなあ、あそこ。何というか、お堅い感じがしないかい?」


 同じお堅い雰囲気を漂わせている警察官のあなたが言いますか。


「わたしだってあまり関わりたくありませんけれど……、しかしながら仕方ないのではありませんか? 宮内庁ならば呪術師や陰陽師の管理をしています。何せデータベース化しているはずですからね、あそこは。朝廷のやっていた業務をそのまま引き継いだはずですから」


 朝廷って、あの歴史の教科書で出てくるあの?


「宮内庁はフリーの人間には優しいんだよ。ただ、別の官庁の存在が出てくると面倒臭いんだ……。当然ではあるけれど、他の官庁と協力したくないみたいな……、或いはうちは中立を保ちたいみたいな……」

「そりゃあ、宮内庁だってあんまり争いごとには関わりたくないでしょうからね……。ただ、『あやかし』関連のことについては前に出なくてはなりません。何故なら古くは宮内庁が『あやかし』を管理していたのですから。そして悪質な存在であることを確認出来た時は、討伐すら行う。それが彼らの役割であったはずです」

「……それはごもっとも。しかしながら、戦争が終わって権力が落ちてからは……、今や別の組織に依頼する立ち位置になってしまっていて、宮内庁自体はあまりオカルト関連の部署を持ち合わせていなかったのよね、……つい最近まで」

「今はそういう部署が存在している、と?」

「あれ、言いませんでしたっけ? 神霊保安部、ですよ。虚数課に比べると人員は少ないでしょうけれど、実力は引けを取らないはずです。何せ元々宮内庁お抱えで居た陰陽師をそのまま雇い入れている訳ですから」


 でも、フリーの呪術師や陰陽師も居るって言っていたけれど、フリーであることに理由はあるのだろうか?


「そりゃあ、あるよ。なければフリーでやっていないと思うけれど。フリーでやっていくことの一番のメリットは……組織に囚われないことだろうね。うちだって宮内庁だってそうだけれど、一度組織に属してしまったら、様々なしがらみが襲いかかってくる。そのしがらみを色々と掻い潜っていって……、何とかやっていくのが人生というか仕事というか、そんな感じなのよね。フリーならそれに囚われずに活動出来ていく訳だから……、自由に動くことが出来る。それが最大のメリットであり最大のデメリットでもある、という訳。その意味が分かるかな?」


 組織に属しないことがメリットでもありデメリットでもある……。簡単に言ってしまっているような気がするけれど、しかしながら何となく理解出来る。組織に属さない――一匹狼であるということがどんなデメリットを生み出すか。組織に属するのは、つまり上司や部下の関係性があるということ。上司というのは責任を伴う役職でもある訳だから、責任を自らが背負う必要性もない――あくまでもこれは下っ端である場合という但し書きがつく訳だが。

 しかし、組織に属していないフリーの存在となると、責任逃れは出来ない。責任逃れをしたいのなら、組織に属した方が良い……。いや、だからといって組織に属しさえすれば何をしても良いって訳でもないけれど。


「まあ、組織に属することが全て良いとは言わないだろうね。わたしだって色々と書類と格闘している訳だし、こういう初心者の部下の面倒も見なければいけない訳だし……。特に虚数課が取り扱う分野は完全にオカルトだろう? オカルトというのは、大多数の一般人が興味を持つことはあってもそれに足を突っ込むことはしたがらないんだよ。だって、オカルトを許容したところで何があるかと言われると……、簡単には何も言えやしないね。ただ、この国……いや、この世界では科学技術が発達する以前から存在していた物ばかりを取り扱っている訳だから、それについては少しばかり考慮していかなくてはならないだろう。先祖のことを全く敬うことなく生きていくのは、ほぼ不可能だろう? 墓参りをしなかったら運気が下がる……とまでは言わないけれど、そういうことはタブーだと言われているのと同じことだ」

「難しい考えではありますけれど……、それを受け入れるのは難しくはなさそうですね」


 ぼくはシニカルに微笑んだ。

 緊張しきった場を、少しでも和ませるために。

 しかし、その仮面を被ったような張り付いた笑顔を、受け入れる人はそう居ない訳で。


「――そんな仮面みたいな笑顔をしたところで、喜んでくれるのはそんな裏の感情を理解しないか考えていないかの馬鹿ぐらいしかいないぞ? 少なくとも、ここの人間達は誰もその笑顔を好意的には判断しない。なあ、どう思う、六花?」

「そうですね。わたしもあまり好意的には思いませんけれど……。まあ、悪くない相槌だとは思いますよ、ジョンさん」


 二人からフルボッコされた。少し心が痛まないのか……。どういう言葉を返して良いのか分からない状況で、ああいう態度を取ったことについて少しは褒めて欲しいものだ。


「でもまあ、難しいですよね! 分かりますよ!」


 唯一、ぼくの反応に優しく答えてくれたのは磐梯さんだった……。磐梯さんはこの中では一般人寄りだからこういう反応を出来るのかもしれない。それについてはほんとうに有難かったし、人間とはこうあるべきだというのを理解させられる。


「……とはいえ、ここでは手詰まりかね。六花、パターンは把握したかしら?」

「完璧ではありませんよ」


 六花はあっさりと答えた。


「けれど、これだけの採取が出来れば……、宮内庁のデータベースと照合することが出来ると思います。宮内庁が簡単にわたし達に開示してくれるとは思いませんけれど……」

「開示させるさ。こちとら死者が三人出ていて、さらに増える可能性すらある。ベツレヘムの星を描こうとしているのなら……、最低でもあと六人の死者が出るということだ。そういう可能性がある以上、むざむざと指をくわえて最後の死者まで待つつもりはない」


 確かに、それは理解出来る……。幾ら情報がないからと言って、最後の死者が出るまでずっと待っているというのは、それは警察が仕事を放棄したということになってしまう。それだけは避けた方が良いと思うし、避けるべきだと思う。だって、今から動けば――三人の死者は戻ってこないけれど――残りの未来の六人の死者を救えるかもしれないのだから。


「それじゃあ、目的地は決まりましたね?」


 六花の言葉に、六実さんは頷く。

 ぼく達が向かう場所は――今のところたった一つしかなさそうだった。


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