第54話 この道の先に。その2

あっという間に時は過ぎ……由樹と会わなくなって2年が経った。


時が経つと共に、由樹がいない事に慣れてしまったうちの店。

ただ……俺の胸の中だけが、ポッカリと穴が開いたままなだけだ。


「オーナー、ボンヤリしていると焦げますよ」


「あ、あぁ……」


しまった……今は仕事中だった。

うっかり料理をダメにするところだった……。



「兄さん、僕が入りますよ。早めに休憩に行ってください」


「……すまない。後は頼む」


「はい、任せてください」


俺は残りの調理を琉斗に託すと、休憩をする為にリビングへと戻った。



由樹とはあれから連絡を取っていない。


メールや電話なら、いくら離れていても繋がっていられる……と思われるが、俺はそうは思わない。


それは数日や数ヵ月なら、それで良いだろう。


長い年月、それもいつ戻るか……もしくは戻らない相手を待つツールとして使うなんて、俺には耐えられなかった。


いや、ただ怖いのかもしれない。


いつ由樹から『別れ』というワードが俺に突きつけられるか……それを怖れているただの情けない男なんだ。


「はぁ……」


情けないな。

こんな男では、由樹も愛想を尽かすよな。



「蓮斗さん、大丈夫ですかね?」


光が兄さんを心配していた。

さすがの光でも、兄さんの変化に気付いてしまっていたみたいです。


「大丈夫じゃ無いだろ。オーナーの覇気が無くなって、鬼は何処へやらだ。これも、由樹に会えないからだろうな……」


「そうですね。蓮斗くんは、由樹さんがいてこそ……あの鬼の気迫が出てきますからね。このままでは、仕事に支障が出るでしょうね」


……陽毅さんも剛士さんも、兄さんをどうにかしなければダメだと悩んでいました。


だけど、兄さんを元気付けるには……由樹さんが帰ってくる事が一番だろうし。


他に何かあれば良いのだけれど……。



「そうだ!良い事考えた~」


……光、それは本当に良い事ですか?

また突拍子もない事を言い出すのでは無いでしょうね……。


「なんだよ、良い事って」


陽毅さんも光を疑っています。

多分、良い事だとは思えなかったのでしょうね……。


「店、休みませんか?それで、蓮斗さんを連れて……由樹ちゃんに会いに行くんです!ほらね、良い考えでしょ?」


「……まぁ、それが一番良い方法ですね。でも、蓮斗くんがそれを許可するでしょうか?」


確かに、兄さんは素直に言う事を聞く人では無いでしょうしね。

特に由樹さんの事だし、『それはダメだ』と拒否するでしょう。



「光、他にいい考え出せよ」


「……えっと、何かあります?」



「……八方塞がりですね」


陽毅さんは壁に寄りかかり、苦笑いする光を呆れて見ていた。


誰もいいアイデアが浮かばなかった。

こんな時、俺達の無力さを感じてしまう。


兄さんに、他の誰かと恋愛しては?なんて酷いことは言えないし。


困りましたね……。

兄さんが素直になってくれれば、こんなに悩まなくてもいいのですが……。



コンコン。


「何だ、皆で眉間に皺寄せて……。とうとう経営難に陥ったか?」



誰かが店のカウンターを叩いて、中に入ってきた。

いつの間に店内に入ったのでしょうか?

何だか聞き覚えのある声です……。


うちの店が経営難だなんて……かなり失礼な人ですね。


しかもまだお客様もいるというのに、そんな事を言うなんて、営業妨害で訴えてやりましょうか?


「あっ……」


「おや、珍しいお客様ですね」


「店をクビになったんじゃないか?」


ハハハ……酷い言われようですね。

まぁ、彼がしてきた事を知っているので、俺は弁護をしてあげませんけどね。



「隼斗兄さん、うちの店に来るなんてどうしたのですか?」


「……ん、まぁ……ちょっと偵察に。あと兄さんに挨拶しようと思ってさ」


……蓮斗兄さんに?

わざわざ挨拶に来るなるて、しかも高そうな黒のスーツ姿だし。

もしかして、隼斗兄さんがまた何かしたのでしょうか……?

それか、何かしようとしているとか……?


前回の事がありますし、少し警戒してしまうのは仕方無いですよね?



「兄さんは、休憩中なので……とりあえず家の方に行ってもらえますか?営業時間ですし、ここではお客様の邪魔になりますから」


「はっ?俺、客だけど。何か食べるものくれる?昼食べてないんだよね~」


……そんなの知りませんよ。

それならそうと早く言ったらいいでしょうに。


かなりガラが悪い人が来たよ……。

というお客様からの視線を浴びているのに、隼斗兄さんは気付いていないのでしょうか……?


「わかりました。取りあえず、家の方で待っていてもらえますか?」


「了解」


隼斗兄さんは、全く気にせずに厨房を通ってリビングへと行ってしまいした。


全く……。

この間会った時に、性格が変わったなと思ったけど、また変わってますよね?

チャラいというか明るくなったというか……同じ場所で育った兄弟なのに読めない人ですね。




「おや?少し見ないうちにフケましたか?」


「……何しに来た」


昼休憩が終わりそうな頃、店の方の扉から隼斗がリビングへと入ってきた。


黒の某有名な高級スーツで現れるなんて、随分と羽振りがいいんだな。



「兄さんの様子を見に。……と言ったら信じますか?」


「……いや。お前はそんな奴じゃないだろ」


そんな何か企んでいそうな顔をしている奴が、俺の心配なんかするか?

また、良からぬ事を持ち込んで来たに決まってるだろ……。



「はぁ……。随分と嫌われたものですね。弟として、兄さんが心配で来てあげたのに」


……来てあげた?

そう言っている時点で、既に恩着せがましいだろ。


それに、さっきから上から目線で俺に話しかけて来るし、隼斗の態度にだんだん腹が立ってきた。



「それなら出直してくれ。今は仕事中で、お前に構っている暇は無いんだよ」


そう言っているのに、目の前のイスに座ってるし。


用があるならば早く言えばいいのに、意味ありげに笑っていて、気持ちが悪いな……。


俺がこんな状態だから、観察でもしているのか?




「全く……ここの人達は冷たいですね。仕方無い、それじゃこれ……持ち帰ろうかなぁ~」


……何?

持ち帰るって……何を持ってきたんだ?


隼斗を見ると、スーツのポケットから数枚の封筒を取り出し、俺を見てニヤリと笑った。


「何だよ、それは」


「……知りたいですか?でもなぁ、帰れって言われたし。あっ、俺……お腹すいちゃってて、力が出ないんだった」


……はっ?意味不明だぞ。

お前は、○パンマンか?


遠回しに、何か食べさせろってアピールだろうな……。



「待ってろ、今から作って持ってくるから」


「そうですか?せっかくだし、食べてから帰ろうかな~。それじゃ、俺はここで待ってますね~」


隼斗は封筒をヒラヒラさせながら、笑顔で俺を見送っていた。

……ったく、アイツは性格変わりすぎだな。


それにしても、あの封筒は……何だろうか?

まさか……また温泉宿のタダ券か?


もしそうだとしたら、俺はそんな気分じゃないから辞退するけどな。


俺は笑顔で見送る隼斗を気にしつつ、厨房へと戻っていった。

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