第44話 兄弟対決の行方。その3
部屋の中に入ると、祖父と永瀬の父親……そしてもう1人、あの有名パティシエがこちらを向いて椅子に座っていた。
「蓮斗、待っていたぞ」
「蓮斗君、先日はお見舞いありがとう。お陰でこの通り治ったよ」
「……兄さん、蓮斗君ではなくお医者様のお陰ですよね?」
ハハハ……。
出だしから3人同時で一気に話されると、誰に返答していいか分からないぞ。
ところで、隼斗は何処だ?来ていないのか?
部屋を見渡しても、俺と目の前の3人だけだな。
隼斗からの申し出て来た筈なのに、遅刻だなんて信じられないな……。
そう思って呆れていた時……。
カチャ……。
「ただいま戻りました」
隼斗が段ボール箱を抱えて部屋に入って来た。
「……隼斗、遅かったな」
「師匠、遅くなってすみません。でも、頼まれたものはしっかり買ってきました」
作業台にドカッと段ボール箱を置くと、中のモノを1つずつ取り出していた。
隼斗は、永瀬の父親に頼まれて買い物に行っていたのか。
それにしても、色んな種類の果物や野菜が出てくるな。
バナナ、リンゴにイチゴ……まだまだ出てくる。
もしかして、競う内容は……ここにある果物や野菜を使えって事か?
『よし、これで準備はOKだな』
『……これだけあれば、こちらも楽しめそうですよ』
永瀬の父親と有名パティシエが、作業台に並べられた食材をチェックし、小声で何やら話していた。
一体、今から何が出題されるのか……。
俺は黙って二人の様子を見ていた。
1週間前……俺は、前回延期された競い合いの日時が書かれた手紙を受け取った。
手紙の裏を見ると、差出人の名前が蓮斗兄さんだった。
あの兄さんから言い出してくるなんて驚いたが、早く俺と決着をつけたいんだなと察し、笑ってしまった。
俺は、やっと師匠の弟から『いいんじゃないか?』と合格ととれる言葉をもらえた。
そして、その後……師匠からも『良くなったな』と嬉しい言葉をもらえた。
だから、俺は快諾した。
今なら……兄さんに負ける気がしないからな。
隣に立つ隼斗を見ると、かなりの意気込みや気迫が感じられた。
うまく言えないが、以前の隼斗とは違う……そう思った。
油断していると負けてしまうな……。
俺も気は抜けないと、再度気合いを入れ直した。
カタン……。
永瀬の父親と有名パティシエが席についた。
そして、中央に座っている永瀬の父親が俺達を見てにっこりと笑った。
……嫌な予感しかしないな。
「では、そろそろ始めるか。その前に……ルールを説明する」
とうとう来たな。
永瀬の父親が、俺達に対決ルールを説明し始めた。
対決ルールは、4つ。
1つ、目の前の作業台に乗せられた食材を使うこと。
……わざわざ買い物に行くことが無いから、楽だな。
2つ、助手を1人だけつけること。
男女問わず、職業は問わず。
……素人でもプロでも構わないらしい。
3つ、今回は目の前の3人が審査員であり、俺達がお客様となる。
その3人に『おもてなし料理』を作ること。
ただし、品数はトレーに乗せられるだけの料理のみ。
それ以上は審査対象外とする。
……おもてなし料理って、難しくないか?
4つ、設定金額は1200円。
『Coffee shop in a quiet forest.』のランチメニューとしてもお客様に提供できる金額とする。
その金額内であれば、どんなに食材を使っても構わない。
……1200円か、なるほどな。
「まぁ、ルールさえ守れば何をやっても構わない。犯罪はダメだけどな?」
……いやいや、料理対決で犯罪は無いでしょ。
師匠のギャクは、相変わらず滑ってるな。
さてと、助手は誰にするか……。
『おもてなし料理』……祖父はともかく、師匠と師匠の弟はかなりの難関だしな。
それなりの腕を持っている奴が必要……。
……やはり、アイツしかいないな。
俺は目の前の食材を見つつ、メニューを考え始めていた。
「助手が決まり次第、メニューや段取りを含め……1時間以内にこの『試作室』に戻ってくること。戻り次第、調理を開始して欲しい。料理提供時間は12時だ。助手が遠方でも、1時間内に来れなければアウト。見付からない時は、まぁ、そんな事は無いと思うが……こちらで勝手に決めるからな。それでは、始め!」
永瀬の父親がストップウォッチを取り出し、スタートのボタンを押した。
開始の合図がかかった瞬間、俺と隼斗は審査員の3人にお辞儀をした後、部屋を小走りで出ていった。
隼斗は俺と反対方向に行ってしまった。
俺の行く先は、勿論……アイツのところだ。
バタン……。
店の作業室で対決の行方がどうなるか心配していた時、隼斗さんが勢いよく部屋に入ってきた。
「……由奈、俺の助手をしてくれ」
そう一言だけ私に告げると、返事を待たずに私の手を引いて何処かへ連れていこうとした。
「あの、隼斗さん……私は」
『貴方の手助けは出来ません』……そう言おうと思った。
だけど……。
「……まさか断らないよな?由奈は俺が必要だろ……?」
隼斗さんに強い力で腕を掴まれ、鋭い瞳で見つめられた。
私は、まるで狩られた獲物の様に動けなくなってしまっていた……。
手助けをしてはいけないと、わかっている。
もし勝ってしまったら……あの『森の喫茶店』が無くなってしまうかもしれないから。
それだけは避けたくて、対決を中止にする為に……父に頼み込んで『手足を骨折をした……』と芝居までしてもらったのに……。
何故、こうまでして対決をしなくてはいけないの?
「腕を離してください」
「……由奈、兄さんに惚れたのか?」
隼斗さんが私を睨み、『答えろ!』と目で訴えていた。
……もし、『はい』と答えたら、隼斗さんの暴走は止まってくれるの?
ううん、きっと……どう答えても無理だと思う。
だって私を見る隼斗さんは、私ではなく他の人を見ている……そう感じるから……。
「隼斗さん、私が助手になっても構いません。ですが、条件があります。私が手伝うのは、これで最後にして下さい」
「……わかった」
私が好きだった人……。
悲しいけれど、これで最後になります。
だって、これ以上……貴方が歪んでいく姿を見たくないから。
隼斗さんの姿を目に焼き付けつつ、精一杯悔いの無いように……手助けをしますね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます